34、盗賊との戦闘
「殺っちまえ!」
盗賊のリーダーが叫び声をあげたのを合図に、八人の盗賊は一斉に動き出した。もっとも、言葉とは裏腹にその動きは慎重だ。
盗賊たちはリーダーを中心に横に広がりながら、じわじわ近づいてくる。数の利を生かし、扇状にブランとレティアを囲むつもりのようだ。
意外だった。てっきり、盗賊なんてものは統率や連携など関係なしに、各々が闇雲に襲いかかってくるかと思ったのだが……。
いや、命がかかっているわけだし、現実はこんなものかもしれない。
そんな盗賊に対して、ブランとレティアのほうも、不用意に攻め込まず。各々の武器を構えて待っている。
無言で近づいてくる盗賊たち。堂々とした佇まいで、鋭く盗賊たちを見据え、気迫を漲らせるブランとレティアの二人。
相対する両者の間で、見えない火花が散っているかのようで、ぴりぴりと空気が張り詰めているように感じた。なんだか緊張する。
そうして、盗賊たちと二人の距離が、四メートルほどに縮まったところで、盗賊は動きを止めた。
あと数歩踏み込めば、剣の届く間合い。しかし誰も動かない。ブランとレティアは自分たちから攻める気はなさそうで、不動の姿勢を貫く。
盗賊たちは、そんな二人の佇まいにプレッシャーを感じているのか。誰一人として攻めかかろうとしない。場は膠着状態に陥った……。
「なんだよあいつら、攻めてこないじゃん」
ほろ馬車の近くで待機しているレイト。緊張感もなく、さらに続ける。
「なあなあ、俺もあっち行っていい?」
いまにも駆け出しそうなレイト。しかしコルトに止められる。
「駄目っすよ。俺たちは馬車を守らないといけないっすから。相手をするのはブランさんたちが取りこぼした敵だけっす」
「えー。それじゃあ、こっちに来な――」
「静かに!」
不満そうなレイトの言葉を遮ったコルト。同時にがさがさと森のほうから異音。
「攻めてこないと思ったら、そういうことっすか! 伏兵、五人!」
森のほうを見て叫ぶコルト。森から武器を持った五人の男が走ってきていた。どうやら、盗賊は八人だけではなかったらしい。
これは俺も戦うことを覚悟しないといけないかも……。
「ちっ。伏兵か!」
「「うおおお!」」
コルトの叫び声を聞いたブランが履き捨てると同時に、八人の盗賊のうち四人が剣を振り上げ、ブランとレティア目掛けて切りかかる。
「レイト! 俺から離れちゃ――」
「俺が相手だ!」
「ちょっ! ああもう!」
コルトの言葉を聞かずに駆け出したレイト。慌ててコルトも続く。
こうして、瞬く間に二つの戦場が誕生した。ほろ馬車の前方では八人の盗賊とブラン、レティアがぶつかり。
ほろ馬車と森の間では五人の盗賊とレイト、コルトがぶつかる。怒号と悲鳴、そして剣戟の音が辺りに響く。
「死ねや!」
「ぐわあぁ!」
「くそが!」
「痛え!」
「くそ。ガキのくせに!」
「はっ!」
「ごふっ……」
「てめえ! よくも!」
レティアと互いの背中を守るようにしつつ、切りかかってくる盗賊たちを相手にしていたブランが、一人を袈裟切りに。
そんなブランを背に、レティアも流れるような槍捌きで、盗賊たちの攻撃をしのぎ。一人の盗賊の腹を槍で刺し貫いた。
対してコルトとレイトのほうも、血気盛んに攻め込んだレイトが、盗賊の一人の手首を切りつけ、剣を握れなくする。
多勢に無勢ながら、一人一人の実力はこちらが上のようであり、どちらの戦場もこちらが優位に立っていた。しかし……。
これは……。見るのが辛いな。うわぁ……。あんなに血が……。うわっ。
また一人の盗賊の胸を、レティアが槍で刺し貫いた。肺をやられたのか、口からごぽりと血を流しながら倒れる盗賊。
その凄惨な光景は、死が身近にない、平和な世の中で生きてきた俺には刺激が強かった。こんなにあっさりと人が死ぬ……。
命が軽い世界だとは薄々感づいていたが、俺にはちょっと受け入れがたいものがあった。
俺が直接手にかけたわけでもないのに、殺人に忌避感を覚える。
「ち! 馬鹿が! 一人二人で攻めるんじゃねえ!」
盗賊のリーダーが大声で叫ぶと、一度仕切り直しとばかりに、ブランとレティアから距離を取る盗賊たち。
すると、盗賊のリーダの隣にいた盗賊が弱音を吐く。
「ボス。もう無理ですよ。向こうも梃子摺ってますし。失敗ですよ!」
レイトとコルトが戦っているほうを指差す盗賊。レイトとコルトが相手取っている盗賊は三人に減っていた。
地面には一人が倒れ、最初に手首を切られた一人も戦線を離脱している。
「うるせえ! 全員でやりゃあ、まだなんとかなる! いいからいくぞ!」
「うおおお!」
「ぐはっ!」
「くそ!」
大声で怒鳴りつけ、かかんに攻めかかる盗賊のリーダーだったが、その言葉に続いたのは一人だけで……。
そんな一人もレティアにあっさりと刺し殺され。盗賊のリーダーもブランのロングソードに、腹を薄く切り裂かれた。
「おい! てめえら! 何してやがる!」
ブランとレティアに切りかからなかった三人を、盗賊のリーダが叱責するも、三人の盗賊は動かないどころか、後退りしている。
そうしている間に、レイトとコルトのほうに動きがあった。
「ぐわぁぁ!」
コルトによって、さらにもう一人盗賊が切られ、倒れた。
「もう無理だ。俺は降りる!」
レイトに手首を切られ、戦線を離脱していた盗賊が叫ぶ。
「俺もだ!」
「潮時か……」
「もう無理だ!」
一人が逃げると、残った盗賊たちも逃げ出し始める。
「おい待て! ……くそ!」
盗賊のリーダが必死に呼び止めるも、盗賊たちは止まらない。盗賊のリーダーも諦めたようで、同じように逃げ出す。
いっせいに森のほうへと駆けていく七人の盗賊たち。
「逃がすかよ!」
「いや、駄目っすからね」
盗賊を追いかけようとしたレイトの首根っこを、コルトが掴んだ。ブランとレティアも武器を下ろしていた。追撃はしないらしい。
終わったか……。四対十三だったにも関わらず、怪我人を出すこともなく追い返してしまうとはな。
さすがは護衛を専門としている冒険者というべきか。ともかく、俺の出番なく終わって良かった。
「コルト、そっちは大丈夫だったか?」
「大丈夫っす。でも、レイトくんにはブランさんから、がつんと言ってやって欲しいっすね」
ほろ馬車の近くに集まったブランたち四人。
「ああ。わかった。だが、とりあえずは後始末だ。レイト、おまえは馬車に戻れ。コルトとレティアは外の始末だ」
「わかったわ」
「了解っす」
ほろ馬車の後ろ側に回るブランとレイト。レティアとコルトの二人は、周りに転がる六人の盗賊の体に近づくと……。
息がある盗賊には止めを刺し。体を物色し始めた。どうやら、硬貨や、剣などのお金になりそうなものを回収しているみたいだった。
あまり見たいものじゃないので、ブランたちのほうへ視点を移動する。そこでは、ブランが乗客に顛末を話していた。
「皆さん。盗賊は無事追い払いました。まだ後始末があるので動けませんが、すぐに旅も再開できるので、安心してください」
「ブランさんたちは、大丈夫でしたか?」
「ええ。問題ありません」
エラリヤがブランたちに怪我がないかと尋ね、それに問題ないと返すブラン。すると、そこでリリが口を開く。
「あ、あの。レイトが勝手をしてすみませんでした!」
「うわ。何すんだよ、リリ」
「何って。ちゃんと頭を下げて謝るの!」
隣に座ったレイトの頭を、リリが無理矢理下げさせる。
「いや。リリが謝ることではない。悪いのはこいつだ」
「痛て!」
「年長者として言っておくが……」
レイトの頭にげんこつを落とし、ブランはそのまま説教を始める。
説教の内容は、至極当たり前の意見。護衛対象に勝手をされると、ブランたちの仕事に支障が出るというもの。
いくらレイトが戦う力を持っているとしても、まずは護衛に任せるべきであり、そうでなければ困るといった内容。
「本来、護衛対象に戦わせるなんてのはありえないんだ。もしそれで怪我をしたら、それは俺たちの責任になる」
「いや、俺はそんなこと思わないぜ?」
「おまえがそうでも。周りはそうは思わん」
まあ、それはそうだろう。いくら護衛対象が勝手に戦闘に参加して、そして勝手に怪我をしたとしても……。
内情を知らなければ、怪我をさせたという事実だけが残り。仮に内情を知っていたとしても、監督責任を問われるだけだろう。
「だがまあ、これぐらいにしておこう。おまえの性格を考えれば、もっと強く言い含めておかなかった俺にも非はある」
「ブランさん。こっちは終わったっす」
「いつでも出発できるわ」
ブランの話が丁度終わったタイミングで、コルトとレティアが現れた。どうやら、後始末は終わったようだ。
外を見れば、邪魔な盗賊の死体は街道の脇、森のすぐ傍に移動されており。ほろ馬車も出発できる用意が整っていた。
「エラリヤさん。御者をお願いします。レティアは馬車の後方を。コルト、おまえは御者台に。念のためしばらくは三人全員で見張りをするぞ」
ブランがてきぱきと指示を出し、全員が配置につくと、ほろ馬車は動き出した。