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33、幕間

今回のお話にクロルたちは出てきません。視点も三人称となっております。

「ガイザル様。あなたは我らを切り捨てるおつもりか?」

「ヘリッグよ。いきなり訪ねてきたかと思えば、何を言い出すのだ」

 クロルたちが盗賊に出くわしていた頃。そこから程遠い北の街、ドエクトルのとある屋敷には密談をする三人の男がいた。


 まず一人目は、ここドエクトルの街を治める領主の弟、ガイザル・ドエクトル。オールバックの茶髪に黒い瞳。

 貴族の家柄に連なる者にしても、かなり豪奢な、一目で金がかかっていることがわかる身なりをした、中年男性。


 二人目はメルム商会の人間で、ドエクトルの街にある支店を任された商人、ヘリッグ。ショートの金髪に茶色い瞳。

 でっぷりと太った体に、ガイザルに負けず劣らずの豪奢な服を身に纏う、いかにも悪いことをしていそうな顔つきの初老男性。


 そして最後は、ガイザルに仕える魔法使い、レミルフ。ダークブルーのミディアムの髪に青い瞳。

 黒い長袖に、ゆったりとした黒のロングパンツと、前の二人に比べれば随分とラフな格好をした色白の青年。


「切り捨てる? いったい何のことかな?」

 ソファーにゆったりと腰掛けたガイザルは、惚けた顔をして対面のソファーに腰掛けるヘリッグに尋ねた。


「わからないと言うのですか? では、商会に潜り込んだ密偵の件は、いったいどうなっているのですか?」

「ああ、あれは……。レミルフ」

「無論、手は講じていますが、なかなかに手強い相手でして」


 ガイザルに呼ばれ、ヘリッグへと説明するレミルフだったが、その目は右手に持つ試験管から離れない。

 レミルフは試験管やビーカーなど、まるで理科の実験器具のようなものが並べられた机に向かい、何やら作業をしていた。


「そういうことだ。もう少し待――」

「それだけではないのです。ガイザル様、あなたの兄君がサイラムの領主宛に手紙を出したのはご存知ですよね?」

 ガイザルの言葉を途中で遮って、問いかけるヘリッグ。


「なんのことかな?」

「惚けても無駄ですよ。私とて独自に目を持っておりますゆえ。……嘘をつかれるとは、やはり我らを切り捨てるおつもりですな?」

 確信を得たヘリッグが語気を強め問い詰める。すると。


「ほう。なかなかやるではないか。そうだともヘリッグ。私はおまえたちを切り捨てるつもりだったのだ」

 開き直ったガイザル。彼はヘリッグたち、メルム商会の一部の者たちと結託して、いろいろな悪事、不正に手を染めていたのだが……。


 その悪事の尻尾を、ガイザルの兄にして領主でもある、ディート・ドエクトルに掴まれると、すぐにメルム商会を切り捨てた。

 そう。すべてはヘリッグの指摘通り。ガイザルはヘリッグたちをとっくに見限り、とかげの尻尾切りにしようとしていたのだ。


「やはり……」

「それで。どうするヘリッグ? たとえそれがわかったところで、おまえたちには何もできまい」

 居直ったガイザルが不敵に笑う。


 本来なら、ドエクトル領主ディートに、悪事の尻尾を掴まれた時点でガイザルたちの命運は決まったも同然で。

 メルム商会に密偵というメスが入れられた段階で、断罪へのカウントダウンが始まっているといっても過言ではない。


 しかしガイザルは、例えメルム商会から悪事が暴かれたとしても、自分には飛び火しないと、確信を持つだけの策を講じている。

 ガイザルは自分に繋がる証拠は決して残さず、さらにはガイザルが関わった商会の人間の口は、レミルフによって、封じさせていた。


 それは契約の魔法(両者合意のうえでの交わされた約束事を違えれば死ぬ。という魔法)までも使った完璧な守り。

 ヘリッグを初めとした、ガイザルのことを知るメルム商会の者たちは全員、この契約の魔法によって縛られているのだ。


「さあ。わかったら、とっとと帰れ」

「ふはははは!」

 扉を指差したガイザルの前で、突如笑い声をあげるヘリッグ。これにはレミルフすらも作業を止め、ヘリッグのほうを見た。


「どうした。頭がおかしくなったか?」

「いいえ、ガイザル様。そうではございません。ただ、あなたの言葉がおかしかったので。……つい、笑ってしまいました」

「どういう意味だ?」


「ふふふ。私どもとて、裏切られる可能性は想定しておりましたとも。ガイザル様、本当にあなたに繋がる証拠が残っていないとでも?」

「ありえませんね。私の管理は完璧です」

 ヘリッグの言葉に、すかさずレミルフが返す。


「そうでしょうか?」

 不敵に笑ってみせるヘリッグだったが、その内心は緊張していた。というのも、今の言葉は完全なブラフだったからだ。

 ガイザルたちに繋がる証拠など、ヘリッグには心当たりがなかった。


 しかし、それでもこのまま何も策を講じなければ、とかげの尻尾切りで終わってしまう。だからヘリッグは突き進む。

 ただ一つの勝算を目指して……。狡猾で慎重、かなり心配性なガイザルに疑念を抱かせるために、ヘリッグは言葉を重ねる。


「確かに、レミルフ殿の管理は完璧かもしれません。ですが、それでも帳簿の写しの一枚くらいはあるかもしれませんよ?」

「いえ、それはありえま――」

「レミルフ、少し黙っておれ。……ヘリッグよ。脅すつもりか?」


 レミルフの言葉を遮り、ガイザルが尋ねる。しめたとばかりに、内心で笑みを浮かべるヘリッグ。


「ええ。ガイザル様が一人で助かろうとするのであれば。それを我慢できるほど私は器が大きくありませんので」

「……」

 ガイザルは鋭い眼差しで、ヘリッグを見つめる。


「……ガイザル様、このまま共倒れというのは嫌でしょう? そこでですね。実は策を用意してまいりました」

「言ってみるがよい」

「では……」


 ガイザルが喰いついたことを内心で喜びながら、用意してきた策を語るヘリッグ。その策とは……。


 端折って言えば、ガイザルたちの悪事に気付いている領主ディートを、病気で死んだように見せかけて暗殺。

 そして、ガイザルが新たな領主となることで、メルム商会から手を引かすという、かなり無理のある提案だった。


「とある暗殺者にいただいた、この遅効性の毒であれば、まるで病に伏せったかのように衰弱死させることが可能です」

「ふむ……」

「少々失礼」


 顎に手をやって考え込むガイザル。作業していた机から離れ、ヘリッグが出した小瓶に入った毒薬を吟味するレミルフ。


「ふむ。これならば確かに、病死にみせることも可能かもしれません」

「いかがでしょう。これなら我々もガイザル様も無傷となり。さらには、ガイザル様は領主の座につくこともできますぞ!」

 ここぞとばかりにアピールするヘリッグ。


「しかしヘリッグよ。例の手紙はどうなる。おまえは商会の悪事のことが書かれていると考えておるのだろう? 兄上を殺したところで……」

「それならばご安心を。そちらには暗殺者を手配し、送っておきました。あの手紙がサイラムの領主へと渡る心配はございません」


 ガイザルたちが手広くやっていたいくつかの悪事には、サイラムにあるメルム商会本店も少しだけ関わっており。

 その関係で領主ディートが、サイラムの領主にもメルム商会の悪事のことを知らせようと、手紙を出したと睨んでいたヘリッグ。


 この手紙をガイザルが放置したことこそ、ヘリッグがガイザルの裏切りに気付くきっかけとなった原因であったため。

 ヘリッグは、何も手を打たなかったガイザルに代わって、数日遅れになったが、きちんと暗殺者を差し向けていた。


「ほう。なるほど。だが、確実に殺せるのか?」

「はい。凄腕の暗殺者を雇いましたので。必ず!」

「うーむ……」

 考え込んだガイザルの答えを、祈りながら待つヘリッグ。


「よかろう。ならば吟遊詩人の暗殺が成功したあかつきには、おまえの策を使うとしよう」

「ありがとうございます」

 ガイザルの言葉に、内心安堵しながら深々と頭を下げるヘリッグ。


「……では失礼します」

 方針が決まるとその後は、いくつかの打ち合わせを済ませ。それが終わるとヘリッグは部屋から出て行った。

 すると、ガイザルとレミルフの会話が始まる。


「まさか。奴もまた、兄上を殺そうと考えるとはな」

「お粗末な計画でしたがね。藁をも掴むという奴なのでは?」

「ふん。おろかなことだ。それより、奴が言っていた私に繋がる証拠が、本当にあると思うか?」


「ありえませんね。苦し紛れのはったりでしょう。第一あったとしても、それを他人に渡した瞬間……。まあ、念のため調べておきます」

「そうか。ああ、そうだ、奴が言っていた暗殺者のほうも」

「そちらは、すぐに使い間を飛ばし確認します」


「頼んだぞ。……まったく、余計なことをしてくれたものだ。あの手紙は我々の悪事とは、関係のないものだというのに……」

 ぶつぶつと、つぶやきながら部屋を後にするガイザル。それを見送ってレミルフも動き出した。

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