8、疑われる
さて、どうしてやろうか。野菜を盗んだなどと、クロルに謂れのない罪を擦り付けてくる理不尽な奴らには、目にもの見せてやりたいところだが……。
そうはいっても、できることは少ない。多少魔力が増えたといっても、相変わらず大したことはできないのだから。
それにそもそも、あまり過激なことはしたくない。無論、怒りを覚えてはいるが、だからといって力に訴えると面倒になるだろう。
クロルがおっさんに大人しく引っ張られていったのも、事を荒立てるつもりがなかったからのはずだ。
ゆえに、その意思を尊重しなければ。できるだけ穏便に、誤解さえ解ければそれでよい。
ただ、そのためにはヒートアップしている村人たちに、一旦落ち着いてもらう必要がありそうだ。
よし。少し脅かしてやろう。まず、風属性魔法を使い突風をおこし、クロルの周りから村人を吹き飛ばす。
そのうえで、立ち入り禁止のスキルを使いクロルの安全を確保。これでいく!
突風で吹き飛ばすと怪我をさせてしまうかもしれないが、ちょっとは痛い目をみるのも良い薬になるだろう。
クロルの言い分も聞かずに、罪を着せようとした罰だ。それになにより、立ち入り禁止のスキルの欠点を補う必要があるから仕方ない。
そう仕方ないのだ。立ち入り禁止のスキルは、すでに障壁の内側に侵入しているものに対しては、効果がない。
一度外に追い出してからでないと、侵入を阻むことはできないのだ。ゆえに仕方ない。さあ、俺の怒りを受けるがよい!
頭の中で突風をおこすイメージを練り上げ、風属性魔法を発動しようとしたとき。村長が一喝する。
「皆、落ち着くのじゃ!」
よく透るその声に静まりかえる村人。俺もしぶしぶ動きを止める。
「本当にお嬢ちゃんが盗んだのかの?」
静かになったところで、村長がクロルに尋ねる。その声色と表情は優しそうで……。ふむ、まともな人間もいたらしい。
少なくとも、この村長は話が通じそうである。
「違う」
「ふむ。そうか……。ザックよ。このお嬢ちゃんが、盗むところを見たのか?」
クロルの答えを聞いた村長、今度はクロルをここまで引っ張ってきたおっさん、ザックに尋ねる。
やっぱりこの村長は一方的にクロルを犯人だと決めつけはしないようだ。ちゃんとクロルの話も聞いてくれそうである。
やれやれ仕方ないな。村長に免じて、もうしばらく様子を見るだけに徹しようじゃないか。
「いや……、見てはいない。だが、畑の野菜を物色するように、じっと見つめていた。こいつが犯人に違いない」
「うーむ」
ザックの言葉に、顎髭をいじりながら考え込む村長。
「物色、してない」
意思のこもった言葉をこぼし、村長を見つめるクロル。ザックも村長の判断を待っているようで、黙っている。
「村長、そいつは他所者だ。ザックの言う通り、犯人なんじゃないか?」
と、ここで周りにいた村人の一人が口を出す。
「可能性はあるよな」
さらに別の村人が追随する。
そしてこのことを皮切りに、落ち着いた空気が崩れる。
「そうだ。そうに違いない!」
「ああ、村の者が盗むはずないもんな」
「やっぱりその子が犯人なのよ」
騒ぎ出す村人。そんな周りの雰囲気の力を借りて、勢い込むザック。
「村長。やっぱりそいつが犯人ですよ!」
ザックは、クロルのほうへ一歩足を踏み出す。
「違う」
すかさず、クロルが否定する。
「しかしの……。確証がのう……」
「村長!」
「おい。盗んだんだろ。正直に言え!」
村長は未だ冷静であったが、周りの雰囲気が、流れが悪いほうへ傾く。
「まあまあ、皆落ち着くのじゃ。仮にこの子が犯人じゃとしても――」
「盗ってない!」
「こら! まだ言うか! この!」
村長の言葉に、思わず口を挟むクロル。するとザックが怒り、腕を振り上げる。
「待つのじゃザック!」
慌てた声をあげる村長だったが、ザックは止まらない。ちっ! やっぱり俺が動くべきだったか。
後悔するも遅い。ザックの動きにスキルを使う暇もない。
が、大事には至らなかった。ザックの後ろにいた若い村人が、ザックの腕を掴んだからだ。
「ちょっとザックさん。それはやり過ぎです。この子はまだ幼いんですよ。ザックさんが殴ったら大怪我しちゃいますよ」
「そうじゃ。ザック、落ち着くのじゃ」
「うっ、わかった。だから放せブト」
ブトと呼ばれた若い村人、そして村長のとりなしに、しぶしぶといった様子で矛を収めるザック。前に出て来るブト、口を開く。
「皆も、寄ってたかって幼い女の子に詰め寄って……。仮にこの子が野菜を盗んだとしても、そんなに怒ることないでしょう」
ブトがやんわりと諌めると、周囲の村人の雰囲気に少し変化が。
「そうだな」
「ちょっと熱くなりすぎたかしら」
「それに犯人だとしても……」
「ああ。この子にも、事情があるかもしれないし」
和らぐ村人の雰囲気。すかさず村長が口を開く。
「皆、落ち着いたようじゃな。それなら一旦、解散するのじゃ。こう大人数で囲んではこの子も怖がってしまう。あとはわしに任せるのじゃ」
「村長。それなら俺も――」
「それは駄目じゃ。お主が一番冷静さを欠いておるゆえのう」
「そうですよ、ザックさん。ここは村長に任せましょう」
口を挟むザックであったが、村長とブトに諭される。
「しかし……」
食い下がるザック。
「無論、お主の憤りも。わしにはわかる。じゃが、お主がおるとこの子も怖がってしまうじゃろ。ここはわしに任せるのじゃ」
「わかりました」
しぶしぶといった様子で頷くザック。
「他の者も。それでよいかの?」
「「ああ」」「構わない」
口々に納得の言葉を返し、解散していく村人たち。それを見送ると、村長はしゃがみこみ。クロルと目線を合わせ優しくほほ笑む。
「お嬢ちゃん。すまんが話を聞かせてくれるかの」
「……わかった」
んーむ。一時はどうなるかと思ったが。なんとかなりそうかな?
「とりあえず中へ入りなさい」
「ん」
村長の家にクロルが招き入れられる。
「そちらに座るといい。これはわしが」
テーブル近くの椅子に座るように勧める村長。クロルから看板(つまり俺)を受け取ろうとしたが。
「いい」
クロルは看板(俺)の支柱をぎゅっと握り込み拒む。
「そうかの」
苦笑する村長、テーブルの上にお茶を用意しようとする。
それを尻目に、クロルは左右の手で器用に俺を持ちかえながら、リュックを床へと降ろし椅子に腰かけた。
そんなクロルの前にコップを置き、対面に座る村長。
「さて――」
「盗ってない」
「うむ。わしもそう思っておるよ」
気勢を制するように村長の言葉を遮って発言するクロル。村長は微笑む。
「……」
無言で村長を見据えるクロル。当然の結果だが、随分と警戒している様子。
「そう睨まないで欲しいのう。わしはお嬢ちゃんが犯人とは思っておらんよ」
ほっほっほ、と朗らかに笑う村長。ただ、クロルの警戒心は揺らがない。
「お嬢ちゃんはたまたまこの近くを通りかかっただけ。そこをザックに見つかり、連れて来られた。そうではないかの?」
クロルが警戒していることは、おそらく理解しているであろう村長。優しい声色で問いかけてくる。
「そう」
「ふむ、やはりそうか。それで、お嬢ちゃんは一人で旅をしておるのか?」
「ん」
短く頷くクロル。
うーむ。この村長、真意が読めない。一見すると、本当にクロルが犯人ではないと思っているように見えるが……。
探りを入れてきているとも考えられる。油断させておいて。という可能性も。
「そうか。それはまた。小さいのに大したものじゃのう」
「……」
「さて、そうなると。ザックがすまぬことをした。疑ってすまなかったのじゃ」
そう言って頭を下げる村長。
ふむ。俺の考え過ぎだったかな。村長は本当にクロルを疑っていないように見受けられる。
だが、あっさりと信用し過ぎではないだろうか? まあ、疑いが晴れたのだから、問題ないのだが。
「信じるの?」
クロルもあっさりと信じてもらえたことを疑問に思ったのか。尋ねる。
「うむ」
村長は力強く頷いてみせた。




