12、犯人探し・後篇
茂みから飛び出してきたもの。その正体は体長三十センチほどの、ねずみのような姿をした魔物であった。
すかさず、魔物のことを知りたいと念じる。これで、ステータスが表示され、こいつの名前も判明するはず……。
すると『クナモ』と、名前だけが表示された。ふむ、クナモね。名前はわかった。あとはこいつが犯人かどうかだが。
野菜を盗んでいくかどうか。しばらく様子を見るとしよう。
俺に監視されていることも知らずに、クナモは畑の中を我が物顔で闊歩し始める。おっ、これは当たりっぽい。
畑の中ほど、俺から二メートルほどの所で、クナモはすんすんと鼻を動かし、野菜を物色し始めた。
そしてクナモは、大きなカブのような根菜の前で止まると、前足を使い掘り起こし始める。
ふむ、やっぱりこいつが畑から野菜を盗んでいた犯人だったか。となれば話は早い。とっ捕まえるとしよう。
犯人を突き止めただけよりも、捕まえたほうが早く疑いを晴らせるだろうからな。すぐさま、土属性魔法を発動。
クナモに気付かれないように、周りに落ちていた三つの小石を動かし、自身の周囲に浮かべる。
そしてさらに、一心不乱に野菜を掘り起こしているクナモの周囲の土を土属性魔法で操作。
四方の土を隆起させると、クナモを中心に円を描くようにうねうねと動かし、クナモの動きを封じにかかる。
「チチィ!」
突然、動き出した土に驚き。金切り声をあげて、逃げようとしたクナモであったが……。
一歩遅い。クナモは俺が操る土に絡めとられ、地面に縫い付けられた。
すかさず、三つの小石をクナモの頭めがけて飛ばす。それらは寸分違わず、クナモに命中した。
悲鳴をあげることもなく絶命するクナモ。その四肢が脱力して地面へと突っ伏した。ふぅー。うまくいったな。
それにしても真犯人が魔物で、しかも今日野菜を盗みに来るとは、非常に運が良かった。
おかげで、俺が畑を見張るというクロルの策も、無駄にならずにすんだ。クロルも喜ぶだろう。
さーて、こうなると朝が待ち遠しい。早くクロルを疑った村人たちの鼻を明かしてやりたいものだ。
それからしばらく、逸る気持ちを抑えつつ。他の野菜泥棒がやってこないか。見張りを続け……。
結局何事もなく夜が明けた。うららかな朝の陽ざしの中、畑へと近づいてくる二つの人影が見える。
クロルとザックだ。並んで歩く二人、その姿がどんどん大きくなる。
畑までやってきた二人。クロルだけが畑に足を踏み入れた。
「ふあぁー」
畑の手前で立ち止まったザックは、眠そうにあくびを噛み殺している。それを尻目に俺の傍までやって来たクロル。
クロルは自分の体で、看板(俺)の文字がザックに見えないようにしたうえで、話しかけてくる。
「ケイ。どうだった?」
『クロルよ。吉報だ。犯人を仕留めた。犯人はクナモという魔物だ』
「どこ?」
キョロキョロと周囲を見渡すクロル。すぐにクナモを発見する。
「あった」
クナモのもとへと進むクロル。どうするのか見ていると、そのままクナモの頭をむんずと掴み。持ち上げた。
うわぁー。よくそんなことできるな。
というか、クロルって意外に力があるんだな。片腕で軽々と持ち上げるとは。
「な! そいつは!」
暇そうに畑の手前で立ち止っていたザック。クロルがクナモを掴みあげたのを見て、こちらに駆け寄ってくる。
ふふふ。どうだザック。真犯人を見つけてやったぞ。
「犯人」
「おいおい。なんでこいつがここに。というか、嬢ちゃんがやったのか?」
クナモを掲げて見せるクロル。驚き混乱している様子のザック。
「ん」
「いったいどうやって……。いや、それよりもまずは。……嬢ちゃん、疑って悪かったな」
しばし逡巡したのち、深く頭を下げるザック。
「別に、いい」
うーむ。そんなあっさり許してしまうのか……。まあ、クロルが納得しているなら構わないが。
なんとなく釈然としないものがある。
「しかし、クナモかー。そりゃあ、見つけられないわけだ」
天を仰ぐザック。その表情はどこか晴れやかだ。
「どういうこと?」
クロルが首を傾げる
「ああ、こいつは……」
クロルの疑問を受けてザックが語り出す。このクナモという魔物は農家の天敵。畑を荒らす害獣だそうだ。
繁殖力が強く、増えると手に負えない。畑に甚大な被害を出すこともあると、有名な魔物らしい。
しかも、臆病な性格で感知能力に優れ。自身の痕跡すら器用に消していくので、発見され辛く。大変に厄介だとか。
「こいつは本来、この辺りにはいねえ魔物だ。考えにも浮かばなかった」
「ふーん」
ザックの話をクロルは興味なさそうに聞いていた。
「とっ、こうしちゃおれん。すぐに森を捜索しねえと」
「どうして?」
「こいつは雄だが。巣には雌がいるんだ。そいつを始末しない限り、こいつらは増え続ける。だから巣を探す必要がある」
「なるほど」
「しかし嬢ちゃん。これはお手柄だぜ! 被害からみても、まだそんなに増えてはいない。早期に発見できたのはでかいぞ!」
上機嫌でクロルを褒めるザック。熱い手のひら返しである。
「これ」
機嫌よく話すザックとは裏腹に、クロルはいつも通り無表情。ザックにクナモの死骸を押しつけると……。
俺のほうに近づき、俺を地面から引っこ抜いた。
「こりゃあ、嬢ちゃんの手柄を村の連中に教えてやれば。疑いが晴れるどころか、感謝されるだろう」
「感謝……」
俺を肩に担いだクロル、なにやら考え込む。
「さっそく村に戻って…………。とっ、どうした嬢ちゃん?」
上機嫌に村へと戻ろうとするザックだったが、クロルが動かないことに気付く。
「手柄、ザックのにして」
ザックに声をかけられたクロルが、力強く告げる。
おいおい。真犯人を見つけたのに、その手柄を譲ってしまうのか? せっかく村人を見返してやれると思ったのだが……。
「ザックの手柄に。そうすればザックは人気者。村に馴染める」
うーむ、なるほどなぁ……。
確かにザックの手柄にすれば、村になじめずに野菜を盗んだと疑われているザックも、一転して人気者になれるかもしれない。
「私は疑いが、晴れれば、いい」
「嬢ちゃん……」
クロルの優しさに、感極まった様子のザック。俺も目があったなら、目頭が熱くなっていただろう。
クロルええ子や……。元はと言えばザックのせいで、こんな騒動に巻き込まれたというのに……。
まさか、自分が疑われている中、ザックのことまでも気にかけ、助けようとするなんて……。
うーむ。そういうことならば、微妙に消化不良な俺の気持ちは、心にしまっておくしかない。
クロルの心意気に水を差すわけにはいかぬ。ザックよ。クロルによーく感謝するんだな。
「そういうことなら。俺たち二人の手柄ってことにしよう」
右腕で目元を拭うザック。有無を言わさぬ口調で続ける。
「嬢ちゃんの気持ちは嬉しいが、さすがに手柄全部は受け取れねえ。だから半分だけ受け取るよ」
「ん。わかった」
「よし、じゃあ、さっさと村に帰るぞ」
話が纏まったところで、二人は村に戻るため歩き出す。そして村まで戻って来ると……。
「戻ってきたか。むっ、それは……、クナモか!」
入り口で待っていたらしい村長が二人を出迎えようとして、途中でクナモに気付き、足早に近づいてくる。
「やはりクナモか。ザック、こやつが」
「ええ。そのようです」
「うーむ、この辺りには出ない魔物のはずじゃが」
「俺もそう思っていたんだが」
「ともかく、急いで森を捜索する必要があるのう」
「ええ、村の若い奴を集めてすぐにでも」
「村長、それにザックさんも。おお-い」
村長とザックが真剣に話していると、遠くから鍬を担いだブトがやってくる。
「おお、ブトか。悪いが村を回って若い集を呼んで来てくれぬか」
「えっ、構いませんけど。どうし……。てっ! ザックさん。なんですかそれ?」
「ああ、こいつはクナモっていう魔物だ」
「なっ! こいつがクナモだって。じゃあ、畑を荒らしていたのは」
「うむ。どうやらこいつのようじゃ」
「やっぱり! クロルちゃんも、村の者も。皆無実だったんですね! いやー、良かったですね、ザックさん!」
「ブトよ。嬉しいのはわかるが……」
「そうでした! さっそく行って参ります!」
えらく喜んでいる様子のブトだったが、村長に注意されて慌てて駆けて行く。
「にしても。よくクナモを捕まえたのう」
「譲ちゃんの大手柄だ」
「なんと! 本当に譲ちゃんが」
「ん。でも見つけただけ」
「ああ、譲ちゃんが見つけ、俺が捕らえた。だが、俺だけなら絶対に見つけられなかったよ」
さきほどの約束通り、ちゃんと二人の手柄だと主張するザック。それもクロルがいてこそだったと強調した。
「なるほどのぉ。お嬢ちゃん、本当に助かったぞ」
「別に」
「おおーい」
素っ気ないクロル。そこへ、慌てた様子の村人がやってくる。
「クナモが出たってのは、本当なのか?」
「そいつがそうか?」
「こいつが……」
次々と駆け寄ってくる若い村人。
「ザックよ。後は任せるぞ」
「はい、村長」
「お譲ちゃんは、わしの家に戻ろう」
村長がクロルの腕を引き。二人は慌しくなる村の入り口を後にした。