40、提案
「ふーん。なるほどな。それで? ロウの兄ちゃんが動けた理由はわかったけど。クロルはなんで動けたんだ?」
ロウが咄嗟に霊薬を飲み、痺れ薬を回避していたことを説明し、各々が納得の色を見せる中、レイトがクロルに尋ねた。
うーむ。まあ、気になるよな。ただ、残念ながらクロル自身も答えを持ち合わせていないだろう。
俺もまったく理由がわからない。クロルに痺れ薬が効かなかったのは、いったいなぜなのだろうか?
「それは私も気になりますね」
「んー……。わからない」
ロウの催促するような言葉に、クロルはやや迷ったような素振りを見せつつも、素直にわからないと答えた。
「そうですか。わからないのですか……」
「えー。わからないってなんだよ」
「こらレイト。クロルちゃんを困らせないの」
考え込むロウ。不満そうな声をあげたレイトを嗜めるリリ。
「どう思うっすか?」
「やっぱり魔法使いだからなのかしら……」
「うーむ」
コルトの問いには答えず、考え込むレティアとブラン。
「まあまあ皆さん。本人もわからないことを考えても仕方ない。理由はわからずとも、おかげで助かったことですし……」
全員でうんうんと考え込んでいたところに、エラリヤが諭すようにそう言った。
「確かにそうかもしれませんね」
「まっ。仕方ないよな」
エラリヤの言葉にロウが同意を示し、一番興味を持っていたレイトも頷く。ただ、レイトの関心はクロルから離れない。
「それでさ。風おこしたり、石を飛ばしたり。あと壁? 攻撃防いだり。とにかく! クロルは魔法使いなんだよな?」
「……ん」
興奮気味に捲くし立てるレイトの勢いに押され、控えめに頷くクロル。
やれやれ。人前でスキルや魔法を使った以上、追求されずにやり過ごすのは不可能だと思っていたが、やはり騒がれるか。
予定通り、クロルは魔法使いのふりをしてくれているが。これ、ちゃんと秘密にしてもらえるように、口止めできるのかな?
「やっぱり! いやー。魔法使いなんて初めて見たぜ! すげーなー。なあなあ、他に何ができるんだ?」
「えと……」
「空とか飛べたりするのか?」
「まあまあ、レイトくん。そのくらいに。そんな風にがっつかれたら、クロルちゃんも答えられないっすよ」
「そうよ。落ち着きなさい」
クロルが答えに窮していると、コルトとリリが助け舟を出した。
「おっと。悪い。で、どうなんだ?」
少し落ち着いたレイトだったが、未だその目は爛々と輝き、好奇心を押さえ切れないと物語っている。
うーむ。まさか、こんなに食いつかれるとは……。
どうしたものかな?
レイト以外の面々も、興味がないわけではないようで、良く観察するとクロルの言葉を待っているように見受けられる。
まあ、見る限り好奇心からの興味みたいだし、クロルが魔法使いだということに、不の感情を向けるものがいないのは救いだな。
魔法使いは畏れられ、疎まれているとか聞いていたが、その割にはこの場にいる者たちは、クロルに忌避感を覚えてはいない様子。
「……空は飛べない」
「ふーん。空は飛べないのか。じゃあ、何ができるんだ? できること、なんかやってみせてくれよ」
「……まだ見習い。できること少ない。魔法は、あんまり使いたくない」
なかなかうまい返しだぞクロル。見習いね。いろいろと言い訳に使えそうで、良い言葉である。
「えー。なんでだよ。別に減るもんじゃないだろ?」
「んーん。魔力減る。いざと言うとき、困る」
「うっ。そう言われるとそうかもしれないけど。でもさー、ちょっとぐらいなら大丈夫じゃないか?」
「駄目」
「まあまあ、今魔物が現れたりなんかしたら、クロルちゃんとロウさんが頼みっすから。諦めるしかないっすよ、レイトくん」
「仕方ねーな」
コルトの援護もあり、しぶしぶといった様子で諦めるレイト。そうして話が一段落したところで、今度はクロルが口を開く。
「皆に、お願いある。……魔法使いのこと、秘密にして、ほしい」
ふむ。魔法使いだということがばれた場合には、できるだけ他言しないように口止めを、お願いしておくべきだと。
俺とクロルは事前の相談で、そう決めていたが。どうやらクロルはそれをきちんと覚えていて、実行してくれたようだ。
「秘密にっすか?」
「どうしてだ?」
「魔法使い。珍しい。悪いこと、引き寄せる」
ブランの問いに理由を答えるクロル。
「まあ、魔法使いって、あまり良い印象って湧かないものね」
「物語でも悪者だったりしますからね。特に子供を浚っていくなんて話は、どこの街でも有名な話です」
心当たりがあると頷く、レティアとロウ。
「あっ。私もよくお母さんに脅かされました」
「悪い事をしたら、浚われるってあれだよな」
「昔から変わらない、躾けのための、脅し文句ですね」
リリやレイト、エラリヤも同じく心当たりがあると頷く。
「つまり、魔法使いだって知られて、嫌われたくないんすね?」
「んーん。貴族とか、権力者が、面倒」
「ああ。そっちか。確かに権力者なんかは力を求めるからな。魔法使いだと知られれば、手元に置こうとするかもしれん」
言葉足らずなクロルの言葉だが、ブランにはきちんと伝わったようだ。
「クロルちゃんは誰かに仕える気はなくて、自由に生きたいのね?」
「ん」
レティアの言葉に頷くクロル。するとそれを見たエラリヤが、全員を見渡しながら言葉を紡ぐ。
「そういうことでしたら。どうでしょう皆さん。ここは一つクロルさんのためにも、秘密にするというのは?」
「まっ。そういうことなら構わないぜ」
「私も。秘密にします」
「クロルちゃんのためっすからね」
「ええ。異論はないわ」
「私も秘密にしましょう」
「うーむ。秘密にすることには俺も同意するが……」
口々に同意を示す面々だったが、最後に同意したブランだけが、どことなく歯切れが悪かった。
「ブランさん、何か問題でもあるんすか?」
「いやな。俺たちが口を噤んでも奴が、ネルバがいる。奴にはクロルのことが知られているし、そこが気がかりでな」
ああ、言われてみればネルバの存在を忘れていた。
「でも、ブランさん。それはもうどうしようもないっすよね」
「そうなんだが……」
うーむ。まあコルトの言う通りだよな。今更、ネルバのことはどうにもできない。そこから広まったら諦めるしかない。
「そうだクロル! 良ければだが、俺たちのクランに名目上だけ所属しないか? そうすれば、おまえを守ってやれる」
「どういうこと?」
突然のブランの提案に、驚くクロル。俺も少し驚いた。
あまりにいきなりの提案だ。ブランたちのクランに名目上だけ所属? それで、どうしてクロルが守れるんだ?
「クロル。ネルバのこともそうだが、おまえが魔法使いだということを、いつまでも隠せるわけじゃあないだろう?」
「……」
ブランの問いかけに、無言で先を促すクロル。
「口止めするにもいずれ限界はくる。いずれ貴族の耳にも入るはずだ。そうなったとき、俺たちのクランに所属しておけば守ってやれる」
ブランは、クロルをブランたちのクラン「客旅の灯火」に所属させ、さらに冒険者ギルドに登録することで、クロルを守れると言った。
というのも、実はブランはこの王国でも有数の貴族家の出身で、またクランの実績から貴族にも顔が利くらしく。
そんなブランが冒険者ギルドと連携すれば、貴族なんかがクロルに直接面会するのを、止めることができるとのこと。
「冒険者ギルドはもともと依頼を仲介する立場だ。そこに俺や、俺の実家の名前まで出しておけば、蔑ろにはできないだろう」
つまりは、クロルの所属をはっきりとさせておくことで、用があればしかるべき手順を踏むように周知しておくということらしい。
今回の場合は、クロルに用件があれば冒険者ギルドからブランに話がいき、そこからブランがクロルに話を持っていくと……。
そういう手順を踏めと。それに反すれば冒険者ギルドや、ブランとブランの実家の面子を軽んじることになるぞと、周知しておくと。
ふむ。権力には権力で対抗するのが一番というわけだ。うーむ……。
まあ、悪くない提案に思える。クランに所属するといっても、ほんとに名前だけ連ねるだけで良いとブランは言う。
一緒に仕事をする必要もなく、ブランから何かを頼まれることはあっても、強制はせず、クロルの自由にして良いらしい。
「無論、これは提案であり、無理にとは言わない。すぐに結論が出ることでもないだろう。じっくりと考えて決めてくれ」