41、クロルの答え
ぱちぱちと音を立てる焚き火の傍にいる七人の様子を窺う。うーん。今ならクロルに話しかけても大丈夫そうかな。
痺れ薬のせいで動くことができない面々は、目をつむり休んでいるし。ロウも焚き火の番をしており、こっちを見ていない。
うん。今ならいけそうだ。俺はすぐさま土属性魔法を使い、クロルの左ポケットの小石を動かしてみせる。
すると、合図に気付いたクロルは、文字を表示する部分が自分にしか見えないように、俺(看板)を持ち替える。
さすがはクロルだ。俺の意図がよくわかっている。さて……。
『クロルよ。さきほどのブランの提案に関して、私の意見を一方的に話させてもらう。返事をせずに聞くように』
誰もこっちを見ていないとはいえ、クロルのすぐ近くに他の者もいるのだ。クロルが声を出せば聞こえてしまうだろう。
「……」
小さく頷くクロル。
『さて。まず結論から言うと、私はブランの提案に乗っても良いと考えている』
ブランの提案に乗れば、いろいろメリットがあるからな。
『というのも、ブランの提案に乗れば、私の力を使いやすくなり。さらには冒険者にもなれるからだ』
今回の提案の肝は後ろ盾を得られることだが、俺は冒険者になれることもけっこう魅力的だと思う。
冒険者になれば、お金を稼ぐことができるだろうし、仕事探しをしているクロルにとっては、益のあることだ。
俺としてはあまり危険なことはして欲しくないが、そこは俺が大手を振ってスキルを使えるのであればなんとかなるしな。
『ただ、良いことばかりではない』
無論デメリットもある。権力者から守ってくれるというのは魅力的だが、一方でまた冒険者ギルドやブランも権力者と言える。
『ブランの提案に乗るということは、冒険者ギルドやブランの生家であるグラスロウ公爵家という権力に、取り込まれる危険がある』
ブランは、親切心から提案してくれているようだったけど。冒険者ギルドやブランの実家は、別の思惑を持つ可能性もあるからな。
『もっとも、いつかは権力者など、なにかしらの面倒に巻き込まれる可能性があることを考えると、ブランたちを頼るほうが良いとは思う』
少なくとも、ここ数日の旅でブランたちが悪い奴らではないということは、しっかりとわかっている。何かあっても、守ってくれるだろう。
『とまあ、私の意見を簡単に纏めるとこうだ。ただ、私は世間に疎い。どうするかはクロルの意思に任せよう』
「……」
そう言われても困るとばかりに首を傾げるクロル。
まあ、そうだよな。クロルだって世間に疎いことにはかわりない。かといって、俺に言えることはもうない。
とまあ、そんな風にあんまり参考にならない意見を言った翌日。街道を進むほろ馬車の中で、クロルは眠っていた。
さすがに眠ずの番は堪えたらしい。といっても、夜も半分ほどになった頃にはブランたちも動けるようになり、クロルも床につけたのだがな。
ただ、それでも寝不足だったらしいクロルは、朝に一度起きたものの、馬車が動き出すとすぐに眠ってしまった。
「ふふっ。気持ち良さそうな寝顔……」
クロルに膝を貸していたリリが、クロルの寝顔を見ながらつぶやく。
「昨晩はあまり眠れていませんでしたからね」
リリのつぶやきは独り言のようだったが、ロウが反応した。
「ロウさんは眠くないのですか?」
「ええ。私は旅も長いので。満足に眠れないことにも慣れていますから。リリさんこそ大丈夫ですか?」
昨晩はほとんどのものが満足に眠れておらず、リリも少し眠そうである。
「ちょっと眠いですが。大丈夫です」
「ブランさん。交代です」
御者台からレティアの声が聞こえ、ブランが動き出す。そうしてブランが御者台に消え、代わりにレティアが入ってくる。
「あら。クロルちゃんは寝ちゃってたのね」
「はい。疲れていたみたいで」
「そうなのね」
リリの対面に座るレティア。すると丁度ガタンと馬車が揺れ。
「んっ、んーう」
その揺れに反応して、もぞもぞとクロルが動き出した。
「おはよう。クロルちゃん」
目をこするクロルに、リリが話しかける。
「ん。おはよう」
「随分よく寝てたな」
「そう?」
起き上がりながら、レイトの言葉に疑問符を浮かべるクロル。
「二時間ぐらいは寝てたんじゃないっすかねー」
「……ブランは?」
「ん? ブランさん? 見張りっすけど、なんか用があったっすか? ああ、昨日の提案のことっすかねー」
「ん」
「やっぱり。なら御者台に行ってみたらどうっすかね」
「行ってみる」
コルトの提案を受けて動き出すクロル、傍らに転がっていた俺を掴み。
「それ、持っていくんすか?」
「ん。杖、大事。魔法使い、だから」
「だからって持っていかなくても……」
つぶやくレティアを尻目に、クロルは御者台へ出た。
「ん。クロルか。どうした?」
「聞きたいこと、あった」
「ふむ。まあ、そこに座れ」
ブランとエラリヤの間に座るクロル。ちょっと窮屈そうだ。
「それで。なんだ?」
「昨日の提案、ブランたちに、利益、あるの?」
「利益など、別に考えていないが。俺はおまえのことが心配で。昨日は命も助けてくれたからな。それに報いるためにも……」
クロルの問いに答えるブランだったが、その様子をじっと見詰めるクロルの視線に何か感じることがあったらしく、言葉を途切れさせる。
「ふむ。……こういうのは嘘くさいか?」
「そうじゃない、けど……」
「やっぱり信用できないってわけか。うーむ」
困ったと言わんばかりに空を見上げるブラン。
ふーむ。どうやらクロルはブランのことが信用できないらしい。まあ、クロルはけっこう警戒心が強いからな。
俺からすればブランの提案は親切心からのもので、他意はないように見えたが、クロルにはそう見えなかったと。
そうなると難しいな。さーて、どうなるか……。
「確かに信頼も薄いからな。こういう場合はどうしたら……。俺たちに利益があればいいのか? いや、それも違うだろう」
ぶつぶつとつぶやくブラン。強面のスキンヘッドがそんなことをすれば、怪しいことこの上ないはずなのに、どこか哀愁があった。
ブランはなんとかクロルに信用してもらおうと、言葉を選んでいる様子。そんなブランを見て、くすりと小さく笑みを浮かべるクロル。
あら珍しい。これはまた……。ブランよ、うんうんと難しい顔で唸った意味はあったようだぞ。その真剣さがクロルに伝わったようだ。
「ともかく。信じられないかもしれないが――」
「大丈夫」
「えっ?」
「クラン入る。よろしく、お願いします」
ぺこりと頭を下げるクロル。あまりにもあっさりと承諾され、釈然としないといった表情を浮かべるブラン。
そんな二人の背後が突然騒がしくなる。どうやら、動向を見守っていた者は、俺以外にもたくさんいたらしい。
「おお! うちに入るんすね。よろしくっす」
「クロルちゃんなら大歓迎よ。よろしくね!」
「へぇー。やっぱブランのおっちゃんのクランに入るんだな。これでクロルも冒険者か。だったら、好敵手ってやつだな!」
「もう。レイトったら。でもブランさん、良かったですね!」
「一時はどうなるかと思いましたが……。ブランさん、あなたの真剣な気持ちが、クロルちゃんに伝わったみたいですね」
「それではクロルちゃんの門出に、一曲歌いましょうかね」
誠に申し訳ありませんが、本作の投稿をしばらくお休みします。