3、現状把握
(おーい。お兄さーん。お姉さーん)
うーむ。駄目だ。うんともすんとも言わない。やれやれ、まさか看板に転生してしまうとはな……。
しかも廃村の看板だ。いや、大都会の看板だったら良いというわけでもないが。
しかし『リツテニ村』って……。いったいどこだよ。おそらく田舎のほうで、周りに危険な生物がいない。そんな場所なのだろうけど。
そんな感じの場所に転生したいとお願いしたからな。しかし人間すらいないとは予想外だったよ。
後ろを見る俺。そこには廃村が広がっている。寂れているな。家なんか、ところどころ崩れているし……。
人がいなくなって何年も経っていそうである。はぁー。どうしたものか。
百歩譲って看板に転生したことは。まあ、嘆いてもどうにもならないので、仕方ないと飲み込むけど。
はぁー。気持ちを切り替えよう。とりあえず現状の確認をするか。となれば、ステータスの確認からか。
でっ。ステータスとはどうやったら見れるのかな? 念じれば良いのか? さて、どうかな。ステータスが見たいと念じてみる。
しかし、何も起こらない。ふむ。駄目じゃないか。早くも問題発生だな。とっ! 違った。ステータスはちゃんと表示されていたようだ。
いつの間にやら『リツテニ村』と書かれていた看板の表示が、変化している。そこにはきちんとステータスが表示されていた。
【ステータス】
名前:西崎慧
種族:看板
スキル:表示変更、立ち入り禁止、火属性魔法、土属性魔法、風属性魔法
備考:かなり頑丈な素材で出来ている
概ね望んだ通りだな。無論、看板になったこと以外はだが。しかし、これでは詳細はわからない。
だが、お兄さんがステータスで確認しろと言っていたのだ。何か方法があるはず。手始めにスキルの詳しい内容を知りたいと念じてみる。
【スキル】
表示変更:看板の表示を自由自在に変更できる
立ち入り禁止:自身を中心として半径二メートルの球状の障壁を構築。障壁は拒絶したものの侵入を阻む
火属性魔法:炎を操ることができる
土属性魔法:土や砂、石を操ることができる
風属性魔法:風をおこすことができる
おお! これはこれは。ふーむ、なるほど。かなり大雑把にだが、ある程度スキルは把握できた。
ちなみに、これらの文字はすべて、見たこともない文字で書かれているが。すんなりと読めるな。この世界の文字かな?
さて、これで一応、自分のことは把握できた。ならば次は実際にスキルでも使ってみよう。まずは表示変更からいくか。
スキルも念じれば使えるのかな? 俺は看板の表示を変更できないか、スキルを発動したいと念じてみる。
するとスキルについての表示が消え、今度は看板に『こんにちは』と表示される。ふむ、念じれば良いみたいだ。ならば今度は……。
しばらく看板の表示を変更して遊ぶ。結果、かなり自在に変更できることがわかった。頭の中に思い浮かべたものが、そのまま表示されるようだな。
なかなか、便利だ。看板になり声が出せなくなったが、これならばなんとか人とコミュニケーションがとれそうである。
本当に良かった。少しだけ希望が見えてきた。お次は立ち入り禁止を使ってみるか。こちらも念じれば発動するのか?
おお! やっぱりこちらも念じただけで発動した。もっとも、生み出される壁は透明のようで、見た目にはまったく変化がない。
だが、不思議なもので。きちんとスキルが発動しているのがわかる。しかし、こう変化がないと不完全燃焼だな。
まあ良い。次だ。魔法スキル、これはかなり楽しみである。ではさっそく、火属性魔法から。これもおそらく念じれば発動するはずだ。
魔法はイメージが大事だよな。空中に浮かぶ火の玉をイメージしつつ。スキルの発動を念じる。
しかし何も起こらない。あれ? これもすんなり発動できると思ったんだけどな。イメージが悪かったのか?
今度こそは! そういう気持ちで、より鮮明なイメージを持ちつつ、もう一度スキルの発動を試みる。
が、うまくいかない。なぜだぁー。その後も、しばらく火属性魔法のスキルと格闘を続ける。うーん、うんともすんとも言わないぞ。
全然駄目だ。まったく発動する気配がない。どういうことだ? もう一度スキルの情報を表示してみる。
そして、表示と睨めっこすること数秒。すぐに原因に思い至った。
『火属性魔法:炎を操ることができる』と書かれているが、これって炎を操れるだけってことなのでは、ないだろうか?
つまり、火属性魔法は炎を生み出したりはできず、自然に発生した炎を操れるだけなのではないか?
仮説を検証するため。すぐさま火属性魔法ではなく、土属性魔法を使うことにする。こちらは土を操るとなっている。
考えが正しければ、こっちは発動するはず。俺は地面を見すえると、そこの土を動かそうとイメージしてスキルを発動。
すると、すんなりと動く土。イメージ通り、俺が立っている前方一メートルの所に、少しだけ盛り上がった土の山ができる。
おお! かなり地味だが魔法だ。発動したぞ。ふむ。ならば次は風属性魔法を試してみよう。
風を吹かせることをイメージして、風属性魔法を発動。すると、突発的に風が発生。右手側に立っていた木が揺れた。
おおお! こっちも問題なく発動した。でも、やっぱり地味だな。確かに風はおこったが、おそらく風速十メートルも出ていない。
まあ、こんなものなのか? にしても、なんだか消耗しているぞ。魔法を発動したとき、同時に体から何かが抜けていく感覚があったが。
うーむ、体に蓄えられた謎のエネルギー、おそらく魔力だろうな。魔法の発動には魔力を消耗するらしい。
まあ。とりあえず色々検証してみるか。もう一度、風をおこそうとしてみる。今度はさっきよりも範囲を縮小するイメージ。
木の枝を一部揺らす程度の風……。すると、イメージ通り限定的に、一部の枝が揺れる。なるほど。
それなら次は、範囲を縮小したうえで、さっきよりも強い風をおこす。今一度、風属性魔法を発動。さっきよりも強く揺れる一部の枝。
ふむふむ。次は土属性魔法。さっきよりも大き目の土の山を造るイメージ。イメージどおり、さっきの土の山の隣に、少し大きめの土の山ができる。
うーむ。どうやら風属性魔法はおこす風の強さと範囲。土属性魔法は操る土の量と、移動させた距離。それらに比例して消費魔力が増えるようだ。
そして、魔力の量だが、かなり少ない気がする。今の実験でほぼ底をついた。そして、火属性魔法が使えない子になっているな。
あくまで操れるだけって……。いや、そう頼んだけどもさ。なんか、思ってたのと違う。いまいち納得がいかない。
それに、風属性魔法や土属性魔法も、できることがささやか過ぎるし。もっとこう。派手なものを想像していたんだが。
正直、期待はずれ。肩透かしを食らった感じがしないでもない。うーむ。魔力が増えれば、大きなこともできるかな。
……ともかく。現状は把握できた。そして早くも問題が発生だ。それは、看板なので動けないということ。
魔法をうまく使えば、動けるかもしれないと思ったのだが、予想以上に状況は厳しかった。
現在の魔力量では、おそらくすべての魔力を費やしても、五メートルも移動できないだろう。これは由々しき事態である。
やれやれ、まさかまともに移動することすら、できなくなるとは。はぁー。これも看板なんぞに転生したせいである。
ほんと、どうしたものかな……。まあ、今日は疲れたので面倒事は明日に回そうかな。睡眠する必要はなさそうだが、眠ることはできそうである。
どうせ、しばらくはここを動けない。時間は十分にありそうだから、不貞寝しよう。でもその前に、魔力がなくなるまで魔法を使っておこう。
魔法を使うほど魔力が増えるとお兄さんが言っていたからな。魔力が尽きるまで風を吹かせる。すぐに魔力は空になった。
さて、やれることもなくなったし、眠るとしよう。考えることを放棄した俺は、精神的な疲れを癒すために、意識を手放した。