17、村に到着
「危なかった」
額を拭い、シルスはしみじみとつぶやいた。
「ああ、危なかった」
シルスの隣でルトも、ほっと一息ついている。
「なんとかなったのう。もう少し進んだ所で、一旦休憩にするとしよう。クーニュを休ませてやらねばならん」
そう言って、モルグは荷馬車のスピードを緩めた。
「それにしても……。クロルちゃんのおかげで助かったわ。ありがとう」
「別に……。大したこと、ない」
「いや、本当に助かったぞ」
シルスが褒めるが、淡白に返すクロル。そんなクロルの頭をルトが撫でる。
「そうじゃよ。実際、シルス一人で対応できる数ではなかった。クロルちゃんがおらねば、どうなっていたことか」
「……なら。良かった」
クロルは、釈然としていないように見える。
まあ、実際のところ小石を飛ばしていたのは俺だから。クロル的には自分の力ではない分、複雑なのだろう。
それからしばらくの間、荷馬車は街道を進む。そして十分にグレイウルフたちから離れたところで……。
「よし、これだけ離れれば大丈夫じゃろう。休憩としよう」
モルグが荷馬車を停めた。桶と水筒を持って、荷台から跳び降りるルト。クーニュの前に桶を置き、そこに水を張る。
「ふむ。丁度昼時じゃ。クーニュを休ませる間に、昼食を食べることにしよう」
モルグの提案で、四人は昼食を食べることに。すぐにシルスが荷台のリュックをごそごそ漁り。
乾燥したパンと、干し肉を取り出すと全員に配った。
「にしても、クロルちゃん。さっきの投石。本当にすごかったわ!」
「そう?」
「そうよ! すごい速さ、そして見事な命中精度だったわ!」
「確かにな」
興奮してクロルの投石技術を褒めるシルスと、感心したように頷くルト。昼食を食べながらの団欒が始まった。
「シルスも弓。うまかった」
「そう? まっ、これでも村で一番の腕前だからね!」
「シルスは昔から、弓だけはうまかったからな」
「ちょっと。だけってなによ!」
ルトの言葉に憤慨するシルス。その傍ら、一人だけ険しい表情をして考え込むモルグ、ぽつりとつぶやく。
「それにしても、なぜグレイウルフがこんな所におったんじゃろうか……」
そういえば、グレイウルフは森の深い所に生息している。そのようなことを言っていたな。
ここらで見かけるのは珍しいのか?
「確かに、グレイウルフが草原まで出てくるなんて、変だよね」
モルグのつぶやきを、シルスは耳聡く拾い。考察を重ねる。
「そもそも、この辺りの森に、奴らは生息していないはずだ」
シルスに続き、ルトも考察を述べる。そこへクロルも口を挟む。
「そうなの?」
「ええ。グレイウルフは森の奥深くに住む魔物。街道に出てくることは稀だし。ルトの言ったように、この辺りにはいない魔物なの」
「ふーん」
質問したくせに、興味がなさそうなクロル。
「まあ、ともかく。念のため、先を急ぐとしよう」
結論は出なかったが、モルグが纏めた。
それから、四人は手早く昼食を済ませると、旅を再開。何事も問題が起こることもなく、平穏無事に荷馬車は進み。半日ほど。
「ほれ、あそこがわしらの村じゃ」
モルグが指差した先には、夕焼け空の下、ぼんやりと村が見えていた。
「そういえばクロルちゃん。泊まる所はあるの?」
「うーん」
シルスに問われ。考え込むクロル。うーむ、泊まる所か。宿があればそこに泊まることもできるが……。
今のクロルは無一文ではない。というのも、ザックがくれた餞別の中には、お金も入っていたから……。
まるで隠すかのように、リュックの底のほうに忍ばされていた巾着の中に、お金が入っていたのだ。
そういうわけで、クロルはお金を少しは持っている。ただ、クロルは宿には泊まらない可能性が高い。
お金が勿体ないからと、野宿を選ぶ気がする。俺としてはしっかりと体を休めるため、宿に泊って欲しいのだが。
「考えてなかったのね。それならうちに泊まらない?」
「いいの?」
「ええ。うちは、お母さんと二人暮らしだから、場所もあるし。クロルちゃんなら大歓迎よ!」
優しい提案をしてくれるシルス。しかし、クロルはシルスの提案に即答せず、どうしようかと悩んでいる。
それを見かねて、シルスが口を開く。
「遠慮しなくていいのよ?」
「そうじゃ。遠慮せずとも良い。なんなら、うちでも良いが」
「ああ。うちでも構わないぞ」
シルスに続き、モルグとルトも泊めてくれると言う。
ふーむ。ここまで言われているのだ。遠慮なくお願いして良いと思う。むしろ、断るほうが悪いだろう。
そう思った俺は、クロルを後押しすることに……。土属性魔法を発動。クロルのローブの左ポケットの小石を動かす。
これは、人前では話すことを控えるようにしている俺が、少しでもクロルに意思を伝えるために編み出した方法。
肯定なら左ポケット、否定なら右ポケットの小石を動かす。そうやって、賛否を伝えるのだ。
「……お願いします」
シルスのほうへ向いて、ぺこりと頭を下げるクロル。俺の後押しが効いたのか。それは定かではないが。
ともかく、クロルはシルスの家に泊めてもらうことにしたようだ。
「じゃあ。クロルちゃんはうちに泊まるということで!」
笑顔を浮かべるシルス。丁度、そのときに荷馬車は村の入り口に。
「わしらの村にようこそ」
村に入る瞬間、モルグが言った。
荷馬車はそのまま、ゆっくりと村の中を進み。やがて一軒の家の前に停車する。同時に、家の中から一人の女性が出てきた。
「おかえりなさい」
「おお、ルーシェ。ただいま」
「ただいま。母さん」
「おばさま、ただいま!」
荷台から降りる三人。口々に女性に挨拶を返す。女性、ルーシェはルトの母親のようである。
「あら。そちらの子は?」
ルーシェが、荷台から降りようとしていたクロルに気付く。
「この子は途中で拾った子じゃ。クロルと言う」
モルグはクロルを引っ張り、ルーシェの前に。
「初めまして。かわいい子ね」
しゃがみ込み。クロルと目線を合わし笑顔で挨拶するルーシェ。
「初めまして」
ぺこりとお辞儀を返すクロル。
「母さん。親父は?」
ここで荷台から荷物を降ろしていたルトが、疑問を口にする。どうやら、父親が出迎えに出てこないことを不思議に思ったらしい。
「ああ、父さんは……」
ルーシェは答えようとしたが、クロルを見て言葉を濁らせる。
「クロルちゃん、私の家に行くわよ」
ルーシェの雰囲気から何かを感じ取ったシルスが、クロルの腕を引っ張る。
「ん」
頷いたクロル。荷台からリュックを降ろそうとするが。
「持ってあげる」
リュックはシルスに奪われた。
「ありがと」
リュックをシルスに任せ、クロルは俺を担ぎ上げる。
「行きましょ!」
ルトの家の隣を目指すシルス。クロルも後に続く。
その背後ではモルグとルト、ルーシェがひそひそと会話していた。うーむ。なんだろうか……。
何かあったのは確実だが、声は拾えない。気にはなったが、どうしようもないので意識を逸らす。
「ただいまー」
扉を開け。シルスは元気よく家の中へと足を踏み入れる。
「あら、おかえり」
出迎えてくれる女性。シルスの母親だろう。
「あら。そちらは?」
「この子はクロルちゃん。一人で旅をしているところ、私たちと出会って。ここまで一緒に来たの」
シルスは、クロルの両肩に手を置いて、前に押し出す。
「初めまして。私はシルスのお母さんで、サハリと言うの。よろしくね」
シルスの母親、サハリはしゃがみ込み。クロルに右手を差し出す。
「クロル。よろしく」
遠慮がちに、サハリの右手を握り握手するクロル。
「それでね。お母さん、この子をうちに泊めてあげたいのだけど……」
「いいわよ。こんなにかわいい子なら大歓迎」
「ありがと」
あっという間に話が纏まったな。
「じゃあ、お母さん。クロルちゃんをお願い。私は荷物降ろしてくるから」
クロルのリュックを、テーブル近くの椅子の上に置くと、シルスは外に出て行こうとする。
「わかったわ。クロルちゃん、こっちにおいで。……ああ、それは壁にでも置いておきなさい」
サハリさんにテーブル近くの椅子を勧められたクロル。サハリさんの言う通りに俺を壁に立てかけ。テーブルに近づく。
クロルは、そのまま椅子に座るかと思われたが、途中でリュックのほうへ。リュックを漁り始める。
「これ。どうぞ」
クロルはリュックから取り出したグレイウルフの肉を、サハリに差し出す。
「これは?」
「泊めてくれる。お礼」
「あらあら、いいのに。律儀な子ね。じゃあ、今日の夕食に使わせてもらうわね」
苦笑しながらも、お肉を受け取ったサハリ。台所のほうへ去っていった。