5、初戦闘
土属性魔法を使い。自身の周囲に直径三センチほどの小石を二つ浮かべる。この小石を飛ばしてグレイウルフに攻撃する!
暇な時間、小石を使って遊んでいたから、コントロールは抜群だぞ。狙いを定めて……。行け!
少女が逃げ込んだ小屋を取り囲んでいる五匹のグレイウルフ。そのうちの一匹目がけて、小石を射出する。かなりの勢いで飛んでいく小石。
けっこうな速度が出ているはずだが、ちゃんとグレイウルフにダメージを与えられるかはわからない。
これが、駄目だと不味いな……。これ以上の攻撃方法はないし。倒せずとも、逃げ出してくれれば良いのだが。頼む!
祈りながら小石の弾道を追う。二つの小石は一匹のグレイウルフに、吸い込まれるように命中する。
「キャン」
悲鳴をあげるグレイウルフ。一応、痛がってはいる。効いているのか? ともかく、どんどんいくしかない。
第二射は一気に四つの小石を浮かべて射出。
「「ギャン」」
今度は固まっていた二匹に命中。おっ、血が滲んでいる。一匹の体に傷をつけることができた。
これならいけるか? 次々に小石を射出する。
うーむ、なかなか決定打にはならない。それでも、これ以外に良い策もないので、小石を飛ばし続ける。
そんな俺に対して、グレイウルフは小石を飛ばしている犯人を探している様子。きょろきょろと辺りを見回し動き回る。
しかし残念ながら、俺は看板だからな。グレイウルフは攻撃してくる相手が見えずに混乱しているようだ。
小石から逃げるように、必死に動き回るグレイウルフ。こちらへと気を引くことは成功したようで、少女が逃げ込んだ小屋から、注意が逸れている。
ただ……、不味い。すでに飛ばした小石は五十を越え。着々とグレイウルフを傷つけてはいるが……。
グレイウルフたちは倒れる気配をみせない。やはり、小石をぶつける程度ではダメージが少な過ぎるのだろうか。
うーむ。小石を操る程度だと、あまり魔力を使わないとはいえ。もとが少な過ぎるので、そろそろ倒れて欲しい。
あっ! 飛ばした小石のひとつが、一匹のグレイウルフの顔に命中。当たりどころが良かったのか、倒れる。
なるほど、どうやら俺の攻撃でも、当たりどころさえ良ければグレイウルフを仕留めることができるようだ。
ふむ。数撃ちゃ当たる。そういう精神で小石を飛ばしていたが、ここからはより慎重に、顔に狙いを定めて……。
「アオーン!」
狙いを定めて小石を飛ばそうとしたとき、一番大きなグレイウルフが大きな声で吠える。それを合図に一斉に森の中へと走るグレイウルフ。
おお! 諦めて逃げてくれたか。
まあ、グレイウルフからしてみれば、敵の姿が見えないのに仲間がやられてしまったのだ。逃げ出すのも頷ける。
さて、危機は去ったが。小屋の中の少女は大丈夫だろうか? いくつかの小石が小屋にぶつかっていたので、驚いていないと良いが。
駆け寄ることもできないので、少女のアクションを待つ。
しばらくして、扉がゆっくりと開き。恐る恐るといった感じに、ひょっこりと少女の顔だけが飛び出す。
辺りの様子を窺う少女、グレイウルフがいないことに安心した様子。外へ出て来る。
少女は、周囲をきょろきょろと、しきりに何かを探している。おそらくグレイウルフを追い払ってくれた相手を探しているのだろう。
さて、どうしたものか。声をかけるなら今だが、慎重を期さねばならない。
俺の存在をどうやって少女にアピールするべきか。残念ながら俺自身を移動させるほどの魔力はもう残っていない。
ゆえ、少女にこっちに来てもらわないと、コミュニケーションをとることはできない。
なんとか、こっちに来て貰わないといけないな。これ以上ここで一人立ち続けるだけの、退屈な時間はもうごめんである。
しかし、魔力も残り少ない以上、アプローチの仕方を慎重に選ばなければならない。失敗すれば、次にいつ人間に会えるか、わからないからな。
まずは少女に、俺の存在に気付いてもらう必要があるが。いや、その前に看板の表示を変更しておこう。
表示変更のスキルを発動。表示を『初めまして。私がグレイウルフを追い払いました。私のお願いを聞いてください』に変更。
さらに少女が文字を読めない場合も考慮して、グレイウルフに小石をぶつける絵、看板を引っこ抜いている少女の絵を描いた。
とりあえず第一声(厳密には声ではないが)は、これで大丈夫だろう。あとはいかにして、少女に気付いてもらうかだ。
やはり、土属性魔法を使うのがベストだろう。地面に文字でも。いや、文字が読めない可能性もあるわけだし……。
うーん、矢印で伝わるかな? 他に妙案も思いつかないので、土属性魔法を使い近くの地面に矢印を書く。
あとは、俺の立っている場所まで誘導するために……。さらに、いくつかの矢印を地面に書いていく。
よし。あとは、この矢印に気付いてもらうだけ。俺は今一度、土属性魔法を発動、少女の近くに落ちていた小石を宙に浮かべる。
「っ!」
突然、宙に浮かんだ小石に気付いた少女。
よし。とりあえず、注意を引くことには成功した。しかし、思ったよりも魔力の残りが少ない。急がないと。
「なに?」
無表情に首を傾げる少女。反応が薄い……。もっと驚くかと思ったのだが。
「魔法使い?」
きょろきょろと首だけを動かし、辺りを見渡す少女。
どうやら、小石を操っている存在を探そうとしている様子。ならば、今度は矢印に気付いてもらおう。
小石を動かす俺。少女は目で小石を追う。よし、このまま地面に書いた矢印の近くへと小石を移動させよう。
「うん?」
小石を目で追っていた少女、どうやら、矢印の存在に気付いたようだ。あ、やばい。魔力が限界。
ここで、ついに俺の魔力が底をついた。地面に落下する小石。あーあ……。
うーむ。一応、最低限こちらの意図は伝わったはずだが……。一向に動く様子のない少女。動かなくなった小石と矢印を見つめている。
えーっと、ほら。少し先にもうひとつ矢印があるから。お願いだから気付いて! ほらその先だよ! 俺の祈りが通じたのか。
矢印の方向へ歩き出す少女。すぐに次の矢印の存在に気付く。さらに、そこで辺りを見渡し。
「ん?」
もうひとつ矢印を発見。首を傾ける少女。
それでも、矢印の誘導に従い、少女は俺のほうへと近づいてくる。そして、ついに俺の目の前へとやってきた。
少女は他に矢印ないことを確認するため、辺りを見渡している。その目線が俺の所で止まる。
やった! 内心で喝采をあげつつも、このチャンスを逃さないように気合を入れ直す。さあ、看板の表示をよく見るのだ。
「初め、まして?」
俺を眺めていた少女が口を開く。
よしきた! どうやら文字が読めるみたいだ。ならば話は早い。すぐさま表示変更のスキルを使い、看板の表示を変更する。
『初めまして。あなたを助けたのは私です。だから私を助けてください』
魔法以外のスキルは魔力関係なく使えて助かった。
「引っこ抜くの?」
先ほどの絵を見たからか、そんな提案をしてくる少女。ふむ。まあ、とりあえずは引っこ抜いてもらおうか。
あの絵は、文字が読めない場合のコンタクトとして、描いてみたものだったが。
『そうです。引っこ抜いてください』
「ん」
少女はひとつ頷くと、支柱の部分に手をかける。
「うーん」
必死に力を入れる少女。すぐに俺の体は地面からすっぽ抜けた。