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19、山へ

 モルグとサハリが慌しく出て行ってすぐ。クロルは、壁際に立てかけられた俺の前までやって来ると、口を開く。


「ケイ。流行り、病って?」

『うん? どうして、そのことを知っているのだ?』

「さっき、聞こえた」


 むっ、それはつまり。さっきサハリがモルグに耳打ちしていたのが、聞こえていたわけか。

 俺には聞き取れなかったのに。良い耳をしている。まあ、それはともかく。どこから説明しようか。


 もともと事情を話す予定だったから、ある程度考えはあるが。流行り病のことは説明するべきか。

 まあ、もともとの考えの通りにしよう。


『ふむ。さっき聞えたかも知れぬが、一から説明するぞ。まず、この村では病が流行っているようだ。それで……』


 クロルに事のあらまし。流行り病に苦しむ村の事情。そして、ルトの父親が流行り病に倒れていること。

 そのことで、シルスは昨日の晩、サハリと山へ行くかどうかで揉めていたこと。俺の知るすべてをクロルに伝える。


「なるほど……」

 考え込むクロル。ここで俺もひとつ疑問が沸いた。


『クロルよ。おまえはなぜ、シルスが狩に出かけたことを知っていたのだ?』

「朝、言ってた」

『朝? シルスが出かけたとき、起きていたのか?』

「ん」


 ふむ。察するに。朝、シルスはこっそり山へ向かうための準備をしていた。しかし、その物音でクロルを起こしてしまう。

 眠気眼のクロル、シルスが出かけようとしているのを見て、どこへ行くのか尋ねる。それに対し、シルスは狩に行くと誤魔化した。


 推測だが、概ねそんな感じだろう。


 まあ、ともかく。大事なのはシルスが山に行った可能性が高い。その事実だ。随分と状況が変わってしまった。

 もし、シルスが本当に薬草を探しに山へと向かったというなら、シルスの命が危険である。


 こうなってくると、俺たちが薬草を探しに行く行かない。そういう問題でもなくなってしまったな。

 くっ! 寝坊をしたのが悔やまれる。


 いや、そもそも昨日のシルスの様子から、無断で山へ向かうことは、十分予測できただろうに……。

 ともかく! 後悔するのも。たら、ればの話をするのも後回し。気持ちを切り替える。


 こうなった以上、動くしかあるまい。となれば、クロルには悪いが付き合ってもらわねば……。

 そう結論付け、クロルに声をかけようとしたところ。先にクロルが口を開く。


「ケイ。お願いが、ある」

 どことなく遠慮しているような口調で話すクロル。俺はなんとなく次にクロルが何を言うのか、半ば確信しつつ尋ねる。


『なんだ?』

「シルス。助けたい。だから、力を貸して欲しい」

 クロルがまっすぐ俺を見つめる。予想通りの答えだ。クロルは優しいからな。そう言い出す気はしていたよ。


 だだ、てっきりもっと単刀直入に「助けに行こう!」とでも言われると思った。お願いされるとは……。

 少し引っ掛かる。わざわざお願いというかたちをとるなんて。俺はクロルと一蓮托生だと、そういう気持ちなのに。


「駄目?」

 おっと、考えている場合ではなかったな。

『無論、協力するとも。むしろ、こちらからお願いしようと思っていたところだ』

「良かった」


 安堵するクロル。うーむ、もやもやするな。俺とクロルの関係は、やっぱり微妙。信頼関係を構築できていない。

 まあ、会ってまだ一週間も経っていないのだから当然なのだが……。ここは改めて、俺の気概を伝えておこう。


『クロルよ。私が前に、おまえのことが心配だから、旅の仲間に入れて欲しいと言ったのを覚えているか?』

「ん。覚えてる」


『そうか覚えているか。だが、私の言葉の真意までは理解できなかったようだな。いや、あのときは私の心も決まっていなかったから当然か』

「ん?」

 脈絡のない俺の話しぶりにクロルが首を傾げる。


『おっと、すまない。ともかく、今の私の正直な気持ちを伝えよう。私はクロルのことを家族だと思っているのだ』

 旅の仲間に入れて欲しいとお願いしたとき。俺はクロルを守ってやると心に誓ったが。その気持ちは時とともに増大していた。


「家族?」

『うむ。家族だ。私はおまえを娘のように思っている。だからお願いされずとも、クロルの手助けをするつもりだ』

 だから、もっと遠慮なく接してくれて良いぞ。


『そもそも。私は誰かに運んでもらわなければ、まともに動けない。ゆえ、どこへでも勝手に連れていけば良いのだ』

 なんだか、話が重たくなったので、最後は冗談めかして締めくくった。


「ありがと」

 にっこり笑うクロル。すぐに踵を返すと。

「準備する」

 シルスの部屋へ消えていく。


 今、ちょっと照れていたような……。それに珍しく、クロルが笑ってくれた。これって、俺の言葉に喜んでくれたってことだよな?

 なんだか、気持ちが通じたみたいで、大変嬉しい。クロルも少なからず、俺のこと好いてくれていたのかもしれない。


 感慨深く思いつつ、クロルを待つ。しばらくして戻って来たクロルは、ローブを纏い、リュックを背負って、準備万端だった。


「準備できた」

『そうか。それでどうする? シルスを追いかけるにしても、山に向かったことしかわからないが』

「うーん……。行ってみる」


『まあ、それしかないだろうな。しかし、勝手に出て行くのか?』

 山へ行くにしてもモルグやサハリに、一言挨拶くらいはしたほうが良いのではないだろうか?


 といってもその場合は、山へ行くとは言えないだろうから「急ぐ旅だから旅立つ」とでも言うしかないが。

 うーん。それだと、引き止められるかもしれない。書き置きでも残して、こっそり出ていったほうが良いか。


「こっそり行く」

 クロルも俺と似たようなことを思ったらしく、こっそりと出て行くことに。

『それならば、せめて書置きくらいは残しておくのだ』

 そうしないと、後で騒ぎになるかもしれないからな。


「ん」

 頷いたクロル、リュックを降ろし、中から羊皮紙を取り出すと、さらっと何かを書き、テーブルに置いた。


「行こう」

 クロルはリュックを背負い直し。さらに俺を肩に担ぐと、外に出た。すると遠くのほう。村の中央付近に、人だかりが。

 村人たちは何事か話し合っている様子。


「情報収集、する?」

 肩から俺を降ろし、文字が見えるように持つクロル。俺の答えを待っているようだ。そうだな……。


『見つからぬように、こっそり村を出るのならば、今しかなさそうだぞ』

 情報も大事だが、おそらくこの後、村人はシルスを探そうと、動き出すのではないだろうか?

 だとすると、今のうちでなければ村を出られないかもしれない。


『山に向かっているのを見咎められると。きっと止められるぞ』

「ん。行く」

 俺を担ぎ直すと、家々の影に隠れながら、山のほうへと歩を進めるクロル。


 幸いなことに、村人たちのほとんどが、村の中央付近に集まっており。クロルが見つかることはなかった。




 そうして、村を出たクロルは、さっさと山のほうへやって来ていた。今、目の前には大きな渓谷がある。

 轟々と眼下を流れる河。けっこう深くにあるため、覗くだけでちょっと恐怖を覚えた。


「この先かな?」

 クロルが谷の向こう側を指差す。

『おそらくそうだろう。しかし、橋がないことには、渡れそうにないな』


 昨日、シルスとサハリの会話の中で、渓谷を越えた所の山は、途端に凶暴な魔物が多くなると。そう言っていたのを覚えている。


「橋。上流にある」

 俺が、きょろきょろと橋を探しているとシルスが言った。

『なぜ知っているのだ?」

 そんな情報、どこで仕入れてきたのだろうか?


「さっき村人が話してた」

『それは、中央付近に集まっていた村人の会話か?』

「ん」

『よく聞き取れたな』


 俺にも何か話しているような音は聞こえたが、内容まではまったく聞き取れなかったというのに……。

 どうやらクロルの耳は、相当良いらしい。


 俺を担ぎ直すと、上流に向かうクロル。しばらくすると吊り橋が見えてきた。切り立った渓谷に架かるつり橋。

 近づくにつれ、その全貌が露わになる。


 その釣り橋は、人一人がぎりぎり通れる程度の幅で。植物の蔓を束ねた縄と、古ぼけた板でできていた。

 うーむ、心もとない作りだな。渡るのに、一瞬躊躇してしまう外見だ。だというのに、クロルは躊躇いなく渡り始める。


「揺れる」

 無表情に、そうつぶやきながらも、手すりにしっかりと掴まり、クロルはどんどん進む。

 すぐに、吊り橋を渡りきった。


「ふぅー」

 一度、肩から俺を降ろすクロル。山を険しい表情で眺める。クロルの前に広がる山は、道らしい道もなく険しそうだ。


『ここからだな。クロルよ。大丈夫か?』

「ん。頑張る」

 心配する俺の傍ら。クロルは決意の篭った言葉をこぼすと、俺を杖のように使い山を登り始めた。

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