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10、犯人探し・前篇

 夕焼けが雲を赤く染める頃。俺を肩に担いだクロルは、ザックと連れ立って畑へと向かっていた。

 言葉を交わすことなく無言で前を歩くザック。その後ろに続くクロルもザックに話しかけるようなことはしない。


 うーむ、犯人探しねぇ……。大丈夫だろうか。クロルもできれば一言相談してくれても良かったのに。

 ともかく、一度クロルと話し合いたいところだが……。すぐ目の前を歩くザックが邪魔である。


「ほら、ここだ。この畑から、よく野菜が盗まれる」

「そう」

「調べるつもりか? 無駄無駄。俺だって犯人の痕跡がないか、散々調べたが見つからなかったんだ」


 畑へと足を踏み入れようとしたクロルに、ザックは馬鹿にした様子で声をかける。しかし、クロルは聞き流し畑の中に入っていく。

「やれやれ。好きにすりゃあいいさ」

 肩をすくめるザック、畑に入ってくることはなかった。


 ふむ、チャンスだ! 畑の手前で佇むザックは、そんなにクロルへ注意を向けていないし。距離もできた。

 今ならクロルに話しかけても、気付かれまい。すぐさま俺は土属性魔法を使い、クロルのポケットの小石を動かしてみせる。


「なに?」

 合図に気付いたクロル。ザックを誤魔化すためか、しゃがみこむと、俺を地面に置き。

 さらに、地面を調べるような素振りを見せつつ、俺に問いかける。


『どうして犯人探しをするなどと、言ったのだ?』

「疑い、晴らすため」

『なるほど。しかしそれは難しいと思うのだが、考えでもあるのか?』

 真犯人を見つけ疑いを晴らす。大変結構だが、言うほど簡単ではない。


「一応」

『ほう。どうするのだ?』

 ふむ。まったくの考えなしというわけではなかったらしい。もっとも、問題はその方法だ。俺は妙案を思いつかなかったが果たして……。


「こうする」

『うん?』

 クロルは立ち上がると、支柱の上のほうをしっかりと握り、俺を高く持ち上げる。そして、そのまま地面へと振り下ろした。


 えーっと……。畑の中心付近にぽつりと佇む看板(俺)。


『これで、どうするのだ?』

 まあ、なんとなくやりたいことはわかっているのだが……。

「ケイが見張る」

 うーむ、やっぱりか。まあ、アイデアとしては悪くない。


 俺は看板なので畑に突っ立っていても誰も気にしないだろう。見張っていると盗みに来ないという、用心深い犯人もきっと油断する。

 確かに見張りには適任だ。だがな、クロルよ。その考えは甘いと言わざるをえない。


『クロルよ。悪いがこの策は効果的とは言えぬぞ。いや、策としてはそう悪いものではないのだが、おそらく失敗する』


「なんで?」

『今、犯人だと一番疑われているのはクロルだ。この状況なら、しばらく犯人は大人しくしているだろう』


 せっかくクロルに疑いの目が向いているのだ。賢い者ならば、しばらくは大人しくしているはず。

 クロルが監視されている状況下、不用意に新たな犯行を犯せば、せっかくのクロルへの疑いが晴れてしまうからな。


「……そうかも」

 無表情ながらも落ち込んだ雰囲気を醸し出すクロル。うーむ……。ちょっと、真っ向から否定し過ぎたか。


『そう落ち込むな。悪い策ではないのだ。やってみるのも良いだろう。案外うまくいくかもしれぬ』

 とりあえずやってみるのも悪くはない。ただ、やっぱり俺は犯人がすぐに次の犯行に及ぶとは思えない。


 この策でいくなら長期戦となるだろう。もっとも、そんな悠長なことを言っていられるかは、正直微妙だと思うが……。


『まあ、真犯人を見つけられずとも。最悪、逃げ出してしまえば良いのだ。ゆえ、そう難しく考えることもない』

 俺は最初から逃げることを提案するつもりだったし、立ち入り禁止のスキルを使えば、逃げることはそう難しいことではない。


 だが、それは足掻いてからでも遅くはない。クロルの姿勢は大変立派、逃げずに問題解決に立ち向かうというなら、付き合おう。

 だだ、それでも一言だけ言っておかなければならないことがある。


『ただな。一人で犯人を探すと決めたことには、少々文句を言いたい。旅の仲間なのだ。一言相談して欲しかったぞ』

 まあ、昨日今日の仲なのだから、当然かもしれないが。


 なればこそ、気持ちは伝えておく。クロルの保護者を気取っている俺としては、もっと頼って欲しいのだ。

「ん。ごめん」

 ぺこりと頭を下げるクロル。


『おっと。ザックがこっちに、話は終わりのようだ。では、私は畑を見張るとしよう』

「ん。私も頑張る」

 ザックがこっちに近づいてきていたので、手短にやり取りを済ます。


「どうだ。何か成果はあったか?」

「……」

「てっ。なに立ててんだ」

 無言で首を振るクロル。畑に立てられた俺に気づくザック。


「『野菜。盗むべからず』って。おまえなー、犯人探すんじゃなかったのか。警告してどうすんだ」

 看板を立てても不自然ではないように気を利かせてみたが、確かにザックの言う通り、犯人に警告するのもおかしな話かも。


「だいたい、村に文字を読める奴は、ほとんどいない。こんなものなんの意味もねーよ。はぁー。まあ気が済んだなら。村に戻るぞ」

「ん」

 ちらりと俺を一瞥し、ザックに続くクロル。


 俺は任せろという意思を込めて、土属性魔法を使いクロルのポケットの小石を動かしてみせる。

 さーて。頑張って畑を見張るとしますか。さあ、犯人よ。かかってくるが良い!




 ……そう気合を入れたのが数時間前。すっかり夜の戸張が降りたが、今のところ犯人の現れる気配はない。

 うーむ、星が綺麗だなぁー。電灯などないこの世界では夜は暗く、燦然と輝く月や星がくっきりと見える。


 これを見るたびに、前世の都会の空と比べてしまう。そして思うのだ。そもそも思い出し比べられるほど、空を見上げたことなどなかったことを……。

 と、あまりに暇なので、詩的なことを考えてみる。いやー、いくら綺麗な空でも、もう二カ月もお世話になると、感動も薄れるな。


 はぁー。本当に退屈である。辛い……。やっぱり独りぼっちは辛い。もう慣れたと思ったが……。

 なんだか寂しい。なまじクロルと出会い、人と話せることの大切さを思い出したのが悪かったのかも。


 夜の静寂の中、こうして空を見上げると、星星が燦然と輝いていて。まるでこの世界には俺しかいないようで……。

 これはキャラじゃないか。うーむ。クロルは何をしているのだろう。


 いや、時間的に眠っているだろうけど。俺と別れた後、大丈夫だっただろうか。

 村人やザックはともかく、村長は優しかったし、大丈夫だとは思うが。


 しかし村社会か……。うまく言葉にできないが厳しいな。まさか、よそ者ってだけで盗人だと言いがかりをつけられるとは。

 おかげで、クロルの生い立ちが余計に気になり出してしまったよ。


 思ったよりも排他的な村社会。あんな小さいのに一人で旅をすることを決意し、村を飛び出したクロル。

 それも、大した準備すらせずに……。お金も持っておらず、完全にサバイバルしか生活の道はないという状態でだ。


 それでも、村にいるよりはマシと、クロルはそう思ったのだろうか? だとすると、想像を絶する。

 それほどまでに住んでいた所は居心地が悪かったのだろうか? やっぱり迫害を受けていたのだろうか?


 うーん。気になる。考えても答えなど出ないというのに、時間だけはあるせいで考えてしまう。

 いっそ、クロル本人に聞ければ楽なのだが、それで本当に辛い過去が存在したらどうする?


 こういうことは、もっと親しくなってからじゃないと。いや親しくなってからでも、尋ねる場合は慎重を期さねばならないだろう。

 というか、そもそもクロルは俺のことをどう思っているのかな? まあ、出会ってまだ二日だし、ほぼ赤の他人だけどさ。


 それでも、初対面の印象とかどうなのだろうか。看板である俺のことを、どう思ったのだろうか?

 クロルは口数が少ないうえに、喜怒哀楽が表情に表れない。ゆえ、その内面を知ることは容易ではない。気になる……。


 とっ、そんなことをぐるぐると考え続けていたとき、ある音を拾う。

 それは「がさがさ」という。木の葉や草が何かとこすれて発生した音。発生源は右側のほうからであった。

 すぐに、音が聞こえたほうを注視する。


「がさがさ」

 再び物音。ふむ、明らかに風の影響で揺れたわけではない。もしや、野菜泥棒がやって来たのだろうか?

 だとしたら、随分と間が抜けた奴だ。


 せっかくクロルに疑いが向いているというのに……。

「がさがさ」

 音が近くなり、今度は揺れる茂みも目視できた。どうやら、こっちに近づいてきている様子。


 ふむ。犯人の正体をより正確に知るため、ステータスを見る準備をしておこう。名前だけしかわからないが、それだけで十分である。

 しばらく茂みが揺れているのを眺めていると……。おっ、ついにきた! 茂みを掻き分けて中から何かが飛び出した。

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