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僕が、原始の世界に来て約50日・・・
崖の下に、猪の内臓を捨てて15日・・・
季節は冬、我々は、
崖から、数百メートル離れた場所に、
横穴を掘り、そこで、寝泊まりをしていた。
そして、ある日の夜、
僕は、考え事をしていた。
『なぜ、僕には、音が聞こえない・・・?』
『なぜ、土の中が見えない・・・?』
聞こえた方が・・・
見えた方が・・・
便利である事は、事実である。
そして、僕には、その能力が、
あるハズなのだ。
『では、なぜ、発動しない・・・?』
僕は、僕を、納得させる為に、
その理由を考えていた。
例えば、
本人が、恐くない!
と言った所で、
内心は、恐がっている。
本人が、自信がある!
と言った所で、
内心は、不安である。
それと同じで、
音が聞こえない事も、
土の中が見えない事も、
僕は、必要だ!
と言ってはいるが、
僕の内心は、
不要・・・
あるいは、使うベキでは無い・・・
その様に、認識しているのだ。
では、
『なぜ、使うベキでは無いのか・・・?』
『聞こえると、何が困る・・・・?』
考えてみる。
『聞こえると混乱する・・・・?』
『不要な音が、邪魔で不便に成る・・・?』
『精神が疲れる・・・・?』
この世界に転生して、
最初の頃、千里眼を使うと、
一定時間の休憩が、必要だった。
ところが、今では、普通に使える。
それ所が、見ないという選択肢が無い。
僕は、眠れない。
そして、絶えず全方向が見えている。
と、いう事は・・・
もしも・・・
この状況に、聞こえる能力が加われば・・・
『聞こえ続ける事で、苦痛を感じる・・・?』
これは間違い無い。
もし、千里眼で、地面の中まで、見える。
『その様に成った場合・・・』
『どう成る・・・?』
『混乱する・・・?』
『見える事で、不便に成る・・・?』
僕は考えてみた。
現在、僕は、
数メートル範囲なら、木の向こう側を、
見る事も出来る。
その為、
横穴の中に居ても、
木製ドアがあっても、
外が見れるのだ。
しかし、
『もし、木の内部が、見えたら・・・?』
『その力が強く成ったら・・・?』
『目の前に木があるのに、見えない・・・』
『向こう側が見える・・・』
『獣と戦っているのに、その獣が見えない・・・』
『向こう側が見える・・・』
『足元の石があるのに・・・』
『これでは困る・・・』
『だから、聞こえない・・・見えない・・・』
『いや・・・聞かない・・・見ない・・・』
おそらく、それらが、
僕の、無意識の、判断であると、
考えられた。
僕の無意識は、
僕を守る為に、
能力を制限しているのだ。
『制限・・・』
僕には、不安があった。
生前の僕は、
魔法の暴走によって、
脳が破壊され死んだのだ。
では、この世界の僕は、
今後、どう成る・・・?
現在の僕は、
脳も目も機能していない。
結果、
魂で、考え、
魂で、見る、
それが実行されている。
しかし、
今後、胎児の僕に、脳が出来たら?
その時、僕の脳は、一体どう成る・・・?
全方向が見える能力に、
脳は、対応出来るのか・・・?
僕の千里眼は、驚異の能力なのだ。
肉眼で見える程度の範囲なら、
全方向が、見えるのだ。
ズーム機能によって、
遠くのモノを拡大して、見る事も出来る。
これが、僕の脳に、
『どの程度の負担をかける・・・?』
千里眼を使いながら、砂利を飛ばす。
これは、生前の僕が、死んだ時と、
同じ状況である。
それ所か、それ以上の負担を、
『脳に与えるのでは・・・?』
その様な不安がある。
もちろん、
この様な事は、
考え過ぎなのかも知れない。
実際、鳥の向こう側を、
砂利で狙い撃つ事も、
正直、無理だと思っていた。
しかし、
やってみると、
簡単に出来た。
つまり、今後、胎児の僕に、
脳が出来ても、全く問題無く、
魔法が使える可能性もある。
『取り越し苦労・・・?』
その様にも思える。
しかし、僕は、1度死んでいるのだ。
そして、今、死ぬという事は、
3人と1匹の家族を、見捨てる事に成る。
そんな無責任な事など、
出来る訳が無かった。
遊びでは無いのだ。
『遊んでは、いけない・・・』
僕は、生き物を殺して、
生き延びているのだ。
僕が鳥を殺し・・・
その肉を、家族に、食べてもらい、
それで、僕が、生きているのだ。
守られて、
助けられて、
力を合わせて、生きているのだ。
家族は、僕の恩人である。
その恩人を残して、
『死ぬ訳には、行かない・・・』




