25、下山
「なんとかなったわね」
魔物が絶命したことを確認して、正眼に構えていたショートソードを下ろすシルス。
クロルも魔物からショートソードを引き抜きながら、魔物の背より下りた。
「クロルちゃん。大丈夫だった!」
慌てた様子でクロルの傍に駆け寄るシルス。
「平気」
何でもなさそうに答えるクロル。
いや、平気って。さっき、魔物の髭に左肩を打ち据えられていただろ。けっこう威力あったし、絶対に怪我をしてるはず……。
そう思いクロルの体を確認するが、クロルの体は魔物の返り血で真っ赤になっているため、怪我の有無がわからない。
「ほんとに大丈夫? 肩は? さっき髭が当たってたよね」
「痛!」
怪我の有無を確かめるため、シルスが優しく肩に触れると、クロルは痛がった。やはり肩を怪我しているようだ。
「あっ。ごめん。でも、やっぱり肩を怪我してるのね。診るわよ」
優しい手つきで、クロルの肩を診るシルス。露わになったクロルの右肩は、太めのみみず腫れのようになっていた。
ただ、思ったよりも大したことない。
「ああ。良かった。思ったよりもひどくない。腫れになっているけど。大したことはなさそうね」
「そう」
「他は、他に怪我はない?」
「大丈夫」
「ほんとに?」
肩の怪我の具合を確認したシルス、そのまま今度はクロルの全身を確認し始める。そうしてしばらくして……。
「はぁー。他に怪我はないみたいね。良かった。まったく、駄目じゃない。魔物に突っ込むなんて、あんな無茶をして!」
肩の怪我以外に、クロルが怪我をしていないことを確認したシルスが、安堵するとともに叱責する。
うーむ。良いぞ。もっと言ってやってくれ。クロルの奴、無茶をしたのに悪びれる様子もなく……。
けろっとしているからな。反省してもらわないといけない。ちゃんと注意してやってくれ。
「うまく倒せたから良かったけど。クロルちゃんに何かあったらって。ほんとに心配したんだからね!」
そうとも、俺やシルスがどれだけ心配したことか……。もう少し自分の身を省みて欲しいものだ。
「ごめん」
シルスの語調に、ばつが悪そうになるクロル。
「もう絶対、あんな無茶しちゃ駄目よ。わかった?」
素直に非を認めたクロルを、さらに言い含めるシルス。
「ん」
「まあ、言ってる場合でもないから。私はこれぐらいにしとく。あとは自称保護者に言ってもらうわ」
ふむ。それは俺のことか。シルスよ、心得たぞ。
「保護者?」
「ほら。わかったなら、ケイを拾ってきなさい。私は荷物を取ってくるから」
「ん」
首を傾げるクロルをシルスが促すと、クロルは俺のほうへ。
「ケイ。大丈夫?」
そう言いながら俺を拾い上げるクロル。
『問題ないぞ。私は頑丈だからな』
乱暴に扱われたが、特に痛みもダメージもなかった。
おそらく、転生するときに頑丈な体にしてもらったおかげだな。
「良かった」
『いや、良くないぞ、クロル。あんな無茶をして、魔物に向かっていくなんて。何を考えているのだ!』
「だって。シルス、危なかった」
『いや。そうだとしてもだな。もう少しやりようがあっただろ』
「クロルちゃん。血の臭いに魔物が集まってくる前に。薬草を探して、ここを離れましょう」
「ん」
俺が話している途中で、シルスに呼びかけられたクロル。俺の言葉を最後まで読まずに、俺を肩に担いでしまう。
うーむ。シルスさんや、せっかく注意しようと思ったのに……。まあ、言ってることは至極当然なので、仕方ないが。
「はい。リュック」
「ありがと」
背負いやすいように、クロルの背中側に差し出されたリュック。クロルは肩ベルトに腕を通していく。
「よし。じゃあ。また魔物に襲われたら大変だから、これからは二人固まって薬草を探すわよ」
「これ。どうする?」
クロルが魔物の死骸を指差した。
「ああ。そのオルレチは。そうね……。時間もないし、髭だけ切って持って帰りましょうか」
ふーん。こいつオルレチって言うんだな。今更ながら魔物にステータス表示能力を使っていなかったことに気付く。
まあ、戦闘中に使ったところで意味はないが。せっかくなので……。ふむ、オルレチだな。
「髭。売れる?」
「ええ。まあまあの値段で売れるわよ」
オルレチの髭を回収する二人。それが終わると、今度はエルミ草を探し。そうして十分な量のエルミ草を確保して。
「じゃあ、帰りましょう」
「ん」
用は済んだので、シルスの先導で山を下り始める。おや、登ってきた方角とは別方向に進んでないか?
「シルス。こっち。あってる?」
「ああ、大分南に来ちゃってるから。まず山を下りて、それから回り道したほうが早いと思うの。というのも……」
村は北側だが、シルスは東へ進むほうが近道だと言う。
というのも、村から山へ入ったときは、一直線に南の方角に登り。その後、薬草を探して東側に山肌を回ったため。
現在の位置からなら、今一度辿ってきたルートで帰るより、東の方角へ山を下ってから、平地を進み、村へ戻るほうが早いそうだ。
「ふーん」
いまいちわかっていなさそうなクロル。俺もそこまで方角を把握できていなかったので、理解できていない。
でも、シルスがそう言うならそうなのだろう。
ちなみに、シルスの言う通りなら、このまま東に下山すると、丁度街道に出るそうなので、俺たちにとっては助かる。
なにせ、クロルは書置きを残して勝手に村を出たわけで。それも、先を急ぐという書置きを残しただけ。
それなのに村に戻り、シルスを探しに行っていたと知られると面倒だ。絶対、うるさく言われる。
だから、街道に抜けるというなら、村には戻らず、そこでシルスと別れるってことで良いのではないだろうか?
そんなことを思った俺は、丁度休憩となったところで、クロルに問いかける。
『クロルよ。この後、山を下りたらどうするつもりだ? シルスと一緒に村に戻るのか?』
「うーん……」
考え込むクロル。
『わかっていると思うが、書置きを残してきた以上。村へ戻ったら、いろいろ言われるだろう』
「わかってる」
「なに? クロルちゃん、何も言わずに村を出てきたの?」
ここで会話に入ってくるシルス。疑問を口にするも、すぐに自己完結する。
「あっ、そうか。魔法使いってことを秘密にしてたもんね。山へ行くなんてばれたら大変か」
『その通り。だから、急ぐ旅だと。書置きを残して、こっそりと村を出たのだ』
一応補足として、シルスの考えを肯定する。
「なるほどね。でも、だとしたら、クロルちゃんが私と一緒に、村に戻ると大変でしょうね」
『そうだろうな』
「そう?」
「ええ。私も絶対怒られるから、帰るのが少し憂鬱だけど。クロルちゃんが山へ入っていたことを知られたら、たぶん私より怒られるわ」
「……」
『ふむ。そうなるとやはり、村には戻らないほうが良いか』
幸い、東へ山を抜けた先にある街道は、クロルがこれから向かうリグの村と、シルスたちの住む村の間だ。
それゆえ、先へ進むのにシルスたちの村を迂回する必要もない。
「そのほうがいいと思う。……でも、そ……それで……心……な」
『うん? 最後のほうが少し聞き取れなかったが』
シルスの言葉の最後のほうは、ぼそぼそと小さな声だったため、聞きとることができなかった。
「ああ、なんでもないわ。クロルちゃん。下山したらそこで別れましょ。クロルちゃんは先に進むほうがいいと思う」
「ん。わかった」
シルスの言葉に頷くクロル。話が纏まったところで、二人は歩き出す。
そうして、山を下る二人。登りよりも下りるほうが足が速く。そして、登ってきたルートよりも短かったため。
思いのほか早く、日が暮れる前には、山を下りることに成功する。下りた先にはシルスの言う通り街道があった。
「ここでお別れね」
「ん」
「クロルちゃん。気を付けていくのよ。絶対、無茶はしないでね。あとケイ、ちゃんとクロルちゃんを守るのよ?」
『任せておけ!』
「心配ね……。魔法使いだけど。意外に大したことないし……」
力強く答えて見せた俺に、シルスは失礼なことを言った。どうやら、俺はあまり信用されてないらしい。
まあ、確かに俺自身、魔法関係のスキルは魔力が少ないこともあって、しょぼいことは自覚しているが……。
「うーん。村に薬草を届けないといけないから無理だけど。私もついて行けたら」
『いやいや。シルスよ。心配し過ぎだ。私からクロルが離れさえしなければ、身の安全は確保できる。問題はあるまい』
「まあ、そうなんだけど。でも今日のこともあるし……」
『うーむ。それを言われると辛いところがあるが』
「クロルちゃん、できるだけケイと一緒に行動するのよ」
「ん」
「ほんとに気を付けてね」
「ん。シルス。また」
『また会おう』
「またね。クロルちゃん。ケイ」
こうして、最後まで心配そうにしていたシルスと別れた。




