31、旅は続く
ほろ馬車が停車した場所は、左右に草原が広がる見晴らしの良い場所だった。ここで、昼食を兼ねた休憩を取るとのこと。
続々とほろ馬車から降りてくる面々。その中の一人、リリは馬車から降りると、体のこわばりをほぐすかのごとく伸びをする。
「んんー。……あれ? クロルちゃん、それ持っていくの?」
リリが指差したのは、クロルが担いでいる看板(俺)だ。
「ん」
頷くクロル。
休憩のために停まっただけなのに、わざわざ荷物になる俺を持って降りる。リリが疑問に思うのも無理ない。
だがこれは安全のためだ。クロルと俺が離れないように、クロルにはできるだけ俺を持ち運びするように言ってあった。
「どうぞ皆さん。昼食です」
エラリヤが大き目のランチバスケットを持って、乗客たちの所を回る。中身はおいしそうなサンドイッチ。
乗客にサンドイッチを配っていくエラリヤ。
「おいしいです」
「ほんとだ。うまい!」
「おや。これはなかなか……。エラリヤさんは料理上手ですね」
リリとレイト、ロウが料理を褒める。
「そう言っていただけると早起きして作ったかいがあります。……ブランさんたちも、どうぞ」
「いいんすか? じゃあ、遠慮な――」
「いえ、我々は持参したものがあるので」
エラリヤが差し出したサンドイッチを受け取ろうとしたコルトであったが、ブランによって遮られる。
「ほら。コルト」
「ええー。俺もサンドイッチが食べたいっすよー」
レティアが差し出したものは、硬そうなパンと干し肉だったので、コルトが未練がましくサンドイッチを見た。
「気持ちはわかるけど。仕事中は持参したものを食べる決まりでしょ」
「はぁー。わかったっすよ……」
「エラリヤさん。そういうことなので」
ブランの言葉にエラリヤは苦笑しつつ、引き下がる。
その後は各々が思い思いにしつつ、昼食を食べ。程よいところで休憩を終えると、ほろ馬車に乗り込む。
そうして、再び街道を進むほろ馬車の中は、午前と違い静かなものだった。
ブランと交代するかたちで、コルトが見張りとして御者台に移動したため、レイトも話し相手を失い、沈黙。
他の面々も初対面ということがあってか、積極的に口を開くことはなく。ほろ馬車の中は静寂に包まれていた。
もっとも、よくよく考えれば乗合馬車なんてものは、たまたま乗り合わせた乗客同士が集まっているのだ。
会話が発生しないのも当然。むしろ午前中、あんなに会話をしていたコルトとレイトが、普通ではなかったのだろう。
だからまあ、居心地を悪そうにしているものはいないが……。
ただ、静かなせいで、自ずと目立ってしまうことも。さっきからリリの様子がちょっと変なのだが、それが目に付く。
リリは、そわそわと落ち着きのない様子で、正面に座るロウのほうをちらちら見ては俯く、という行動を繰り返していた。
さっきから、いったい何をしてるのだろうか? あれかな。ロウが美青年だから気になるのだろうか?
憧れ、あるいは恋心ってやつだろうか? とそんな風に考えてみるが、おそらく違うだろう。ロウに用でもあるのかな?
ちなみにリリよ。ロウに気付かれないように見ているつもりだろうが、おそらくロウは気付いているし。
他の面々にしても、リリの不審な行動には気付いているぞ。閉鎖空間なうえに静かなので、目立ってしまうのだ。
「どうしました? リリさん? 私の顔に何かついてますか?」
おおっと。遂にロウが話しかけたか。
「あっ。えっと……。その……。何でもないです……」
リリは何事か話そうとしたものの、口を噤む。
「なんだよ。もしかしてあれか? ロウの兄ちゃんがかっこいいから、惚れちゃったとかか?」
「ち、違うから。馬鹿なこと言わないで!」
からかうレイト。声を荒げるリリ。
レイト、おまえ……。随分デリカシーがないな。その手の質問を、本人がいる前でしては駄目だろう。
「違うなら、なんで焦るんだよ」
「別に焦ってなんか」
「じゃあ、なんでロウの兄ちゃんのこと、ちらちら見てたんだ?」
「それは……」
「それは?」
「もういいでしょ!」
「いや、よくねーよ」
おいレイト。しつこいぞ。もうやめておけ。
「レイトくん。リリちゃんが困っているわ。それぐらいにしておきなさい」
「えー。気になるじゃん。教えろよー」
レティアが仲裁に入るも、レイトは諦めず。業を煮やしたリリが、レイトだけに理由を耳打ちする。
「もう! わかったわよ。耳貸して」
「ちょっ。近い」
「あのね……」
うーむ、小声だから聞こえない。気になる……。
「なんだよ。そういうことかよ。だったら俺が頼んでやるよ」
「え? ちょっと待って――」
「ロウの兄ちゃん。リリは兄ちゃんの歌が聞きたかったんだってよ」
「もう。何で言っちゃうのよ!」
ほんとにな。リリが耳打ちをした理由がまったくわかってない。ただ、よくやったレイト、褒めてやる。
実は内心、俺も気になっていたのだ。なるほどな、リリは吟遊詩人のロウに歌を歌って欲しかったわけか。
「あの。今のは、その、なんていうか……」
「それぐらいならお安い御用ですよ」
「いいんですか!」
恥ずかしそうにしつつも、ロウの言葉に飛びつくリリ。
「ええ。かわいいリリさんの頼みとあれば。もっとも、護衛の方々の許可が下りればですが……」
そう言って、ブランとレティアのほうを向くと、暗におうかがいを立てるロウ。
「まあ、ここら辺には音によってくる魔物もいないから……」
「ああ。許可しよう」
「ありがとうございます!」
快く許可を出した二人に、リリは元気よく頭を下げる。
「良かったじゃんリリ。俺のおかげだな」
「調子に乗るな」
「痛い。何すんだよ」
頭を叩かれ憤慨するレイトだったが、リリはどこ吹く風だ。
「それではリリさん。どのようなお話が好みです? ご注文があればなんなりと」
「えっと。できれば、昨日酒場で歌ったものと同じもので。お願いします!」
「レッドドラゴンと人間の恋物語ですね」
「そう。それです! ぜひ! お願いします!」
「ふふっ。随分食いつきますね」
「あっ。すみません。昨日酒場に聞きに行った姉に自慢させたので。つい」
「なるほど。それなら、今日はリリさんのためだけに歌いましょう」
「ありがとうございます!」
おもむろにハープを取り出すロウ。ポロロン、ポロロンと調子を確かめるように、弦を弾く。そして……。
「では、皆さん。ご静聴願います」
ロウは、ハープを奏でながら歌い始めた。
そうして語られる物語は、先ほどロウが言っていた通り、レッドドラゴンと人間の娘の恋物語。
その物語は孤児院育ちのヒロインが働くパン屋に、人間の姿に化け、街に遊びに来ていたドラゴンがやってくるところから始まる。
二人の出会いは運命的でもなく、周りから見れば珍しくもない普通の出会いだったが、交流を深めるうちに、惹かれ合うようになる二人。
ただ、ヒーローは自分が本当は人間ではなく、ドラゴンであることをヒロインに打ち明けておらず。
ヒロインもまた、ヒーローのことを貴族だと誤解しており、身分違いを悩み。もう一歩というところでくっつかない。
そんな中、その街を治める悪徳領主の放蕩息子(ヒロインを見初め、しつこく交際を迫っていた)が登場。
放蕩息子は街で二人の仲が噂になっているのが我慢ならず、ヒロインを妾とするために、無理矢理、連れ去ってしまう。
すると当然、その事実を知ったヒーローは怒り、すぐに本来の姿であるドラゴンへと戻ると、ヒロインを奪還しに向かう。
怒りに任せて領主の館を襲撃するヒーロー。悪徳領主もろとも、放蕩息子を成敗し、無事ヒロインの奪還に成功するが……。
計らずとも、ヒーローはドラゴンの姿を晒してしまうことになり。それを見たヒロインもドラゴンの姿に怯えてしまう。
そしてこの出来事は、種族の違いに悩むヒーローが、ヒロインとの恋を諦めることを決意させるきっかけとなった。
といっても、この物語はハッピーエンドに向かうようで。最後の場面は……。
夕暮れの中。ヒロインを掴んだまま空を飛ぶヒーロー。街外れに降り立つと、ヒロインを開放し、去ろうとする。
しかし、それをヒロインが呼び止めた。なんとヒロインは、ドラゴンの瞳を見て、ドラゴンの正体に気付いたのだ。
ヒロインに正体を知られたヒーローは人間の姿に戻り、人間のふりをしていたことを謝って、別れを告げる。
そんなヒーローの後ろから抱きつくヒロイン。愛があれば、種族など関係ないというような趣旨の言葉を放ち。
「夕焼けに染まる空の下で、二人は永久の愛を誓い。幸せに暮らしました。……皆さん、楽しんでいただけましたか?」
「はい。とっても! 素晴らしかったです!」
きらきらとした目で褒めるリリ。他の者も賞賛の声を口にした。
確かに、素晴らしかった。内容もそうだが、なにより場面にあった音楽と、情感のあるロウの語り口が良い。
前世の世界と違い、優れた音響効果、舞台演出があるわけでもないのに、完全に物語に惹き込まれたよ。
惜しむらくは、物語が始まってすぐに気になるワードがあって、微妙に気が逸れてしまったことか……。
いやー、魔法のある世界だから、人間に戻れる可能性もあるかもとは思っていたが……。やっぱりあったか。
しかも、さっきの話は、伝承の類で大昔に実際にあった話だそうだし、これはちょっと期待できるんじゃないか?
うーむ。これはクロルが独り立ちしたら、ドラゴンを探しに行くのも良いかもしれない。俺の新たな目標が決まったのだった。