第9話 人気者は大変なのです
上級学校に入校してから3日目。
本日から、ようやく通常授業である。
最初に生徒全員が簡単な自己紹介をして、授業が始まった。
授業内容は、初日の筆記試験であった歴史、政治、法学、算術の座学授業。
座学はこれに加えて、魔物についての特性や対処方法、魔法についての知識を講義する授業もある。
実技では主に各々の特性を生かした戦闘訓練。
これは各生徒に教師がついたり、生徒同士や個人で訓練をしたりといった具合である。
上級学校はハンター養成所のような体をとっているが、通う生徒は貴族の子女が多い。ゆえに戦闘がからっきしの生徒も存在した。
そのような生徒はまとめられ、教師が最低限の護身術を教えることとしていた。
昼休み。
生徒達は思い思いに席を立ち、身体を伸ばしたり、近くの生徒同士で話しながら食堂へと向かう。
対してレイフィードとミリルは口から魂が抜けていた。
午前は座学のみで、相変わらず異界の言葉としか思えない単語の羅列に二人が打たれ続けた結果である。
「……ぼぅっとしていても仕方ありませんね。
ミリル、私たちも食堂へ行きましょう」
レイは自分と同じように燃え尽きているミリルに声をかける。
しかし返事は返ってこなかった。
「ミリル?」
横を向くと、ミリルの姿がなかった。
周囲を見渡して姿をさがすと、
「ミリルちゃん、お姉さんと一緒にご飯食べようよ!」
「昨日の魔法すごかったよね。いつから魔法が使えるようになったの?」
「綺麗な銀髪だよね。ミリルちゃんってどこの出身なの?」
ミリルは女生徒に囲まれていた。
小柄でかわいらしく、最年少でクラス一の魔法使い。
好奇心を刺激された貴族の娘達に大人気であった。
(あぁ、やっぱり昨日の魔法のせいですよね……)
囲まれているミリルは、あわあわと慌ててはいるものの迷惑そうな様子には見えない。
むしろどちらかと言えば楽しそうに見えたため、レイは放っておくこととした。
いつも兄妹一緒にいる必要はないのだ。
(とは言っても、あの状態ではティオさんの様子を見ることはできないでしょう。
そちらは私が受け持たないといけませんね)
ティオニアはすでに席にはついていなかった。
教室を見回しても姿はない。
レイは、ティオが食堂へすでに移動したのだとあたりをつけ、自分も向かおうと廊下へと出たのだが、
「あ、レイフィードさん。ちょうどよかった。
これから昼だろ? 一緒に食べようぜ」
「……え?」
声に振り返ると、地方商人の息子がいた。
レイは、少年の名前は覚えていなかったが、自己紹介でそんなことを言っていた記憶がうっすらとあった。
年のころは17、18といったところか。レイよりも若干年上といった風だ。
いきなりほとんど接点のない少年に呼び止められ、レイは思わず固まってしまった。
「あ、あの……」
「ささ、早く行こうぜ。こんなところでゆっくりしていたら午後の授業に遅れちまうよ」
(貴方に声をかけられたから、こうして時間が経過してしまっているんですけど……)
とレイは思うものの、これから半年間も授業で顔を合わせる相手だ。
無下に対応して負の感情がついてまわっても面倒だ。さりとて、いい顔をして今後も付きまとわれるのも多いに面倒だった。
「……えと、せっかくですが私、別の方と約束をしていますので」
うまい言い訳が思い浮かばず、レイは適当な言葉で濁す。
もともとティオと昼を共にするつもりではあったので、目の前の少年に付き合うわけにはいかないのだ。、
「そうなの? じゃあその子も一緒でいいよ。いやー、ちょうどよかった。
今ウチの店でアクセサリーの事業展開を考えているんだけど、レイフィードさんのような女の子なら、どんなものが好みなのか聞いてみたかったんだよ」
少年は朗らかに笑ってレイの手を取ろうとする。
レイは反射的に手を引き、僅かに間合いを取った。
「……あれ?」
少年はまさかレイに躱されるとは思わず、手が空をきり戸惑いの声を漏らす。
(あ、反射的によけてしまいました……まぁ、いいでしょう)
「すみませんが急ぎますので。それでは」
無意識に身体が動いてしまったレイは、そのまま身を翻して振り返ることなく歩き出した。
おかしい。違和感がある。
レイは食堂へと行く道すがら、自身がなぜか注目を浴びていることに気がつき始めていた。
(こう他人に見られていると落ち着きませんね。
しかし、一体どういった理由で?
ミリルであれば、昨日の魔法の威力に興味をもたれて視線が向くことも理解できますが……)
レイにとっては目立つ心当たりなどまったくない。
不思議に思いながらも、食堂で定食を受け取りティオの姿を探す。
「今日は一人なのね」
「……ええ。ウチの妹は人気のようですから」
背後からパンを持ったティオに話しかけられ、レイは危うくトレイを落としそうになった。
「そうね。貴女も大層人気者のようだけど」
ティオは近くの椅子に腰掛け、焼きたてのパンを食べ始める。
相変わらず平静とした眼差しで、表情から感情はまるで読み取れない。
しかし、ティオの食べ方は一口一口が非常に小さくて、なんだか小動物が餌でも食べているようだ。
レイは自然とほっこりした気分になった。
「私が人気者? どこがですか?」
レイはティオの前に腰掛ける。
ほどよい暖かさの地鶏のスープを口に運ぶ。
「気づいていないの? 貴女、授業中かなりの視線を集めていたのよ。
ここに来るまでに声をかけられたりしなかった?」
「……はい。クラスメイトの方に」
「でしょうね。
その容姿であれだけ顕著にアピールしたのだから」
「……あぴーる、ですか?」
レイにはまったくわからないが、自分の現状についてティオには心当たりがあるようだった。
「…………まさか、天然でしたとでもいうの?
それなら私は貴女という人間の評価を大きく変えなければならないわね」
ティオがパンを口から離し、戦慄するようにレイを見る。
「えと、一体…………あ」
上級学校で授業が始まってから、まだ三日目である。
三日目の今日は普通に授業を受けていただけで、取り立てて変わったことはない。
一日目は筆記試験、二日目は武術試験と魔法試験だが、魔法試験はレイは見ていただけである。
ゆえに消去法で答えは出てしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください!
ひょっとしてティオさんが言っているのは、私が妹とした底抜けに頭の緩そうな模擬戦闘のことですか!?」
「なんだわかってるじゃない。びっくりさせないでよ」
ティオはふぅっと一息ついて食事を再開した。
「あれでなぜ私が好意を向けられることになるのですか!?
いえ、なんて頭の弱そうな娘だという意味で注目されるのはわかりますが……」
「答えは出ているじゃない。
そのとおり。貴女はあの頭の弱い『ぶりっこ』のようなもので何人かの男性のハートを射止めたのよ」
「そんな馬鹿なことがありえるのですか!?
だってティオさんはあの時の私のこと、おかしな人だと思ったんですよね!?」
「おかしな人というよりかは、恐ろしい人だと思ったわ。
あの光景は『ぶりっこ』だと頭でわかっていても平静でいられる男性なんて……ましてや成人したばかりの年頃の男の子では一溜りもないわ。
貴女の容姿とも相まって、私から見てもかわいらしいと思ってしまったもの。
同じ女として敬意を払うに値するわ」
「そんなのこれっぽっちもいりませんよぉぉぉ」
もはやレイの気力は限界まで削られていた。
なぜ本職の女性にまで、ましてや護衛対象者に、女装している自分が女として敬意を払われなければならないのか。
レイは心中で昨日の自分を呪う他なかった。