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18、村の問題

 シルスとサハリに暖かく迎え入れられ、一泊することとなったクロル。そんなクロルは、シルスの部屋のベッドで寝息を立てていた。

 シルスとサハリと三人でテーブルを囲み、楽しく団欒しながら夕食を食べたあと。クロルはすぐに眠ってしまったのだ。


 気持ち良さそうに寝ているな。いつも無表情なクロルでも、寝ているときは年相応に表情がやわらかくなるが。

 今日はベッドで眠れたことで、非常にリラックスできている様子。いつもより二割増しで安らかな寝顔だ。


 そんな風にクロルの寝顔を眺め、微笑ましい気持ちになっている俺だったが、さっきから気になる会話が……。

 俺の体(看板)近くで、さっきからシルスとサハリが、深刻そうな声色で話し合っているのだ。


「ねえ、母さん。やっぱり私が山に入って、薬草を採ってくるよ」

「駄目よ。危険すぎるわ」

「でも……」

「でもじゃない。絶対駄目よ」


 いい加減気になったので、俺は視点を体の近くに戻す。実は、俺の体はクロルが寝ている部屋ではなく、シルスとサハリがいる部屋にある。


 というのも、クロルがシルスの家に入って、最初に俺を壁に立てかけてから、ずっとそのままだったからだ。

 だから、さきほどクロルの寝顔を見ていたのも、視点だけクロルが眠る隣の部屋へ移動させるという方法をとっていた。


「いいから。変なことを考えないで、早く寝なさい。明日、クロルちゃんを隣の村まで送って行くのでしょ」

「そうだけど」

 シルスとサハリの会話が兼のあるものに。


 まあ、それも無理からぬことだ。


 先ほどからの会話を聞くに、現在この村では何人もの村人が、流行病にかかり、倒れている状況らしいからな。

 しかも、その魔の手はルトの父親まで伸びているようで……。それゆえ、シルスはやきもきしていると。


 この病は頭痛と吐き気を催し、体温もかなり上昇する。そのうえ、最悪の場合死に至る可能性もあるらしい。

 現に、シルスの父親も同じ病で三年前に亡くなっているそうだ。そして、だからこそシルスは、ルトの父親を殊更心配している。


「薬も取りにいっているし。大丈夫よ」

「でもまだ、十日以上かかるんでしょ? その間におじさんが――」

「馬鹿なこと考えないの。絶対間に合うから!」

 シルスの言葉を遮って、力強く言い聞かせるサハリ。


 この流行り病は明確な解決方法がある。きちんと治療薬が存在するのだ。ただ、今年は流行り病が大流行したため。

 村にあった治療薬のストックが足りず、その多くが幼い子供や老人などの、体の弱い者に回され。ルトの父親には回ってこなかった。


 すでに村人の一人が、南にあるサイラムの街まで治療薬を、買いに行ってはいるらしいが……。

 シルスはそれを待てない。シルスは危険だと言われている山に薬草を採りに行こうとしている。


「でも絶対じゃないでしょ? それなら私が山に採りに行ったほうが」

「シルス……。山がどれだけ危険か。あなただって、わかってるでしょ?」

 サハリは、かわいい娘に危険な山へと入って欲しくないようで。話は平行線を辿っていた。


「そうだけど――」

「とにかく。駄目なものは駄目! 話は終わりよ。さあ、もう寝なさい!」

 言い募るシルスの言葉を、大きな声で一喝、遮ったサハリ。


「わかった……」

 納得はできていなさそうな様子のシルスだったが。サハリの断固とした姿勢に、何を言っても無駄だと悟ったようだ。

 シルスは、粛々とサハリの横を通り過ぎ、自分の部屋へ。


「んん……」

 シルスが部屋の扉を開けると、その物音で身じろぎするクロル。そんなクロルの姿を見て、静かにベッドに近づくシルス。

 そのままクロルの隣に寝転がった。


 天井を見上げたまま、一向に目を瞑ろうとしないシルス。何か考え事でもしているのだろう。

 そんなシルスを眺めながら、俺は思考を巡らす。


 期せずして、なかなかに厄介そうな話を聞いてしまったが、どうしたものか。正直な話、非常に悩ましい状況だ。

 シルスとサハリの意見が割れていたため、流行り病がどれほどの脅威なのか、いまいち掴めていないのが困る。


 シルスの意見に比重を置くと、ルトの父親の命は危ういように思えるが。一方のサハリの言では、シルスの心配し過ぎにも思える。

 流行り病は、確かに死に至る病ではあるが、成人男性の死亡率は、けっして高くないらしい。


 シルスは父親を亡くした経験から過剰反応しているだけかも……。考えながら、シルスに意識を向けると。

 シルスの胸は規則正しく上下していた。二人仲良く安らかな寝顔を見せるクロルとシルス。うーん……。


 難しい問題だ。これは首を突っ込むべきなのだろうか? 俺とクロルならば、薬草を採りに行けるだろう。

 立ち入り禁止のスキルで安全は保障できるからな。ただ、移動はクロル任せ、クロルに余計な負担をかけることになる。


 正直俺が人間だったなら、迷わず薬草を採りに行くのだが。こんなところで、看板に転生した弊害が出るとは。

 クロルを巻き込むことになると、どうにも気が進まない。かといって、命に関わるかもしれない問題。ほうっておくのも……。


 ほんと、どうしたものかな? しばらくの間、うんうんと唸る。しかし、一向に考えは纏まらない。


 こうなったら、クロルに相談して決めようかな。クロルにも関係ある話なわけだし。それが順当だろう。

 となると、少しクロルと相談する時間がいる。明日の朝早くで良いか。クロルには悪いが少し早起きしてもらおう。


 そう結論付けた俺は、朝早くに目覚めるつもりで、一旦意識を閉ざした。そうして、翌日。


 なんてこった! こんなことって……。


 俺は完全に寝過ごしてしまっていた。目の前には朝食を食べているクロルとサハリの姿が。

 やってしまった。まさか看板になってまで寝坊をすることがあろうとは……。


 これでは、クロルと話す時間がないかもしれない。なにせ、予定ではもうすぐモルグがクロルを迎えに来るのだから。

 実は、一人旅をするクロルを心配したモルグは、シルスとともに荷馬車でクロルを隣の村へと送ってくれる予定なのだ。


 ここから徒歩二日ほどの所にある大きな村、リグ村はサイラムの街との間に、乗合馬車が出ているそうで。

 モルグは、それに乗るようにクロルに勧めたうえで、そこまで荷馬車で送ってくれることになったのだ。


 まったく、村が大変なときに。クロルを心配して、ここまでしてくれるなんて、本当に良い人たちである。

 そんなことを思うと同時に、扉をノックする音が響いた。まさかモルグ、もう来たのか!


「はーい」

「おはよう。サハリ。少し早くきてしまったかな」

 案の譲であった。サハリさんが扉を開けると、外にはモルグが立っていた。これではクロルと話す時間が。


「そうみたいね。まあ、入って頂戴」

 モルグを中に通し、テーブルにつくよう促すサハリ。

「むっ。シルスはまだ寝ておるのか?」

 シルスがいないことに疑問を呈すモルグ。


「そうなのよ。あの子ったら。疲れていたのか。まだ起きてこないのよ」

 サハリは、モルグの前に飲み物を出すとシルスの部屋へと向かう。その後ろでクロルが首を傾げている。


「シルス。いい加減に起きないと……」

 シルスの部屋の扉を開いたサハリの声が、不自然に途切れる。おや、これはどういうことだろうか? 

 気になって視点を移動すると、シルスの部屋には誰もいなかった。


「おかしいわね。シルスが部屋にいないわ」

「シルス、狩りに行く。言ってた」

 戻って来たサハリに、クロルが言った。ふむふむ。シルスは狩りにいったのか。なるほど……。


 いやいや。昨日の今日だぞ。それにシルスはこれから、クロルを隣村に送って行く予定のはず。それなのに狩り? 

 まあ、狩りに行くこともあるかもしれないが。それでも、そろそろ帰ってこないとおかしいだろう。まさか!


「まさか! あの子、山へ行ったんじゃないでしょうね」

 俺が思うのと同時に、サハリさんも俺と同じ事に思い至ったようだ。


「うん?」

「なに? どういうことじゃ、サハリ」

 首を傾けるクロルと、鋭い表情になるモルグ。


「それが昨日……」

 モルグに近づくサハリ。クロルには聞こえないようにひそひそと、昨日の晩の出来事を要点だけモルグに耳打ちした。


「なんと。それではシルスは!」

 驚きの声をあげるモルグ。

「わからないけど。約束もあったのに、狩りに行くなんておかしいわ」


「うむ。確かに。こうしちゃおれん。すぐに村の者に声をかけてみる。すまんのう。クロルちゃん」

 クロルに詫びると、モルグは慌しく外に飛び出していった。首を傾げるクロル。


「クロルちゃん。ごめんね。しばらくここで大人しく待っていてくれる?」

「ん」

 クロルの返事を聞くと。サハリも、モルグの後を追うように、外へと飛び出して行った。

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