39、幕間
今回も前回の幕間と同じで、三人称視点となっております。
奪ったクーニュに乗って逃走を図ったネルバは、街道を疾走していた。
「くそ! くそ!」
悪態を吐くネルバ。弟ズールが、ロウに殺されたために、その胸中には怒りが渦巻いていた。
怒りを紛らわせるかのように、クーニュを走らせ続けるネルバ。
やがて、そんなネルバの前方に焚き火の明かりが見えてくる。
クーニュのスピードを落とし、焚き火の元へと向かうネルバ。そこでは六人の男たちが野営をしていた。
この六人の男は、ネルバとズールの二人が集めたごろつきたち、今朝方クロルたちを襲った盗賊の残党だ。
「おう。ネルバの姉さん! 首尾はどうだ?」
立ち上がった男たちが、クーニュに乗ってやってきたネルバを出迎える。
「どうしたもこうしたもあるか! くそ! あの吟遊詩人!」
未だ怒りが収まっていないネルバは、クーニュから降りると乱雑に答えた。
「まさか。失敗したんですかい?」
「そうだよ。見てわかるだろ!」
「す、すみません!」
ネルバの苛立った態度に、気後れを隠せない男たち。
「……そもそも、おまえたちは、なぜ弟と一緒に来なかった! お前たちがいれば、弟だって死なずに……。くそ!」
ぶつぶつとつぶやくネルバの様子は、かなり狂気染みている。そんなネルバに、びくびくしながら言い訳を口にする男たち。
「そ、それは……。ズールの旦那が俺たちは足手まといだって……」
「そうさ。俺たちがいたら、こっそりと近づくのに邪魔だからって。ついて来るなって旦那が言ったんだ」
「だから俺たちはここで待ってたんだ」
男たちの言う通り、ズールは手勢を連れて行くより、クロルたちに気付かれないことを優先して、一人を選んだ。
ズールは、凄腕の暗殺者である自分とは違い、男たちを役立たずだと見下していた。そして、それはネルバも同じだったので……。
「ちっ。確かにそうか」
「だろ。だから、俺たちに非はねえよ」
「……悪かったね。弟を殺されて気が立ってたのさ」
なんとか表面上の怒りを収めたネルバ。
「い、いや弟を殺されたんだ。気持ちはわかる」
ネルバの気が、表面的には落ち着いたのを見て、一様に表情に安堵の色を滲ませる男たち。
その中の一人、右腕に包帯を巻いた男が口を開く。
「それより。報酬のほうをもらえるか? 目標の人物を殺せるかに関わらず、金はもらえるって話だったろ?」
この男の言う通り、ネルバたちの殺しのターゲットであるロウを殺せるかどうかに関わらず、報酬がもらえる契約だった。
「ああ、そうだったね。ほら金だ。全員でわけな」
そう言ってネルバが左手で巾着袋を取り出すと。
「おお。ありがてぇ」
一番近くにいたノッポの男が、ネルバのほうへ歩き出した。
そうして、ネルバに近づいたノッポの男が手を伸ばし、ネルバの手のひらの上の巾着袋を受け取ろうとする。
が、あと少しで男の手が巾着袋に触れるというところで、ネルバが手首の力だけを使い、巾着袋を上に投げた。
巾着を掴みそこなったノッポの男。彼の目線は、そのまま宙に浮いた巾着袋に吸い寄せられ、ネルバに対して致命的な隙を晒す。
瞬間、素早く屈み、ノッポの男の懐に一歩踏み込んだネルバ、右手で男の腰に吊るされていたショーとソードを掴み、鞘から引き抜と。
そのまま流れるような動作で左から右へと一閃、男の腹を深く切り裂き。さらに、勢いよく振り抜いた右手から、ショートソードを手放した。
手から放れたショートソードは、回転しながら飛んでいく。
「えっ?」
「っ!」
突然腹部に走った痛みに驚くノッポの男。ほぼ同時に、ネルバの右側にいた長髪の男の胸に、ショートソードが突き刺さる。
「いでぇ!」
「ごぼっ」
腹を押さえながら、膝をつくノッポの男。長髪の男も血を吐いて倒れていく。唖然と、驚愕に目を見開く、残りの四人。
「なっ。てめえなにを!」
「ゼス! 前だ!」
突然凶行に走ったネルバを咎める小柄な男。その隣で、右腕に包帯を巻いた男が、ゼスと呼ばれた男に警告を発する。
「っ! くそっ……」
隣にいた長髪の男が、胸にショートソードを生やし倒れていく様子に気を取られていたゼス。
警告を受けて、慌ててネルバのほうを向くが、遅かった。
ゼスが気付いたときには、すでにネルバはゼスの目の前に。
必死に腰のナイフに右手を伸ばすゼス。しかし、それよりもゼスの懐に入ったネルバが身を屈めるほうが早い。
ようやくゼスの指先がナイフに触れた瞬間、全身をバネのように使ったネルバの掌底が、ゼスの顎に直撃した。
ゼスの体が浮き上がり、そのまま後ろに倒れていく。そんなゼスの腰元の二本のナイフに、手を伸ばすネルバ。
そうしてゼスの腰元から、素早く二本のナイフを奪い取ると、今度は小柄な男の隣にいた、大柄な男のほうへ走る。
「くっ、くそー!」
立て続けに三人がやられ、その体躯に似合わず及び腰になっている大柄な男。それでも腰のサーベルを抜き放ち。
迫り来るネルバ目掛けて、遮二無二振り下ろした。
しかし、ネルバはそんな男の必死の抵抗を、なんなく右手のナイフで受け流し。そのまま左手のナイフで男の喉を切り裂く。
そして、喉を押さえて倒れていく男には目もくれず、残った二人の男のほうへ、まるで獲物を狙うような鋭い視線を向けた。
「ひっ、ひぃー」
ネルバから獲物を狙うような視線を向けられ、構えていた剣を下ろすと、一目散に逃げ出す小柄な男。
右腕に包帯を巻いた男も、一足先に背を向けていた。
もっとも、その行動はどちらも遅過ぎたようで……。
ほぼ同時に、二人の男の胸からナイフの刃が生えた。背中から飛来したナイフが、見事に二人の心臓を一突きにしたのだ。
「さて。あとは」
二人が倒れたのを見届けたネルバがゆっくりと振り返る。
そこには腹を押さえながら、這って移動するノッポの男と、頭を押さえながら、ふらふらと立ち上がるゼスの姿があった。
「うう……」
「な、なんで俺たちを……」
「さあ。自分で考えな」
ゼスの問いに答えながら、大柄な男の手からサーベルを拾うネルバ。
「く、くそっ」
「た、頼む。助けてくれ」
脳を揺らされた影響か、ふらふらとおぼつかない足取りで逃げようとするゼス。ノッポの男も、なんとか助かろうと命乞いをするが……。
結局、ネルバに切り殺された。
「ちっ。気晴らしにもなりゃしない」
「随分、荒れていますね」
「誰だ?」
素早い動きで振り返り、注意深く辺りを見渡すネルバ。
しかしネルバの視界には誰もいなかった。
「隠れてないで出てきな!」
「別に隠れてなどいないけどね」
「っ!」
驚くネルバ。それも当然だろう。なにせ鳥がしゃべったのだから。
ネルバに声をかけたのは、ネルバの前方十メートルほどの所に立つ、大きな木の枝に止まった黒い鳥であった。
「そう驚かなくても。これは使い魔だ。私はレミルフ、魔法使いだよ」
「……どうも今日は、魔法使いに縁があるみたいだね。何の用だ?」
「いやなに。少し話をしようと思ってね」
「話だと?」
「災難だったねぇー。弟さん、殺されちゃったんだって? まあ、相手が魔法使いじゃ仕方ないよね」
「……喧嘩を売っているのか?」
レミルフの小馬鹿にした言い様に、思わず歯軋りをするネルバ。
「買うかい?」
「いや。……それで、用があるなら本題に入って欲しいのだけどね」
からかうようなレミルフの声に、怒りを募らせてはいても、さすがに得体の知れない魔法使いに喧嘩を売るほど、ネルバは短慮ではなかった。
「そうだね。そろそろ本題に入ろうか。さて、君はメルム商会のヘリッグに雇われた暗殺者。で、いいのかな?」
「おまえまさか。メルム商会のものか?」
「うーん。厳密には違うね。でもヘリッグの上司ではあるよ」
「なるほど。私を奴に。忌々しい吟遊詩人に嗾けたのはおまえってことか。よくも魔法使いのこと。黙っていてくれたね」
「いや。それはヘリッグが勝手にやったことだよ。魔法使いのことも、ヘリッグは知らなかっただろうし。ああでも、怒ってるなら都合がいいかな」
「都合がいい?」
「そう。都合がいいのさ。実は頼みがあるんだ」
「ふん。誰があんたらの頼みを聞くか」
「いいのかい? 弟の敵を討てるかもしれないのに」
背を向けて立ち去ろうとするネルバだったが、レミルフの言葉に思わず立ち止まった。
「ふふっ。お願いを聞いてくれたら、敵討ちを手伝ってあげてもいい」
「……」
「あの吟遊詩人を殺したいんだろ? 魔法使いである僕がいれば、いろいろ助かると思うけどなー」
「……ちっ。頼みってのはなんだ?」
ずっと黙っていたネルバだったが、少しだけレミルフの話に興味が湧き、とりあえず頼みとやらを尋ねた。
「興味を持ってくれた? まずはヘリッグに暗殺は成功したって伝えて欲しい。あとは普通に暗殺者として仕事をして欲しいかな」
「それだけか?」
「うん。それだけ。それだけで僕との伝を得られるよ」
レミルフの言葉にしばし考え込むネルバ、メリットデメリットを考え、この怪しい魔法使いの提案に乗ることに。
「……わかった」
「よし。決まりだ。じゃあ、急いでドエクトルに戻って、ヘリッグに依頼が成功したと伝えてくれるかな」
そう言い残すと、レミルフが操る黒い鳥は、空へと飛び立っていった。