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7、旅のはじまり

 翌日、俺はクロルの肩に担がれ、森の中を進んでいた。看板たる俺の体は、クロルの身長と同じくらい。

 それを担いで運ぶのは、かなり大変そうに見えるが、クロルは確かな足取りで森を進んでいく。


 クロル曰く、俺の体はそんなに重くないそうで、無理はしていないとのことだが、小さいのに大したものである。

 前世の俺よりも確実に体力があるな。もし俺がこんなに長時間、森の中を歩き続けたら、息も絶え絶えになっているだろう。


 九歳にも劣る体力の俺って……。まあ、異世界の人間は強靭な肉体を持っているのだと、自己弁護しておこう。


 クロルは疲れも見せず、もくもくと歩き続けている。旅を始めてまだ二日だと聞いているが、なんとも逞しいものだ。

 そんなクロルの姿を見ていると、負い目を感じずにはいられない。


 担がれているだけの俺、一人だけ楽をしているようでもどかしい。

 一応、立ち入り禁止のスキルで道中の安全を確保してはいるが、森はいたって静かであり、魔物に出くわすこともなく。

 俺は文字通り、お荷物でしかなかった。


 そんなことを思っていると、クロルが立ち止まる。

「休憩」

 クロルはつぶやくと、近くの木に俺を立て掛け、リュックを降ろす。本日、三度目の休憩タイムであった。


『大丈夫か? 疲れていないか?』

「大丈夫」

 リュックの中から皮の水筒を取り出すクロル、水筒に口をつけ、ごくごくと喉を鳴らし、水を飲む。


 額には、ほんのりと汗が浮かんでいるものの、相変わらず無表情で、特に疲れた様子は見られない。

『クロルよ。そういえば、方角はあっているのか?』

 南を目指しているそうだが、森の中だと方角がわかりにくい。


 それに地図もないし……。クロルの旅は、行き当たりばったり。目指している街も、南にあるという程度の情報しか持っておらず。

 街の正確な場所はおろか、どれくらいの距離にあるのかも知らない。そんな適当な状態だった。


 まあ、それも仕方のないことではある。なにせ、クロルは生まれ育った村から一歩も外に出たことがないのだから。

 それなのに村を飛び出すなんて。少し無謀が過ぎるのではないだろうか。事情があるみたいだけどさ。


 村に帰らないのか尋ねたところ。クロルの返事は「村には帰りたくない」というものだった。それはつまり……。

 そこまで考えたところで、クロルから返事があった。


「……ちゃんと南、進んでる」

 返答に間があったうえに、自信のなさそうな声色。クロル本人も街に向かえているかどうか、確証が持てないようだ。

 まったく先が思いやられる。


 しかしだからといって、クロルよりも地理に疎い俺が、口を出しても仕方ない。

『それなら良いが』

「出発」

 リュックを背負い直すクロル、俺を肩に担ぐと再び歩き出した。


 俺はさきほど中断した思考を再開する。村には帰りたくないとの発言、さすがに理由まで尋ねるのは憚られたが……。

 住んでいた村に良い思い出がなさそうな雰囲気であったのを覚えている。あるいは、迫害を受けていたのかもしれない。


 憶測だが、あながち的外れでもないだろう。口数が少ないのも、性格というわけではなく、人と話すことに慣れていない感じがした。

 それに加えて、感情を押し殺したような無表情。嫌な想像が広がる。


 うーむ。まだ出会って間もないが、どんどんクロルをほうっておけないと思う気持ちが大きくなる。

 自分でもびっくりするが、案外俺は子供好きだったのかもしれない。


 是が非でもクロルを守り育てていかねば……。母性本能とでもいうのだろうか。そんな気持ちで胸がいっぱいだった。

 となれば。ひとつ解決しておかねばならないことがあるな。


 それは急に増えた魔力のことだ。その原因を突き止めねばならない。今朝起きたとき、明らかに昨日と比べ増えていた魔力量。

 その原因を突き止めなければ……。にしても、なかなか衝撃的な出来事だった。


 なにせ、二ヶ月頑張って一割ほどしか魔力を増やすことができなかったのに、急に五割り増しとなったのだから。

 いったいなぜ、急に魔力量が上昇したのだろうか?


 まあ、ある程度の予測はつくがな。おそらく、昨日グレイウルフを倒したことが原因だろう。

 ゲームのように、魔物を倒すことで経験地が得られたのではないか。検証できてはいないが、そんな気がする。


 今朝、急に魔力量が増えたのだから、昨日の行動に原因があるに決まっているし……。

 そうなると、グレイウルフを倒したことぐらいしか心当たりがない。確証はないが、とりあえずはこの仮説をもとに行動しよう。


 となると、検証のためになんとかして魔物を倒したいところだが。うーむ。どこかにお手ごろな魔物がいないものだろうか。

 ん? あれは……。魔物ではないが、気になるものが見えた。木々の間から、ちらっと家のようなものが。


 丁度クロルの進行方向だ。ずんずん進むクロル。木々の間を抜けると、その先は開けた土地になっていた。

 おお! ここは村か! 目の前には畑が広がっており、その先には家がいくつか見える。小さな散村だ。


 立ち止まるクロル。俺は土属性魔法を使うと、クロルのローブのポケットの中にある小石を動かす。

 これは担がれているとき、俺が話したい場合の合図である。担がれていると看板の表示がクロルに見えないからな。


「なに?」

 合図に気付いたクロルが、肩に担いでいた俺を下ろすと、表示が見えるように俺を持ち直す。

 地面に突き立てるように、丁度表示部分と向かい合う形になる。


『どうするのだ。立ち寄ってみるか?』

「寄らない」

『良いのか? もう日も暮れる。どこかに泊めてもらえないか、交渉したほうが良いのではないか?』


 日が落ちるまで、まだ少し時間があるとはいえ、せっかく村があったのだ。今日はここで休んだら良いのでは?

 見た感じ、宿はなさそうであるが。いたいけな少女が一人旅をしているのだ。一晩くらい泊めてくれる優しい村人がいるはず。


「いい」

 珍しく表情を崩し、顔をしかめさせるクロル。さっさと会話を切り上げて、俺を担ぎ直す。

 そして歩き出そうとするが……。


「おい! おまえは誰だ!」

 突然、後ろから声が響く。

 振り返るクロル、俺もすぐに後ろを確認する。すると、そこには険しい表情をしたおっさんが一人。


 引き締まった体躯、かなり大柄で長身。身長百九十センチは優に超えているだろう。険しい表情も相まって、圧迫感がある。

「まさか……。おまえ」

 ずかずかとクロルに歩み寄るおっさん。


「なに?」

 後ずさりするクロル。

「こっちに来い!」

 おっさんは有無を言わさぬ様子でクロルの腕を掴むと、引っ張っていく。


 いきなり何だってんだ。むっとするも、人前では看板のふりをするという約束を思い出し、とりあえずは様子を見ることに。

 もっとも、危険だと判断すれば、即座にクロルを守れるようにスキルを発動する用意をしておく。


 特に抵抗することなく、なすがままに引っ張られていくクロル。右足を引き摺るようにして歩くおっさん。

 どうやら、このおっさんは右足が悪いらしい。

 

 村の中をずんずんと進むおっさん。中央付近にある一際大きな家を目指しているようである。

 その道中、家の外に出ていた数人の村人が、興味深そうに俺たちを見ていた。


 うーん、嫌な予感がする。これは絶対面倒事だ。村に寄らないと判断したクロル、まさかこれを察知していたというのだろうか?


「村長。いますか?」

 おっさんは大きな家の前に着くと、どんどんと力強く扉を叩いた。

「騒々しいのう。どうしたのじゃ?」

 しばらくして、顎に白い髭をたくわえたおじいさんが出てくる。


「見てください村長。盗人を見つけました!」

 おっさんは、おじいさんの前にクロルを突き出す。

 盗人だと? どういうことだ? どうやらクロルも俺と同じ疑問を覚えたようで、おっさんのほうを向いて首を傾げる。


「なんのこと?」

「惚けても無駄だぞ!」

 大きな声でクロルを問い詰めるおっさん。クロルを盗人だと思い込んでいる様子。


 おいおい、何を盗まれたのか知らないが、クロルはこの村に来たばかりだぞ。


「こいつが畑で野菜を物色していたんです!」

 野菜? 確かにクロルは畑の前で立ち止まっていたが、別に野菜を物色していたわけではない。


「本当なのかの?」

「間違いありません!」

 待て待て、勝手に話を進めるな。それ以上勝手なことを言うなら、俺だって黙っているわけにはいかなくなるぞ……。


「盗ってない」

「嘘をつくな。おまえがやったに違いない!」

 クロルが強く反論するが、おっさんは聞く耳を持っていない。さらに面倒なことに、騒ぎを聞きつけた村人が集まってきてしまう。


「野菜泥棒を捕まえたんだって!」

「そいつがそうか?」

「俺の畑もやられたんだ」


「ほう。その子が」

「余所者だな」

「俺はわかってたぜ。村の者が盗むはずないってな」


 村人たちは、どいつもこいつも、クロルが盗人だと決め付けているような物言いである。

 まったく好き勝手言ってくれるものだ。さすがに俺も、いい加減我慢の限界であった。

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