11、犯人探し・中篇
今回のお話は少し長く。そしてザック視点となっております。
日が傾き、辺りが薄暗くなった頃、足元に注意しながら村へと戻る俺。その後ろには嬢ちゃんが続く。
俺はちらりと後ろを一瞥し、嬢ちゃんの顔を窺う。はりつけたような無表情、かわいくないガキだ。
しかし、逃げなかったか。犯人を探すと言い出し、畑を見たいと言ったのは、てっきり逃げ出すためかと思ったのだが……。
逃げようとする素振りすら見せなかった。逃げるなら今しかないってくらい大チャンスだったはずだが。
俺の姿を見りゃあ。足が悪いってことはすぐわかる。そのうえ、さして嬢ちゃんに注意を払っていない風を装ったり。
敢えて畑の中までは入らず、距離を空けてみたり。わざと隙をつくってやったりしたんだが……。
やれやれ、逃げてくれりゃあ、楽だったのに。そうなれば決定的だった。こうなると犯人だっていう証拠を探さないと……。
だが、それが難しいのだ。嬢ちゃんが野菜を物色していたとき、野菜に手を出すまで様子を見るべきだったか。
「ねえ」
「ああ、なんだ?」
後ろから嬢ちゃんに声をかけられた。俺は振り返ることなく、ぶっきらぼうに返事をする。
「地図、見たい」
「地図って村のか?」
「ん」
邪険にされているのはわかっているはずなのに、嬢ちゃんは飄々としている。
「そんなもの見てどうすんだよ」
「犯人探す」
まあ、そうだろうな。はぁー。この嬢ちゃんはどういうつもりなんだろうか? まさか本気で犯人を探すつもりだってのか?
「あのなー。嬢ちゃんが犯人を見つけられるわけないだろ? 無駄なことはやめとけよ」
仮に嬢ちゃんが犯人ではないとしても。俺が血眼になって探して見つからなかった犯人を、嬢ちゃんが見つけられるわけがない。
「地図」
「はぁー。わかった、わかった。村長に頼め」
嬢ちゃんに犯人探しをさせることに乗り気だった村長なら、見せてくれるだろう。まったく、おままごとじゃないのだが……。
「あと」
「何だ。まだあるのか?」
「盗まれた日、場所も。教えて」
「……」
黙り込む俺。丁度村の入り口付近まで戻って来ていた。俺は振り返り嬢ちゃんと向かい合う。
「なあ、嬢ちゃん。おまえは本当に野菜を盗んでいないのか?」
「盗ってない」
すぐに力強い否定の言葉が飛んでくる。
「本当か? 正直に答えてくれ。もし嬢ちゃんが盗んだのだとしても、怒らねえから」
食料が不足してるわけでもない。村の者も犯人が見つかれば、それで良いはず。そりゃ、お咎めなしとはいかないが。
それでも、相手が嬢ちゃんなら。そう無体なことはしないだろう。だから、正直に答えてくれ。
「盗ってない」
俺の目をしっかりと見据える嬢ちゃん。
その目には力強い意思が籠っているように見受けられる。ちっ、どう判断したもんかなー。
しばしの間、見つめ合い固まる俺たち。そこに声がかけられる。
「ちょっとザックさん! またその子を苛めているんですか? まったく駄目ですよ」
俺たちのほうへ近づいてくるブト。
「いや、別に苛めていたわけじゃねえよ」
そう答えるも、傍から見ればどう見えたか。いささかバツが悪い。それなのに。
「ん。苛められて、ない」
嬢ちゃんに庇われた。バツの悪さが加速する。まったく……。なんだか調子がくるうな。
「あっ、そうなの。ならいいんだけど」
「おいブト。嬢ちゃんを任せる」
「え? 任せるって?」
「疑いを晴らすために、真犯人を見つけるんだと。手伝ってやれ」
嬢ちゃんが犯人を探すって言うなら、好きにすれば良いが。もう付き合いきれない。子守はブトに押しつけよう。
「犯人探し? この子が?」
「とりあえず、地図が見たいらしい。村長の所に連れていってやれ。あと、野菜が盗まれた場所と日時も知りたいそうだ。頼んだぞ」
「ええっと……」
「頼んだぞ」
「はぁー。わかりましたよ」
「悪いな」
勢いでブトを納得させた。ただ、それに異を唱えるものが。
「待って。ザックも手伝って」
逃がさないとばかり俺の腕を掴む嬢ちゃん。
「いや、ブトがいればいいだろ?」
「んーん。ザック、必要」
嬢ちゃんは首を左右に振る。そして続ける。
「ザック、犯人探してた。一番、情報持ってる」
「ああ、確かにザックさんがいてくれるほうが、良いかもしれませんね」
成り行きを見守っていたブトが、納得の声をあげる。
いやまあ、確かに俺は犯人を探そうとしたこともあり、一番事情に詳しい。だから、ブトの言い分に納得はできるが……。
「手伝って」
「いや俺は……」
「いいじゃないですか。ザックさんも犯人見つけたいのは一緒でしょう。ここは三人で頑張るところですよ!」
良いことを思いついたとばかり、ブトは満面の笑みを浮かべている。ああ、なんとなくその笑みの意味がわかるぞ。
きっと、一緒に犯人探しをすることで、俺と嬢ちゃんが仲良くなるとでも思っているのだろう。
こいつはそういう奴だ。かなりの楽天家、物事は単純で、そして人は誰しも性善であると、そう信じているような奴なのだ。
俺の腕を掴み、無表情に俺を見上げる嬢ちゃん。にこにこと笑みを浮かべ俺の答えを待つブト。
やれやれ、面倒なことになった。しかし、こいつら……。断っても絶対食い下がってくるだろうな。
「仕方ねえ……。手伝ってやるよ」
さっさと持っている情報を教えて、早めに抜けさせてもらおう。
「決まりですね。そうと決まれば善は急げです!」
「ありがと」
上機嫌のブト、俺の腕を解放する嬢ちゃん。二人が歩き出す。不承不承ながら俺も後に続いた。
「おお。戻って来たか。おや、ブトもおるのか? ともかく入りなさい」
村長の家に着くと、中へ招き入れられる俺たち三人。
「おじゃましまーす」
元気な声をあげるブト。俺と嬢ちゃんは無言で中へと入る。
「それで、何か成果はあったのか?」
村長、俺。向いに嬢ちゃん、ブトの順でテーブルに着くと、村長が口火を切る。
「なかった」
「ふむ。まあそうじゃろうのう」
嬢ちゃんの答えがわかっていた様子の村長。
「それで、お譲ちゃん。どうするつもりじゃ? まだ犯人探しをするのかの?」
「ん」
すぐに頷いて返事をする嬢ちゃん。続いてブトが口を開く。
「村長、この子は村の地図が見たいそうです!」
「ふむ。地図か、持ってこよう」
やる気あふれるブトの態度に、苦笑しながら席を立つ村長。しばらくして、村長は手に丸まった羊皮紙を持って戻ってくる。
「これが村の地図じゃ。丁寧に扱ってくれ」
「ああ、わかってます」
いち早く俺が地図を受け取り、机に広げる。椅子から立ち上がり、地図を覗き込むブト。嬢ちゃんも椅子の上に膝立ち、テーブルに乗り出す。
「ザック、場所」
「はいはい。えっとだな、野菜が盗まれる被害は、三週間ほど前からで……」
指さすことで、地図の上に場所を示しながら、同時に盗まれた時刻を嬢ちゃんに教えていく。
淀みなく口が回る。似たような検証はすでに重ねているからな。おさらいみたいなもんだ。
「……で。最後がつい三日前で、場所はここだ」
三日前に野菜が盗まれた場所、それは嬢ちゃんを発見した場所のすぐ近くだ。
「どうだ。参考になったか?」
「ん」
うなずくと考え込む嬢ちゃん。隣にはわかりやすく顔をしかめ、考えていますとばかり、うんうんと唸っているブト。
「疑わしい、人は?」
「残念ながら、心当たりはない。村の者の中で、怪しい奴はいなかった」
「野菜を盗むほど生活に困っている人もいませんからね」
そうして始まる犯人探し。嬢ちゃんとブトが様々な意見を出し、俺も時折口を挟む。一歩引いた所で微笑ましげに見ている村長。
嬢ちゃんとブトは、ああでもない、こうでもないと考えを口にする。そうして議論は紛糾し……。
現在、俺は村長宅の台所にて、包丁を握っていた。まったく、どうしてこうなったのか……。
議論が煮詰まったところで、村長が夕食にすることを提案したときは、帰ろうとしたのだがな。
あれよあれよという間に、四人で夕食をつくることになってしまった。まったく面倒なことになった。
内心、愚痴をこぼしながらリズミカルに野菜を切っていく。
「ザックさんはね。この成りで料理が得意なんですよ」
「意外」
野菜を切る俺の傍ら。椅子を土台に、鍋の火を見ている嬢ちゃんの横で、余計なことを話しているブト。
「でしょう。しかも料理だけじゃなく。掃除や洗濯、果ては裁縫と。家事全般も完璧で」
「へえー」
さっきから、俺のことをぺらぺらと……。
「冒険者時代に培われたみたいですけどね。パーティー仲間からは、おかんと呼ばれていたそうです」
「おいブト。余計なことを言うな」
切った野菜を鍋に入れるついでに、苦言を呈す。まったく、せがまれたからといって、こいつに冒険者時代のことを話すんじゃなかった。
「ほっほっほ。まあよいではないかザック。ちなみにブトよ。ザックが所帯じみていたのは、昔からじゃよ」
「そうだったんですか」
村長まで、まったく人を出汁にしないで欲しい。
むすっとしながら、グレイウルフの肉に包丁を走らせる。この肉は、嬢ちゃんが提供したものだ。
そう、嬢ちゃんが提供したんだよ……。ちゃんと食料を持っていたとはな。
しかも、嬢ちゃんがグレイウルフの肉を取り出すとき。ちらっとリュックの中が見えたが、まだまだあった。
つまり、嬢ちゃんは食うに困っていたわけではなかった。
「へえー。昔からだったんですね。クロルちゃん、ザックさんは昔から優しい人だったみたいですよ」
「ん?」
「そう、ザックさん。本当は優しい人なんです!」
てことは、今日野菜を盗みに来る必要はまったくなかったわけで……。やっぱり、この嬢ちゃんが犯人じゃなかったわけか。
「犯人探しにムキになってたから、気が立ってて。ついクロルちゃんを、疑ってしまっただけで。だから嫌わないであげ、あ痛!」
野菜を洗うしか仕事をせず、おしゃべりばかりしていたブトの頭をはたいてやった。
「邪魔だ。やることねえなら、あっちで食器でも並べてろ」
ブトをどかし、鍋にグレイウルフの肉を入れる。あとは煮るだけだ。
「照れなくてもいいじゃないですか」
頭をさすりつつ、台所から出て行くブト。別に照れてねえよ。
本当に邪魔だったから、どかしただけ。それだけだ!
「ザックは冒険者、凄腕」
「いや、ブトが誇張してるだけだ。そこそこだよ」
ブトのせいか、嬢ちゃんが変な誤解をしている。できるほうではあったが。
「俺より腕の立つ奴は、いくらでもいる」
「ふーん」
鍋から目を離さず、気のない返事をする嬢ちゃん。おまえ、さては興味ねえだろ。嬢ちゃんの横に立つ俺、お玉を使い灰汁をすくう。
「ザックは、何で村にいる?」
「はあ? どういう意味だ?」
「居心地、悪いなら、出てけばいい」
ああ、そういう意味か。まあ、そう思ったこともあるが……。
実際、あんまこの村に愛着ないしな。足をやっちまって冒険者を辞めた俺は、故郷に残した母を想い、この村に帰って来た。
だが、結局母は亡くなっていたし。そのうえ二十三年も、無沙汰をしたから、昔の知人も、もう赤の他人だ。
そういう意味では、俺がこの村にいる意味はない。野菜を盗んだと疑われている現状、出て行くっていう選択肢もあった。
ただ、他に行くアテもなかったし……。それに犯人探しなんか、簡単にできるとも考えていた。
「一応故郷だしな。犯人見つけて、疑いを晴らす自信もあった。それに皆が皆、俺を疑ってたわけじゃねえ」
ブトがそうだ。あいつはなぜか俺に懐いてやがるからな。だからまあ、少し抗ってみようと思っただけだ。
「ザックはすごい」
「ああん?」
「ここじゃ、なくても生きてける。でも、立ち向かった。居場所、つくろうって。すごい」
珍しく長いセリフを口にする嬢ちゃん。無表情ながら、その真剣な声色は本心からの言葉だと納得できる響きがあった。
いや、なんか、こそばゆいな。そんな大層なものじゃねえってのに……。
「いや、別に大したことねえよ」
「そんなことない。私はがまん、するだけだった。そして最後は、逃げ出した。だから、ザックはすごい」
ああん? 逃げ出した? それは……。
「もしかして嬢ちゃんは――」
「食器、並べ終えましたよ。おお! おいしそうな匂いですね!」
元気よく戻って来たブトによって、俺の言葉は遮られた。こいつは……。タイミング良いのか悪いのか。
「ああ。もうできあがるぞ。嬢ちゃんも、もう鍋は良いから、向こうで待ってろ。ブト」
「わかりました。クロルちゃん、行きましょう」
「ん」
ピョンと椅子から飛び降りると、ブトに連れられ台所を出て行く嬢ちゃん。それを尻目に、俺は鍋の味を確認する。
ふむ。良いできだ。あとは向こうに運ぶだけだな。火傷しないように、布を使い鍋を持ち上げる。
そうして鍋を運びながら考える。さっきの嬢ちゃんの言葉……。あの年齢で旅をしている時点で訳ありだとは思っていたが。
俺と同じで住んでいた場所の居心地が悪かったのかも。だが、不用意に踏み込むべきじゃねえか。
「ほれ。できたぞ」
「おお、良い匂いじゃのう」
三人はすでにテーブルに着いて待っていた。テーブルにはパンと食器が並べられている。真ん中に鍋を置き俺も空いている席に着く。
「それでは、いただくとしようかの」
村長の言葉とともに皆夕食を食べ始める。
「おお、さすがザックさん。おいしいです!」
「おいしい」
「うむ。なかなかじゃ」
口々に料理を褒める三人。まんざらでもない。
「そんな大したものじゃねえがな」
さて、夕食の後はどうしたもんかな。おそらく嬢ちゃんやブトは、まだ犯人を見つけるために頑張るのだろうが……。
正直、これ以上議論を重ねても無駄だ。もうアイデアは出尽くしたし。そもそも、現状わかっていることだけで、犯人を見つけることは不可能だ。
まあ、それでも続けるってのなら。仕方ないから、俺も付き合ってやるが。
和やかに夕食を囲む俺たち。もっぱらブトが話題を提供し、嬢ちゃんが口数少なく相槌を打つ。そうして、夕食を食べ終わると。
犯人を見つけるための会議が再開されるかと思いきや。嬢ちゃんが、眠そうに船を漕ぎ始めたので、解散となる。
「それでは、村長。また」
「お邪魔しました」
「うむ。また明日じゃ」
嬢ちゃんが寝てしまったので、俺とブトは村長の家を後にした。




