36、ネルバの本性
「うまく全員に盛ることができて良かったよ」
立ち上がったネルバは、痺れ薬で動けなくなった者たちを嘲笑いながら、ほろ馬車のほうへ向かって歩き出す。
「ね、ネルバさん?」
いきなり豹変したネルバの様子に困惑するリリ。
「まさか貴様も。今朝方襲ってきた盗賊の仲間だったのか!」
すぐに状況を理解して、ネルバを睨みつけながら、問いただすブラン。
「ふん。奴らの仲間だって? 違うね。馬鹿にするんじゃない。私をあんな素人どもと一緒にしないで欲しいね」
ブランの問いに、馬鹿にした様子で答えたネルバは、ほろ馬車のほうへ向かいながら、さらに言葉を続ける。
「まあ、でも。奴らを嗾けたのは私さ。奴らが襲撃している間に標的を始末するつもりだったからね」
自信にあふれた強気な態度でそう話したネルバ。今までの弱弱しい態度が嘘のようだった。
「標的……。ロウのことか?」
「そうだよ」
ブランの問いに答えながら、ネルバはほろ馬車に乗り込んでいく。
くそ! 非常に不味い事態だ。この場にいる全員、ネルバの術中に嵌ってしまっている。
このままでは全員成す術もなく殺される可能性が高い。俺がなんとかしなければいけない。
だが、どうする? 魔法を使ってなんとかするしかないが……。とりあえず、今のうちに立ち入り禁止のスキルを発動。
これで立ち入り禁止のスキルの効果範囲に入っていた、クロルとレティアとリリ、レイト、エラリヤの五人の安全は確保できる。
何かあったときに備えて、周囲に不審に思われることを気にせず、常にクロルに俺を持ち運びするよう言っておいて正解だった。
もっとも、少し離れた場所にいたブランとコルト、ロウは無防備なまま。どうする? ネルバをなんとか倒すしかないが……。
土属性魔法を使って小石を飛ばしてみるか? それぐらいしか有効な攻撃方法は思いつかない。でも、避けられたらどうする?
というか、そもそも俺は本気で攻撃できるのか? 小石を飛ばす攻撃は当たり所によっては、相手を殺してしまう可能性があるぞ。
いや、そんなこと言っている場合はない。だが……。殺してしまったら……。
俺は本気で攻撃することに躊躇いを覚える。そして覚悟が決まる前に、ネルバがほろ馬車から出てきてしまった。
「さて。それじゃあ、あんたらを始末させてもらうよ」
ほろ馬車から出てきたネルバは、持ち出してきた自分のリュックから短刀を取り出し、リュックを地面に降ろす。
そして、ネルバから一番近いブランへと足を踏み出した。
「待ってください。あなたの狙いは私だけのはず。他の方を殺す必要はないのでは? 殺すなら私だけにしてください」
「あっはっは。何を言い出すかと思えば、笑わせてくれるね。何のためにわざわざ全員に痺れ薬を盛ったと思ってるんだい」
「そんな! なぜです。狙いは私だけのはず……」
「おいおい。本気で言ってるのかい? 全員を始末することになったのは、おまえのせいだって言うのに」
心底おかしそうな様子のネルバ、立ち止まり笑う。
「どういうことです?」
「ふん! どういうこともなにも。あんたがすんなり殺されてりゃあ、こんなことにはならなかったじゃないか」
非常にテンションが高いネルバ。なにやら語り出す。
「あんたは本当に厄介だったよ。毒殺しようにも……」
ネルバが語るのはロウへの愚痴。ネルバは隙を見てロウの食事に毒を盛り、毒殺するつもりだったのだが。
ロウが警戒しておりできなかったと言った。
ネルバ曰く。ロウは毎回食事をもらうとき、よそわれる自分の器に注意を払っており、ロウの分だけに毒を盛る隙がなかったらしく。
ならばと、器によそわれる前に毒を入れようにも、ロウは全員が食事に手をつけてから、食事に手をつけていたため、それもできなかったらしい。
「困ったことに遅効性の毒は、依頼人に渡しちまっていたからね。あんたの警戒心は厄介だったよ。それに……」
勝利を確信して興が乗ったのか、さらに続けるネルバ。
毒殺が無理と判断したネルバは、次善の策として用意しておいた、盗賊襲撃に合わせて隙を見て暗殺することを選ぶ。
ただ、これも失敗。なぜなら、盗賊襲撃時のロウは常に腰のサーベルに手をかけており、まったく隙がなかったからだ。
「あんたは優秀だったよ。でも……。おかげで余計な死人が出るのさ。ほんと、かわいそうにねぇー」
その言葉を最後に、ネルバは短刀を鞘から引き抜くと、ゆっくりとブランのほうへと近づいていく。
「くそ!」
「ちょっ! ほんとに不味いっすよ」
「くっ……」
なんとか体を動かそうともがくブランたち。
いよいよ不味い。ネルバが悦に浸って話している間に、痺れ薬から誰かが回復しないかと、薄い望みに縋ってみたが。
言動からプロっぽいネルバが、そのようなヘマをするはずもなかった。仕方ない、やはり俺がなんとかするしかない。
できるだけ殺さないように、殺してしまったらそのときはそのときだ!
そう覚悟を決めた俺の視界に驚きの光景が……。えっ! あれ? クロル? おまえ。どうして動けるんだよ?
痺れ薬を盛られたはずのクロルが、なぜか普通に立ち上がっていた。クロルも夕食は食べてたはずなのに。なぜだ?
「なんで立ち上がってるんだい? 私が仕込んだ痺れ薬は大の大人だって数時間は動けなくなる代物だってのに……」
「……」
驚愕の眼差しでクロルを見るネルバ。そんなネルバを尻目に体の調子を確かめるかのように、手を開いたり閉じたりするクロル。
そうして、ネルバが驚いて固まっている間に、体の調子を確かめ終わったクロルは、腰からすらりとショートソードを引き抜いた。
戦う気か。……まあ、立ち入り禁止があるから構わないが。
「まあいい。所詮はガキ一人。てっ、おいおい。何をするのかと思えば、まさか私と戦うつもりかい?」
「ん」
「駄目よ。クロルちゃん。逃げなさい」
右手にショートソード、左手に俺(看板)を構えるクロルを見て、レティアが逃げろと促すが、優しいクロルが逃げるわけもない。
クロルはレティアの言葉が聞こえていないかのように、無視して前に出る。
「そうそう。逃げたほうがいいわよ。まあ……。逃がすわけないけどねぇ!」
そう言ってクロルのほうへ駆け出そうとする素振りを見せたネルバ。同時に俺は土属性魔法を発動する。
周囲に落ちていた四つの小石をネルバ目掛けて飛ばす。
このタイミングなら当たるはず! 狙いはネルバの胴体! 頭は狙わない。殺してしまうかもしれないからだ。
「くっ。なんだいこれは」
駆け出す瞬間に小石が殺到したことで、たたらを踏んだネルバ。しかし、それでも小石は命中しなかった。
ネルバは二つの小石を器用に短刀で弾き。遅れて飛んできた残り二つの小石は、大きく左に跳ぶことで避ける。
そして、そのままさらに数歩後ろに下がり、クロルから大きく距離をとった。非常に軽やかな身のこなしであった。
「あんた魔法使いだったのかい?」
「……」
「おっと! 危ないね」
ネルバの問いに対して、クロルがこくりと頷いた瞬間、俺はネルバの足元の土を動かし、ネルバの両足を拘束しようとする。
が、これもネルバはさらに後ろに跳ぶことで悠々と交わしてしまう。かなり素早い。これはそう簡単には倒せそうにないな。
さて。どうしたものか。
ネルバは今の攻防でクロルを警戒し始めたようで、近づいてこようとはしないので、その隙に打開策を考える。
クロルとネルバの距離はだいたい十五メートルほど。このまま、魔法を使って遠距離で攻撃していくのがベストだが……。
ただ、すでに俺のできる遠距離攻撃はすべて不発に終わっているのがな。いや、他にもないわけではないが……。
風属性魔法で突風を吹かせても、せいぜい転ばせるだけ。焚き火の炎が消えていないので、火属性魔法も使えるかもしれないが。
てっ。待てクロル! どう責めるか考えていると、クロルが駆け出してしまう。
「向かってくる気か?」
一直線に向かっていくクロルに対し、ネルバは微妙に及び腰。どうやら、魔法使いという肩書きに臆している様子。
ただ、それでもネルバは逃げず、迎え撃つ構えを取った。
そうして、二人の距離がどんどん縮まり……。おっ! これは行けるかも?
俺がそう思ったと同時に、立ち入り禁止のスキルによって生み出された壁が、ネルバに激突した。