表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/41

2、転生先は

 どこだここ? 意識を取り戻した俺が最初に思ったことはそれだった。前方には森が、背後には廃村が広がっている。

 うん? なぜ俺の視界は三百六十度すべてが見えるのだ? 不思議なことに、俺は全方位すべてが見渡せた。


 それにどうも、視点の高さが高過ぎる気が。体もまったく動かせないし。どうなってる? 赤ん坊に転生したはずだが……。

 嫌な予感がした。恐る恐る自身の体を見下ろす。えっ? 何これ! そこに俺の体は存在しなかった。


 唯一そこにあるものは、ひとつの看板。長さ百二十センチ程度の円形の支柱に、四角い板が取り付けられた簡素なもの。

 板の部分には『リツテニ村』と書かれている。どういうことだ! なぜ俺の体がないのだ!


 思いのたけを声に出そうとした俺だったが、声も出せないことに気付く。当然か。だって体自体がないのだから。

 ただ視点だけがそこに存在するのみ。今の俺はそんな状態なのだ。あれだな。転生になにか不具合でもあったのだろう。


 失敗したわけだな。ふーむ、なるほど、なるほど……。てっ、どうするのこれ? まさかこのまま?

 ちょっと、やばくない! 俺が焦り始めたとき。声が響く。


「あっ、あー。聞こていますかー?」

 この声は! 俺を転生させたお兄さん!

(聞こえます。聞こえています!)

 声は出せないが、頭の中で強く言葉を念じる。これで通じるかな?


「あっ、聞こえているみたいですね。では。無事に転生できたようなので、説明を始めさせていただきます」

(いやいや、待て待て。全然無事ではない。転生は失敗ですよ。だって、俺の体がどこにもないのですから!)


 明らかにこちらの状況をわかっていなさそうなお兄さんの態度に、危機感を覚えた俺は、慌てて現状を伝える。


「いえ、そんなはずはありません。こちらで確認する限りでは、(けい)様、あなたは望んだ体に無事転生できております」

(いやいや、だからどこに俺の体があるんですか?)

 辺りを見渡すが、そんなものはどこにも存在しない。明らかにミスだろう。


「いや、ですから慧様の強いご要望通り、看板に転生できているはずですが……」

(え?)

 看板に転生? どういうことだ? 言ってる意味がわからないぞ。


(えっと、看板に転生って何ですか?)

「はい?」

 お兄さんから困惑した声が返ってくる。困惑したいのはこっちなのだが……。


「えっと、看板への転生を望まれましたよね」

(いやいや、そんなわけないじゃないですか)

「……」

 無言になるお兄さん。


「しょ、少々お待ちください!」

 お兄さんの慌てた声の後に、保留音が流れてくる。あっ、そんな電話みたいな感じなんだ。いや、そんなことを言っている場合ではない。

 いったいどうなっている? 手違いがあったのは確かだろうが。


 現状、俺はなぜか看板に転生しているらしい。つまり、この看板こそが俺の体というわけか。このT字型をした簡素な看板が……。

 いや、どうしてこうなった! 俺が心の中で叫ぶと同時に、流れていた保留音が止まる。


「慧様。聞こえておりますでしょうか?」

 おお、この声は最初に転生の手続きをしていたお姉さん。

(はい。聞こえております)

 今度はお姉さんが対応してくれるようだ。


「では。確認いたします。慧様は転生の特典の一つにて、看板への転生を望まれましたね?」

(いえ、そんなことは望んでおりません)


 だから、そんなはずはないというのに。そもそも看板に転生を望むなんて、いったいどんな考えの持ち主だよ。


「えっと、私の記憶によると慧様は間違いなく看板への転生を望まれました。情熱的に大きな声で叫ばれましたよね?」

 しつこい。そんなことを俺が望むはずが……。いや待て。なんか思い出したぞ。


 思い出したくもなかったが、思い出してきたぞ。そう言われれば確かに叫んだ。転生の手続きの途中で、死に様を思い出したとき。

 確かに叫んだ。そう、「看板になりたかったんだ!」と……。


 まさか、あの叫びが願いの一つにカウントされたのではあるまいな! いやいやまさかそんな。

 なんてこった! とんだ手違いが発生しているぞ。えっ、それで俺は看板に転生しちゃったってことなの? 


 いやいや、ありえなくない。まさかの手違いだよ! というか、お姉さんも確認ぐらいしてくれよ。

 看板に転生って、違和感を覚えなかったのか? どうすんだよ! いや、ともかく行き違いがあったことを説明せねば。


(あのですね。えっと。思い出しました。確かに看板になりたいと叫びました)

「思い出していただけましたか」

(ただですね。それはなんというか、思わず出た言葉で。前世の未練が思わず口をついて出てしまったというか……。手違いなんです)


 そもそも、正しくは看板ではなく看板役者になりたいという願いのわけで。


(別に看板になりたかったわけではなくてですね)

「えっ! そうだったのですか?」

 お姉さんは心底驚いた様子。


(いや、普通看板になりたいなんてありえないでしょ)

 思わずツッコミを入れてしまう。


「いえ。確かに変だなぁー、とは思いましたが。以前、剣になりたいと望んだ人がおりましたので、その類かと思ってしまい」

 ふーん、そんな人もいるんだね。でも俺は看板になんかなりたくなかった。


(とにかく! 手違いなので転生をやり直して欲しいのですが)

 まあ、誰にだって間違いはある。ゆえ、責めはしない。つい叫んでしまった俺にも一割ぐらい責任がないこともないし。

 やり直してもらいさえすれば、もう何も言わない。


「申し訳ありません。それは無理なのです。一度転生した以上、やり直すことはできません」

 はい? そんな殺生な。


(いやいや、そちらのミスでしょうに。それはないでしょう)

「申し訳ありません。そう言われましても、どうすることも……。あっ、すみません。時間が……、失礼します」

 逃げるかのように、話を切り上げようとするお姉さん。


(ちょ、ちょっと待ってください!)

「えっと。本当に申し訳ありません。どうやら先輩が早とちりしたみたいですね」

 慌てて引きとめようとしたが、次に返ってきたのはお姉さんの声ではなく、お兄さんの声だった。逃げやがった……。


(ええ、早とちり。手違いがあったみたいです。だからやり直しを要求します。今度はちゃんと人間に転生させてください)

「残念ながらそれはできません」

(ええっ、そんな! じゃあ、本当にこのままなのですか?)


「はい。それと本当に時間がありません。本来は慧様に付加した能力について説明するはずだったのですが……」

 ああ、そうだったんだ。でも正直、能力の説明とかどうでもいいから。マジでやり直しを。


「とりあえず! 本当に必要なことだけお伝えしますので。心して聞いてください」

(そんなこといいから、やり――)

「説明を始めますね!」


(いや、やり直しを要求します!)

「慧様に付加した能力は……。ああ駄目だ、時間が。ステータスを見られるようにしたので、そちらで確認してください!」

 慌てた様子のお兄さん、俺の言葉に取り合わず、強引に説明を始める。


「あとは魔力についてですが、魔法を使っただけ増えます。さらに、あなただけが魔物を倒――」

 早口で捲くし立てるお兄さんだったが、結局最後まで言い切ることができず。尻切れトンボに終わる。


(え? お兄さん? お兄さーん! ちょっと! ええー!)

 能力の説明すら、ちゃんとできてないじゃないか! いや、それよりも。

(ほんとに看板のままなのぉぉー!)

 俺の心の叫びに答える者は誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ