29、乗合馬車の乗客たち
レティアの部屋にて一泊したクロルは、翌朝レティアたち三人とともに、村役場へと向かっていた。
「クロルちゃん。昨晩はよく眠れたっすか?」
「ん」
「それは良かったっす」
道中、クロルへ他愛ない会話を振ってきたコルト。
そんなコルトの格好は昨日と随分違っている。昨日は派手な柄物のシャツにぼさついた髪と、かなりラフな格好だった。
しかし、今日はきちんと髪を整えており。服装も簡素な白いシャツに黒のパンツ、その上に皮鎧と、冒険者らしい格好になっている。
ただ……。あんまり似合ってない。前を歩くブランとレティアは、冒険者っぽい格好をしていても違和感はないのだが……。
なぜか、コルトだけは冒険者の装いがまったく似合ってなかった。
ちなみに、ブランも今日は金属製の胸当て、篭手、脛当を身に着け。大振りのロングソードを背負っている。
昨日会ったときから格好が変わっていないのは、昨日の時点ですでに武装した格好をしていたレティアだけだ。
とまあ、そんな風に三人の格好を吟味していると……。昨日立ち寄ったばかりの村役場と、その前に停まる馬車が見えてくる。
クーニュ四頭が繋がれた、大きめのほろ馬車。どうやら、このほろ馬車が今日から六日間お世話になる乗合馬車のようであった。
そして、そんなほろ馬車の近くには三人の人影。ふむ、一人は昨日あったエラリヤだな。残り二人の男女は……。
一人は見覚えがある。腰にサーベルを指し、ハープのような楽器を背負った美青年。酒場で歌を披露していた吟遊詩人だ。
ただ、その隣の女性は初対面。ロングの黒髪に黒いシャツに黒いパンツ姿の、泣きボクロが印象的な二十代後半の女性。
自信がなさそうな、うつむき加減のせいか。あるいは、全身黒一色のせいか。どことなく暗い雰囲気を漂わせている。
「皆さん、おはようございます」
「おはようございます」
「おはようっす」
「おはようございます。エラリヤさん」
「……」
村役場の前に着くと、エラリヤが挨拶をして。ブラン、コルト、レティア、クロルの四人がそれに応じる。
もっとも、クロルは無言で頭を下げただけであったが……。
「エラリヤさん。そちらの二人は乗客だな?」
ブランが吟遊詩人とその隣に立つ女性に視線をやりながらエラリヤに尋ねる。
「ええ。そうです」
肯定するエラリヤ。吟遊詩人がブランの前に出てくる。
「どうも。護衛の方々ですね。初めまして。私は吟遊詩人のロウです。どうぞよろしくお願いします」
にこにこと笑顔を浮かべ。はきはきとしゃべり。最後は大仰だが綺麗な所作でお辞儀をする吟遊詩人、ロウ。
「ブランだ。よろしく頼む」
そんな言葉を返し、ロウを鋭く見つめるブラン。強面の顔も相まって睨んでいるようにも見えるが……。
ロウの態度が気に障りでもしたのだろうか?
「確か、乗客はもう二人いたはずだが?」
「ええ。そうです。まだ来ていませんが、もうすぐ時間ですし、そろそろ来るでしょう」
「そうか」
ロウから視線を外し、エラリヤと業務的なやり取りをするブラン。その傍らではロウが、コルトに話しかけている。
「もしや、機嫌を損ねてしまいましたかね?」
「ああ。そういえばブランさん、昨日はお酒を飲み損なってましたから。ほら、ロウさんのおかげで酒場が混んでいたでしょ?」
「なんと。それは悪い事をしました」
「痛!」
「コルト、変なことを吹き込むな。……ロウさんの顔に見覚えがあるような気がして、確認していただけだ」
コルトの頭をブランが軽く叩いた。
「ふむ。私は各地を巡っていますから、どこかで会っているかもしれませんね。ともかく、嫌われてなくて良かったです」
ブランの言葉にほっと息を吐くロウ。その横ではブランがコルトを窘めている。
「たく。コルト。酒が飲めなかったぐらいで、俺が怒るわけないだろうが。変なことを吹き込むな」
「いやー。申し訳ないっす。つい悪戯心が」
「まったく」
呆れるブラン。そんな中、レティアがつぶやく。
「遅いわね」
レティアは村役場に取り付けられた時計を見ていた。時刻は八時二十五分。
確か集合時間は八時三十分だから、今来ていない二人の乗客は、そろそろ来ないと遅刻だな。
「まだ、時間じゃないだろ。それに遅れるなんてことも、よくあることだ。それより、エラリヤさん。御者の姿が見えないが」
「ああ。今回は私が御者をするので」
「そういえば、そんな時期か」
うーん。そんな時期って? 気になったものの、人前では話せないので聞き流し、周りに注意を向ける。すると……。
おっ! あれは……。俺は視界に、こちらに走ってくる二人の人影を捉えた。おそらく、残り二人の乗客であろうその二人。
一人は少し巻き毛のセミロングの茶髪に、黄色い瞳。青いワンピースを着た、かわいらしい少女。
もう一人はダークブルーのショートの髪に、水色の瞳。灰色のトップスに黒の短パンを履いた、勝気そうな少年だ。
「すみません。遅れました!」
「ふうー。ぎりぎりセーフ」
ほろ馬車の傍に駆け寄って来てすぐに、頭を下げる少女。対して少年のほうは村役場にかかる時計を確認して安堵した。
「大丈夫ですよ。まだ、約束の時間ではないので」
少女に優しく声をかけるエラリヤ。
「あっ。ほんとだ。良かった……」
エラリヤに言われて時計を確認した少女が安堵の声をもらす。
「でも。けっこう危なかったな」
「まったく……。レイトが寝坊なんてするから」
「いやー。悪い悪い」
謝るレイトと呼ばれた少年。ただ、真剣に謝っているように感じられない。
「ちょっと。ほんとに反省してる?」
「してるって。まあでもほら。結局、間に合ったんだからいいじゃん」
「全然反省してないじゃない。第一、こういうのは余裕を持って十分前には来るのが常識だよ!」
「あいかわらず、リリはうるさいな。はいはい、俺が悪かったよ」
「なによその物言い。はぁー。もういいけどさ」
言い争いをしたレイトと少女、リリであったが。そのやりとりは仲良く痴話喧嘩といった具合に、微笑ましいものだった。
「ブランさん。これで全員です」
「ええ。では皆さん! 乗合馬車に乗ってください!」
ブランの声に乗客がほろ馬車に乗り込んでいく。その列の最後にクロルも続き。その後、ブランたち護衛の三人も乗り込む。
ほろ馬車の中は六畳ほど、その空間に御者のエラリヤさんを除き、八人と荷物が並ぶ。けっこう狭い……。
「さて。とりあえず自己紹介させてもらう。俺はブラン。それでこっちは……」
「レティアよ」
「コルトっす」
「俺たち三人が護衛だ」
ほろ馬車が動き出してすぐ、自己紹介をするブランたち。ブランが続ける。
「それでまあ。わざわざ言っておくことじゃないんだが、非常時の場合は俺たちの指示に従ってくれ」
ブランの言葉に、クロルを含め乗客たちは無言で頷くことで返事をした。それを確認してブランはさらに続ける。
「よし。あとはそうだな。今回は全員サイラムの街が目的地だと聞いている。だから、六日ほど共に旅をすることになるわけだが……」
「やっぱり。お互い名前を知らないってのも不便っすよね。せっかくなんで自己紹介しませんか? 無論、無理にとは言わないっすけど」
ブランの言葉を引き継ぐ形でコルトが提案すると、真っ先にロウが反応する。
「そうですね。この広い世界で、たまたま同じ乗合馬車に乗り合わせる。これもまた何かの縁です。では僭越ながら……」
そう言って背中に背負っていたハープのような楽器(これからはハープと呼ぼう)を両手に持ったロウ。
「私はロウ。見ての通り吟遊詩人、諸国を巡り、詩曲を奏でるのが生業……」
そこまで語ると、短めのメロディーを奏でる。そして……。
「……どうぞよろしくお願いします」
そうロウは締めくくった。
「うわー。綺麗な音色ですね。あっ。私はリリ。リグ村の生まれで、サイラムの街にはお仕事をしに行きます。よろしくお願いします」
ロウが奏でた音楽に拍手しながら、流れに乗るかのように続けて自己紹介をするリリ。するとその後にはレイトが続く。
「じゃあ、次は俺だ。俺もリグの生まれ。サイラムで冒険者になって。将来はすげー冒険者になるから、レイトの名を覚えといて損はないぜ!」
「へぇー。冒険者に。これは先輩として見本をみせないといけないっすね」
「へへっ。兄ちゃんなんか。すぐに追い抜いちゃうけどな」
「あらら、言うもんっすね」
レイトの態度は生意気だったが、コルトは軽く流す。
「クロル」
次にクロルが名前だけを言った。
うーむ。無愛想過ぎるな。もう少しなんか話そうよ。……まあ、誰も気にしてないみただけどさ。
「最後は私ですね。私はネルバ。あとは……。サイラムには仕事探しで。……よ、よろしくお願いします」
クロルの後に続いて、最後に自信なさげに自己紹介をしたのは、泣きボクロが印象的な女性、ネルバだ。
「はい。ネルバさんにクロルちゃん。レイトくんにリリちゃん。ロウさんですね。皆さんよろしくっす!」
自己紹介が終わると、最後にコルトが確認するように全員の名前を言った。