35、一難去って
盗賊の襲撃を無事に退けたのち、動き出したほろ馬車。その後は特に何事もなく街道を進み続け、やがて昼食のために停車する。
「そういえば、珍しいっすよね。この辺で盗賊に襲われるなんて」
「確かに妙ね。こんな所にいたのもそうだし、わざわざ乗合馬車を襲うなんてのも。ブランさん。どう思う?」
「そうだな……。いや、ここでする話ではないな」
昼食を食べつつ、レティアの問いに答えようとしたブランだったが、周りの視線を集めていることに気付き、言葉を濁した。
ただまあ、そんな意味深な言葉の切り方をされれば、会話に耳を傾けていた者たちの興味を、逆に引いてしまうのは当然で……。
「おや、ブランさんは何か心当たりがあるみたいですね。それなら是非聞かせて欲しいものです」
「俺も聞きたいな。ブランのおっちゃん、話してくれよ!」
ロウとレイトの二人が食いついた。
「いや。やめておく。そもそも推測の域を出ない話だからな」
「ええー。いいじゃん。話してくれよ」
「そうですよ。そんな風に言われると、かえって気になるじゃないですか。推測でも良いので話してくださいよ」
「いや、しかしだな」
「うーん。話すしかないんじゃないっすか。二人だけじゃなくて、他の人たちも聞きたいみたいっすよ……」
そう言いながら、乗客のほうを見たコルト。すると。
「あっ……。いえ。私は別に……」
「確かに少し興味はありますが……」
興味深そうな目でブランたちを見ていたネルバが、慌てた様子で取り繕い。エラリヤも暗に話さなくて良いと示した。
「うーむ。まあ一応、乗客にも関係ある話か……。話しておこう。ただ、あくまで推測だということを念頭においてくれ」
そうしてブランが語った内容、それはあの盗賊たちは最初から狙っている何かが明確にあって、襲ってきたのではないかという推測。
この辺りは交易路ではないうえに、領主が居を構えるサイラムの街が近く、それゆえ領軍による警備も厳しい。
だから当然、この辺りで略奪行為をすることは、リターンの割りにリスクが高く。盗賊が活動するような場所ではないそうだ。
だからこそブランは、襲ってきた十三人の盗賊たちには、確固たる狙いがあったのではないかと疑っており。
そして、その狙いは乗客が持つ荷物、あるいは乗客そのもの、大穴で護衛(ブランたちを恨んでの犯行)ではないかとのこと。
「もっとも、さっきも言ったがこれは推測だ。裏づけを取るつもりも、乗客の皆さんに事情を聞くつもりもない。忘れてくれ」
そう言ってブランが話を締めくくると、乗客は顔を見合わせた。まあ、そんなことを言われては、忘れろと言われても無理だよな。
「……うーん。俺とリリは絶対違うよな」
「心当たりがありません」
「わ、私も。違うと思います」
レイトが最初に口を開き。リリ、ネルバが順々に否定。
すると、なんとなく心当たりを口にする流れが出来たようで、そこにいる面々の視線が、クロルとロウに注がれた。
「知らない」
左右に首を振るクロル。
「私は心当たりがないわけでもないですが」
そんなことを言ったロウ。
「えっ。ロウの兄ちゃん。心当たりあるのかよ」
「ええ。まあ」
「おいおい。そんなあっさり……。話しといてなんだが、事情もあるだろうし。名乗り出られたらそれはそれで……」
「いえ、ブランさん。気にしないでください。別に、そんな大層なお話でもありませんので」
「それで? 心当たりってなんなんだよ」
ずけずけと、遠慮のないレイトの問いかけに応じて、ロウが口を開く。
「それはですね。……実は私、命を狙われているんです。というのも……。私の正体は…………」
ロウの口調は重く、なんとも思わせぶりな態度に……。
「正体は?」
レイトを含め、回りの人間は皆ロウの発言を待つ。しかし。
「というのは冗談で、たぶん理由はこれだと思います」
空気を破り、皆の期待を裏切るかのように、ロウは軽い口調とともに懐から何かを取り出して、掲げて見せる。
それは一枚の紙。いや、便箋だった。
「ん? 手紙か? なんの手紙なんだ?」
「なるほどな。そういうことか」
「あれ? ブランさん、わかったんすか?」
「はぁー。コルト、手紙をよく見なさい」
レイトやコルトと違い、手紙を見てすぐに事情を察したブランとレティアの二人。ブランはどことなく渋い顔になる。
「ああ。そういうことっすか」
「なんだよ。どういうことだよ?」
「レイトくん。ロウさんが持っている手紙はサイラムの領主様宛なのです」
「ああ、しかも差出人は北の、ドエクトルの領主だ」
レイトの問いにエラリヤとブランが答え、その答えを聞いて、周りの人間も事の次第に、納得の色を示している。
「なんだ。そういうことかよ」
まあ、俺でもなんとなく理解できたので当然か。
領主同士の手紙。おそらくは、その手紙がサイラムの領主に渡ってしまうと不都合な連中が、さっきの盗賊たちを差し向けた。
そういう類の、どこか陰謀めいた話なのだろう。ただ、そんな手紙をなぜ吟遊詩人のロウが運んでいるのか、いま一つわからないが……。
いや、よーく思い出すと、前世の世界でも吟遊詩人が密使、密偵に使われるなんて歴史があったような気もする。
情報機関が発達していない中世では、いろいろな地方を旅する吟遊詩人の情報が、重宝されたと聞きかじったような。
「しかし、そういうことならその手紙、あっさり見せて良いものなのか? 俺たちまで余計なことに巻き込まれたりしないだろうな?」
むっ。言われてみればブランの言う通りである。手紙の存在を消したい連中は、当然手紙の存在を知る人間も快く思わないはず。
「うーん、私は大丈夫だと判断したのですが。だからこそ、襲われた原因を特定して、皆さんに安心してもらおうと……」
ロウは、ブランの話で盗賊に襲われた原因の言及されたので、誰が狙われたのかをはっきりさせて、皆の不安を取り除こうとしたらしい。
「すみません。不用意なことをしました」
頭を下げ謝るロウ。
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
ブランの言葉を聞いて不安になった様子のネルバ。
「まあ、他言しなければ、おそらく大丈夫でしょう。手紙の内容を知ったわけでもない。皆さん、今の話は他言無用に」
「お願いします」
ブランが頼み、ロウも頭を下げると、他の面々は口々に同意を示し、さっきの話はなかったことにする旨が周知される。
こうして、少し長くなった昼食休憩が終わると、日が暮れる寸前までほろ馬車は進み続け、いつも通り野宿をすることに……。
ブランたち護衛の三人は野営の準備に取り掛かり、エラリヤは夕食を作り始める。その傍ら、他の者たちも思い思いに時間を過ごす。
ネルバはエラリヤの手伝いを申し出。レイトは軽い運動と柔軟を始める。ロウはハープで静かな曲を奏で。リリはクロルに話しかけていた。
いつもの光景……。旅が始まってから五日、野宿も五日目ともなれば、皆それぞれ時間の過ごし方が決まっていた。
ふむ。今日でこの光景も見納めと思うと、どことなく寂しい気分になるな。俺は見ているだけだったが、なんだかんだ良い連中だったから。
「皆さん。夕食ができあがりましたよ」
エラリヤの言葉に、皆が焚き火の近くに集まってくる。乗客に夕食を配っていくエラリヤと、それを手伝うネルバ。
ブランたち護衛の三人も持参した食事を取り出していた。
そうして、夕食を食べ始める面々。ところが、しばらくして突然!
「うっ。これって……」
「どうしたレティア。くっ、これは。馬鹿な……」
「これ。毒っすか? いつの間に……」
レティアが最初に呻き。他の面々も、体の不調を訴え始めた。
毒? 一体何が?
「体が動かなねえ。なんだこれ?」
「な、なんなの……」
「……」
困惑するレイトとリリ。首を傾げるクロル。
「どうやら。食事に痺れ薬が入れられていたようです」
痺れ薬だと? 口を押さながら話すロウの言葉に俺は驚き、そして慌てる。どういうことだ?
いったい誰がそんなことを? 食事に入っていたってことは……。
「そ、そんなはずは……。私は何も。まさか!」
ロウの言葉に慌てるエラリヤ、痺れ薬を入れたのは自分ではないと否定しようとして、その顔が驚愕に彩られる。
同時に俺も何が起こったのか、正確に把握した。
ロウの言う通り、痺れ薬が食事に入っていたとして、エラリヤが犯人ではないとすると。犯人は当然……。
「くくっ。そう、私が仕込んだのさ」
俺の視線の先には、不適に笑うネルバの姿があった。