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22、魔法使い

今回のお話はシルス視点となっております。

 クロルちゃんが隣で寝息を立て始めたことを確認して、私は動き出す。さて、ちょっと疑問を消化させてもらいましょう。

 私は、クロルちゃんを起こさないように小声で、クロルちゃんの横に立て掛けられている看板に声をかける。


「ねえ。ちょっと話があるんだけど」

『話?』

 私の呼びかけに反応して、看板に浮かび上がる文字。何度か見たけど、やっぱり奇妙なものね。


「聞きたいことがあるのよ」

『ふーむ。そうだな。私のことは他言無用と約束するなら。質問に答えよう』

「わかったわ」

 もともと言いふらすつもりはなかったし。約束するわ。


『よろしい。私に答えられることなら、何でも聞くとよい』

「じゃあ……」

 お墨付きがもらえたので、いろいろ聞かせてもらおう。


「あなたは魔法使いって話だけど。どうしてクロルちゃんと一緒にいたの?」

 魔法使いなんて、一生お目にかかれないような。普通に生きている分には、関わることのない存在。

 そんな魔法使いとクロルちゃんの関係はいったい?


『幼いながらに一人で旅をするクロルのことが、心配だったからだ」

「なら人攫いではないのね?」

『人攫い? なぜそのような疑問が出る?』

「なぜって……。魔法使いが子供を攫うというのは有名な話じゃない」


 魔法使いは自らの弟子とするために、魔法の才能のある子供を攫っていくと、昔から言い伝えられている。

 それは、子供の教育に使われるほどに有名な話。私も悪いことをしたときに「魔法使いが攫いに来るぞ」と母に脅された記憶がある。


『ほう。そうなのか。だが、私はクロルに何かを要求しようとは考えていない。保護者として見守ろうと考えているだけだ』

「そう……」


 魔法使いって世間的には悪いイメージがあるけど……。どうにも、こいつは違うらしい。


 しゃべるわけじゃないから、言葉から読める感情は多くないが、嘘はついていないように思えた。

 きっとこいつは、クロルちゃんが本当に心配で。ただ行動を共にしているだけなのだろう。


「なんだか、思っていた魔法使いのイメージが崩れたわ」

 だって、おとぎ話なんかじゃ、かなり身勝手で災いをもたらす存在として語られていたからね。


 まあ、こいつが一部の例外って可能性はあるわ。看板の魔法使いって。魔法使いとしても明らかに変わり種だろう。

 少なくとも、私が知識の中の魔法使いって奴は、人と変わらぬ姿だったし……。


「というか、なんで看板なの?」

『うーむ。それを説明するのは難しいが……。やはり私のような存在は珍しいか?』

「まあ、普通じゃないよね。看板って……。そもそも不便じゃないの?」


 絶対不便よね。昼間クロルちゃんに担いでもらっていたことから、自力で動けないみたいだし。

 辛うじてできる意思疎通も、筆談という制限がかかっている。


『不便であるのは事実だ』

「ああ、やっぱり不便なのね」

 なら、なんで看板なんかになったのだろうか? さすがに元から看板だったなんてことはないはず。

 

「もしかして、魔法に失敗したとか、そういう経緯で看板になったの?」

『まあ、そんなところだ』

 聞かれたくないことだったのか、言葉を濁してきた。でも、看板になってしまったことは不本意なことみたい。


『それで。他に聞きたいことは?』

「うーん……」

 こいつのことはなんとなくわかったけど。その分少し気になることが出てきた。


「あなた、少し世間に疎いよね?」

 さっき、魔法使いが子供を攫うって話をしたとき、まるで知らないみたいだったからね。

 常識がないに違いない。


『……否定はしない』

「やっぱり……」

 うーん。魔法使いって人里離れた所にいることが多いから。そのせいなのかな? ともかく……。


 常識に疎いってことは、魔法使いだと周囲に知られる危険性も、正しく理解できていない可能性が高い。


「じゃあ、魔法使いが世間でどう思われているかも、あんまりわかっていないんじゃない?」

『そうだな……。疎まれているのではないかとは、なんとなく理解しているが。わかっていないと言えるだろう』


 疎まれているってことは、ちゃんとわかっていたのね。まあ、考えてみれば当たり前の話ね。

 それがわかっていなければ、自分のことを他言無用にして欲しいとお願いしないだろうから。


「そう。疎まれていることはわかっていたのね。でも、あなたの認識は少し甘い」

『どういうことだ?』

「確かに、魔法という超常の力を行使する魔法使いは、人から恐れられ、疎まれているけど。一方で、その力を欲する者もいるのよ」


 普通とは違う力を持つ魔法使いは、言い伝えに残る悪行のせいもあって、とても恐れられ、忌避されているけど……。

 実際のところ、それはさほど問題ではない。問題なのは、魔法使いの力を利用しようと、魔法使いを欲している権力者たちだ。


「魔法使いの力は権力者にとって、魅力的に映るの。だから、あの手この手で魔法使いを味方に引き入れようとする者も多い」


 私が住む村が属するミッテルベル王国が、この大陸で一番の権勢を誇る大国となることができたのも。


 小国家であったクラム帝国が、同じく東にあった小国家群を呑み込み、またたくまに列強となったのも。


 そして、東の果てにあったアムリア公国が、クラム帝国の侵略から唯一逃れることができたのも。


 すべては強大な力を持った魔法使いを、味方につけていたからこそ、できたことだからだ。

 そしてだからこそ、権力者たちは魔法使い味方につけようと躍起になる。


「だから、あなたが魔法使いだと知られると、面倒に巻き込まれると思うの」

 もっとも、権力者たちとて、魔法使いの機嫌を損ねるような真似はできるだけ控えるだろう。

 だから、面倒といってもしつこい勧誘ぐらいだけど……。


「そして、そうなったとき。たぶんクロルちゃんが困ることになるわ」

『うーむ。確かに一緒にいるクロルまでもが、面倒に巻き込まれることになるか……』


「しかも。過激な権力者なら、きっとあなたとクロルちゃんの関係を利用するでしょうね」

 クロルちゃんとこいつ。二人の絆の程度はわからない。


 でもこいつは、クロルちゃんの保護者を名乗るくらいだし。きっとクロルちゃんのことを大切に思っているはず。

 そして、もしそうなら、クロルちゃんはあなたの弱点。となれば、そこに付け込む権力者がいてもおかしくない。


「最悪、クロルちゃんを人質に、あなたが言うこと聞くように、脅してくるかも」

『確かに。そういうこともあるかもしれぬ』

「でしょ。そしてだからこそ。あなたはもっとうまく立ち回り、魔法使いだと知られないようにしないと」


 そうしなければ、クロルちゃんの身に危険が及ぶ。いくら、よくわからない魔法の壁があっても、絶対安全とは言えないしね。


『しかしだな。そうは言われても、クロルを守るために、やむを得ず人前で魔法を使うこともあるぞ』

「うーん。それはそうだけど……」


 確かに、こいつも私たちの前で不用意に魔法を使ったりしなかった。魔法使いだと私にばれたのも、レッドベアに襲われたからだし。

 そういう意味では、ある程度魔法使いだと気づかれないように、ちゃんと行動していたわけで。うーん……。


 言われてみれば、クロルちゃんを守るためには、人前で魔法を使うこともやむなしと言える。

 ただ、それがクロルちゃんに危険を引き寄せる行動でもあるわけで…………。あっ! そうだ!


「だったら、魔法使いだって気付かれた場合、クロルちゃんが魔法使いってことにしたらいいんじゃない?」

 それなら、権力者はクロルちゃんに無体なことをしようとは考えないはず。


『ふむ。なるほど、クロルを魔法使いに……。確かに名案かもしれない』

「でしょ!」

 いやー。我ながらなかなか素晴らしい案だった。


『それにしてもシルスよ。おまえは随分とクロルのことを、気にかけてくれているようだな』

「当然よ。クロルちゃんは私を助けてくれたし。かわいいからね」


『そうか。当然か……。だが、礼は言っておこう。ありがとう』

「よしてよ。当然のことをしただけだから」

 私としては、本当に当たり前のことをしただけ。クロルちゃんは好きだし、助言するのは当然だ。


『いやいや。私とクロルでは気付かなかったことを、気が回らなかったことを教えてくれた。本当に助かったよ』

「そう? それなら良かった。じゃあ、もう寝るから」

 過分な感謝を受けて、なんだか照れ臭くなった私は、そう言って目を閉じた。

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