募る想いを胸に抱いて~女性サイド~
自前のバレンタイン企画『告白2018』作品。先に投稿した男性サイドに対する女性サイドの物語です。
なぜか印象に残ったのはきっと彼がとても小さかったから…。
小学校6年の陸上記録会。
私は走り高跳びの選手に選ばれて競技場に来ていた。ちょうど競技中に男子の3.000m競争が始まるところだった。その中に一際小さな選手が居た。第一小学校の選手だ。私は自然と彼を目で追ってしまった。ずっと最後尾を走る彼。ラスト1周になって彼が猛然とスパートした。ゴール寸前でトップの選手に並んでゴールになだれ込んだ。結果は2位だった。
「やった! 黒崎君が勝ったよ」
親友の亜衣が飛び上がって喜んだ。そう言えばウチの学校の選手も出場していたんだった。けれど、悔しそうに天を仰ぐ彼の姿が忘れられなかった。
春。
中学校の入学式。
私は亜衣と一緒に登校した。組み分け表を見た亜衣が残念そうに呟いた。
「別のクラスになっちゃったね」
体育館に入るとクラス別に出席番号順に並ぶように指示された。同じクラスの私の隣に小さな男子が居た。あれ、この人は…。
「ちび太、またいちばん前だな」
背の高い男子がそう言って彼をからかった。二人のやり取りに思わず笑い声が漏れてしまった。その時の彼の挑戦的な眼差しに私はドキッとした。
教室に入ると彼が隣の席に座っていた。相川寛人。彼の名前。
「ちび太君、ヨロシクね」
悪気があったわけではないのだけれど、普通に挨拶をするのが恥ずかしくてつい、そう言ってしまった。
「チビで悪かったな。そのうち、追い抜いてやるから覚悟してろ」
さっきと同じ挑戦的な目で彼は言った。
「うん、楽しみにしてる。ちび太君が私を追い抜いたら彼女になってあげる」
あの時からきっと私は彼のことが気になっていた。こんなことを言ったのだけれど、本当は今すぐにでも仲良くなりたかった。お互い、出席番号1番同士。これからの学校活動で何かと一緒に過ごすことは多いだろう。少しずつ彼と仲良くなれたらいい…。そう思ったら、なんだかとても嬉しくなった。
彼は目に見えて身長が高くなった。2学期が終わる頃には5cmくらい伸びたのではないだろうか。
冬休みが明けるとクラスの女子たちがそわそわし始めた。もうすぐバレンタインデーだから。
「友里は誰か渡す人居るの?」
亜衣に聞かれて答えた。
「居るんだけど…」
「だれ?」
「そんなの言えないわよ」
私は逃げるように走り去り、何とか亜衣の追撃をかわした。バレンタインデーに男子にチョコなんて渡したことはない。せいぜい父親にお小遣いで買ったものを渡す程度だった。でも、今年は彼にあげたい。手作りチョコの様なものは恥ずかしくてあげられないから、コンビニでいちばん安いものを買った。
2月14日。
クラスの女の子たちはみんな和田君にチョコをあげている。私だけ彼に渡すのは勇気がいった。思わず、私も和田君にチョコを渡してしまった。小さなものだし義理チョコにしか見えないと思ったから。席に戻ると彼の姿は無かった。次の日、彼は欠席だった。風邪が流行っていたし、熱でも出したのかも知れない。たった1日彼が隣に居ないだけで、学校がこんなにつまらないものだとは思わなかった。
2年になった。クラス替えが行われた。
「やった! 今度は同じクラスだよ」
亜衣が嬉しそうに近づいてきた。私は思わず笑みがこぼれた。クラス名簿の一番上、私の隣に彼の名前があったから。席に着くと彼が背比べをしようと言った。
「すごいね。入学した時はあんなに小さかったのにね」
「そうだろう。だから…」
「ん? だから?」
「いや、なんでもない」
彼はなんと言いたかったのだろう…。もしかして、私に彼女になれとか…。まさかね。
「へー、相川くんって前はそんなに小さかったの?」
興味津々で口を挟んだのは亜衣だった。その日の帰り、亜衣に話があると言われた。
「友里って相川くんのこと好きなの?」
焦った。思わず口を突いたのはこんな言葉だった。
「出席番号1番同士、何かと一緒にやっているからそう見えるだけだよ」
「じゃあ、私が相川くんのことを好きになっても怒らない?」
えっ! それはちょっと待て! なんでそうなる? けれど、私は頷く事しかできなかった。
9月。
修学旅行。
彼と同じ班。とても嬉しい。でも、亜衣も一緒。それも嬉しいのだけれど、なぜかとても不安だった。そこに和田くんが私たちの班に入って来た。人数が合わなくて余ったからなのだけれど、それなら、普通に6班に入ればいいのに…。去年のバレンタインデーにチョコをあげてから和田くんは少し馴れ馴れしい。
京都・奈良。
定番のコースを回る。最終日の午後。班別の自由行動。
強引に和田くんが私の隣を歩いた。その後ろを彼と亜衣が並んで歩いている。私は二人のことが気になって仕方なかった。
「あの二人、お似合いだね…」
そう言った亜衣の声が耳に入った。そして…。
「私は相川くんみたいな人が好き」
更に畳み込む亜衣。
「おう! お前らお似合いだ。付き合っちゃえよ」
和田くんが追い打ちをかける。
修学旅行から帰って来ると、亜衣は彼のそばから離れなかった。私はそんな二人を見ていられなくて思わず席を離れた。それを見た和田くんが声を掛けてきた。
「あいつら、いい感じだな」
私は苦笑した。一体、誰のせいでこうなった!
そうして迎えたバレンタイン。登校途中で亜衣が駆け寄って来た。
「これ、どう思う?相川くんは喜んでくれるかしら」
手作りチョコだった。
「いいんじゃない…」
親友の喜ぶ顔を見たら、何も言えなくなった。
「友里は和田くんにあげるんでしょう?」
「私は誰にもあげないわ」
「そうなの…」
その時の亜衣の不審そうな顔を見ていられなくて私は駆け出した。学校に着くと彼は休みだった。
3年になった。私はクラス替えで彼と別のクラスになった。けれど、亜衣はまた彼と同じ。もう、学校には行きたくないとさえ思った。そんな時、亜衣が私の元へやって来た。
「残念だったね」
「仕方ないわ。でも、私たちが親友なのは変わらないわ」
「違うよ。相川くんと違うクラスになって残念だったねってこと」
「何が言いたいの?亜衣は一緒でよかったじゃない」
「バカね。一年間、真後ろでずっと見ていたのよ。二人がお互いに好きなのは解かるわよ」
「お互いって…」
「気が付いてなかった? 相川くんは友里の事が好きなのよ」
「まさか!」
「そのまさかなの」
信じられなかった。そうだと解かっていれば…。亜衣はさらに言葉を続けた。
「相川くん、グンと背が伸びたでしょう? 最近、クラスでも人気があるのよ。だから、私がガードしておいてあげるから。今度のバレンタインデーにはちゃんと、チョコを渡しなさいよ」
私は意を決した。亜衣の言った事が間違っていたとしても、今度は彼にチョコを渡そう。
2月14日。
3度目のバレンタインデー。
彼の教室へ向かう。見つけた。他の女子が寄りつかないように亜衣が張り付いてくれていた。手前に和田くんが居る。私を見て表情が緩む。でも、私はあなたに用はないの。目指すは彼のもと。亜衣がタイミングを見計らってその場を離れた。一瞬、私の方を見てウインクをした。うん! 頑張る。私は彼の前に立った。彼は驚いた顔をしている。
「ちび太、約束だったから」
私は思い切って言った。いつの間にか私よりずっと背が高くなった彼を見上げて言った。
「ありがとう。頑張って背を伸ばした甲斐が…」
「ううん、私ね、相川くんがちびのままでもきっとこうしたわ」
「うん」
照れくさそうに答える彼の顔を私はいつまでも眺めていたいと思った。