13、宴
夕刻、村の真ん中にある広場にて。クロルとザックのために、ささやかながら宴が開かれていた。
村長の発案で開かれたこの宴は、犯人だと疑ってしまったことへの詫び。そしてクナモを早期に発見したことを称える宴である。
あの後、真犯人であるクナモを見つけ、疑いを晴らした後。クロルは、後のことには興味がないとばかりに、さっさと村を出て行こうとした。
しかし、村長にどうしても、お詫びとお礼がしたいと引きとめられ、村に残ることに。そして今に至る。
宴の中心から少し離れた所にある枕木に、腰掛けるクロル。その右隣に無造作に置かれた俺。
膝に置かれたスープをスプーンでちょっとずつ飲みながら、クロルは無表情に、騒ぐ村人たちを眺めている。
「嬢ちゃん。聞いたよ、おまえさんがクナモを発見したんだってな。おかげで、早期に巣をつぶすことができた。ありがとうな」
「ああ、本当に助かったよ。……それと、疑って悪かったな」
「ん」
クロルのもとへは、先ほどからお礼、あるいは疑ったことを詫びにくる村人が後を絶たない。
そんな村人たちに対して、クロルは無愛想に返事をするだけ。その態度に、話しかけてきた村人はすぐに離れて行く。
うーむ、せっかくの宴。それも主役なのだから、もう少し楽しんだら良いと思うのだが……。
クロルはちっとも楽しそうに見えない。そんな輪から離れたクロルのもとへ、大柄な人影が近づいてくる。
「おう。嬢ちゃん。楽しんでるか?」
「まあまあ」
「そりゃあ、良かった」
上機嫌に話しかけてきたザック、クロルの左隣、枕木に腰掛けた。
「そういや、ちょっと聞きたいことがあったんだが……」
話しながら、右手に持つコップに口をつけるザック。疑いが晴れたからか。ザックの表情は晴れやかだ。
「なに?」
「えっとな……。嬢ちゃん。クナモは、どうやって捕まえたんだ?」
「……」
遠慮がちに尋ねたザックの問いを受けて、黙り込むクロル。
そういえば、あのときは犯人を捕まえたことに意識を取られていて、すっかり失念していたが……。
クロルがクナモを捕まえたというのは、不自然だったかも。誤魔化せるかな? クロルは考え込んでいる。
「いや、話したくないなら、別に構わねえ。変なことを聞いたな」
黙り込んだクロルを気遣うザック。そこへ大きな声が。
「クロルちゃーん!」
右手にコップ、左手に皿を持ったブト、危ない足取りで駆け寄ってくる。
「クロルちゃーん。これ食べなよー」
非常にご機嫌な様子のブト、クロルに料理の載った皿を渡す。ブトはだいぶ酒を飲んでいるようで、顔が赤い。
「おいブト。おまえ相当酔ってるだろ!」
「酔ってますよぉー。だって酒が飲めるだからぁー」
「たく、弱いくせに。明日が辛いぞ」
「聞ーこえーませーんよー」
陽気に笑うブト、左手でクロルの頭を撫でる。これは相当酔っている。ただ、話が有耶無耶になったのは良かった。
クナモのことを話すには、当然俺のことを話さないといけなかったはずだ。クロルも逡巡していたし、助かったよ。
「嬢ちゃん。迷惑ならそう言ってやれ」
「ん。問題ない」
ブトに貰った料理を食べながら答えるクロル。頭をずっとブトに撫でられているものの、嫌そうには見えない。
「そうか。ならいいが……」
「うえっへっへ」
変な笑いをこぼし、クロルの頭をなでるのをやめたブト、ザックの左隣に移動して枕木に腰掛けた。
「おい、ここに座るなよ」
「ええー、いいじゃないですかぁ」
迷惑そうにしているザック。しかしブトは気にした様子もなく、酒をあおる。どうやらここで管を巻くことにしたらしい。
その後は、酒が進みえんえん機嫌がよくなるブトが、他愛のない話を続け。ザックとクロルが適当に相槌を打つ。
そうやって、三人が仲良くしていたが……。クロルは眠くなったようで、船を漕ぎ始めた。
「嬢ちゃん。眠いなら、無理しなくていいぞ。ちょっと待ってろ。こいつを片付けてくるから」
完全に酩酊して、ザックの肩に寄りかかりながら、前後不覚に陥っていたブトを指さすザック。
「ありぇ? ザックさん? どこふぇ」
「ほら、こっちへ来い」
ブトの腕を掴み、無理矢理立ち上がらせたザック。ふらふらのブトに肩を貸し、連れて行く。
「嬢ちゃん。村長の家へ行くぞ」
「ん」
しばらくして、戻って来たザックに促され、立ち上がるクロル。俺を拾い上げ、肩に担ごうとしたが……。
ザックがクロルから俺を優しく取り上げる。
「これは俺が持とう」
「ん」
目をこすり眠そうなクロル、ザックに手をひかれ村長の家へ向かう。
「村長。連れてきました」
「おお。そうかそうか。入りなさい」
村長の家へと招き入れられるクロル。そのままベッドのある部屋へと連れて行かれる。クロルは昨日も村長の家に泊まっていたらしい。
「こいつはここに置いときますね」
「うむ。大切にしておるようじゃからのう」
ベッドにもぐりこんだクロルの枕元に、そっと俺を立てかけるザック。最後に毛布をきちんとクロルにかけてから、部屋を出て行った。
すぐにクロルは穏やかな寝息を立て始めた。普段無表情だが、寝顔は柔らかいよな……。
さてと、それじゃあ俺も眠るとしようか。さすがに、二日間ずっと起きていたから、精神的に疲れた。休ませてもらおう。
翌日、朝早くからごそごそと動き出すクロル。その物音で俺も目が覚めた。
『もう。出発するのか?』
「ん」
クロルはローブを羽織り、リュックを背負うと俺を持ち上げ部屋を出る。
静かな村長宅。どうやら、村長はまだ寝ているようだ。音を立てないように、静かに村長宅を後にするクロル。
誰にも挨拶せずに出て行くつもりらしい。人が起きている気配のない村をクロルが進む。
「嬢ちゃん、早起きだな。もう行くのか?」
もう少しで村の出口という所で、家の陰から、にゅっとザックが現れた。
「ん。行く」
「そうか……」
見つめ合う二人。しばらくしてザックが口を開く。
「ああ、その……、なんだ。良かったら、うちにこないか?」
「うちに?」
「ああ、そうだ。一緒に暮らさないか?」
うーむ。昨日からなんとなく感じていたのだが、クロルとザックの距離感が、随分と近くなっている気がする。
おそらく、俺が畑を見張っている間に何かあったのだろうが。うーん……。
「……嬉しい。でもごめん。村は駄目」
「うん? どういう意味だ?」
「村は、すぐ手のひら、返す。余所者に厳しい」
「なるほどなー。そう言われると。返す言葉もない」
なるほど……。俺はこの村で暮らすのも、悪くない提案だと思ったが。この世界の村社会は排他的だ。
一種の共同体のような村社会で余所者は、何かあったとき、真っ先に切り捨てられる可能性が高い。現にザックがそうだったのだから。
そう考えると、やっぱり大きな街で、きちんとした仕事に着き、クロル自身の力で、生活の基盤を築くほうが良い。
クロルが街を目指す理由も、それがわかっているからなのだろう。
「ごめん」
「いや、いいさ。嬢ちゃんは、街を目指しているんだよな?」
「そう。街に行く」
「そうか……。ならせめて、旅に必要なものを融通してやるよ」
そう言うとザックは、クロルの腕を掴み引っ張って行く。いつぞやと同じ光景だが、その手つきは優しげだ。
「いいの?」
「ああ」
そんなやり取りをしつつ、ザックの家の前に辿りついた。
「食料は……。グレイウルフの肉だけか?」
「ん」
「そうか。待ってろ」
クロルを残し、家の中に入るザック。しばらくすると、大き目のリュックとショートソードを持って戻って来た。
「いろいろ、入れといた。食料は保存が利く木の実類やパン。その他、サバイバルに必要なものと。それから……」
ザックは、ショートソードをクロルに差し出す。
「持てるか?」
「ん」
「軽い素材でできている。嬢ちゃんには長いかもしれんが。護身用に持ってけ」
「いいの? それにこっちも」
リュックを指差すクロル。
「いい。ほら」
有無を言わさず、クロルが背負っていた小さめのリュックを開き、中身を大きなリュックへと移していくザック。
「本当は俺がついていってやれれば、いいんだが。この足じゃな」
「……」
「さあ、背負ってみろ」
ザックはクロルの背中へと大きなリュックを差し出す。
俺を家の壁に立てかけ、小さいリュックを降ろすと、大きなリュックを背負うクロル。
「さて、動くなよ」
ザックがクロルの腰にベルトを巻き、そこにショートソードを吊るしてくれる。
「重くないか?」
「大丈夫」
左右にステップを踏んで大丈夫だとアピールするクロル。それを見て満足げに微笑むザック。
「問題なさそうだな」
「ん。……でも。ほんとに、いいの?」
「いいから。貰っとけって」
「ザック。ありがと」
おお! 今! クロルが……。初めて笑顔を浮かべたぞ。一瞬だったがにっこりと……。
「おお。初めて笑ったな。そっちのほうがいいぜ」
ザックにもしっかりと見えていたようだ。
「こう?」
「いや、なんかこえーよ」
ザックの反応に、もう一度笑みを作ろうとするクロルだったが……。その笑みは引きつっており怖かった。