第8話 魔法は使えると便利なのです
上級学校二日目、午後の授業は魔法試験であった。
主として攻撃魔法をどの程度扱えるか、といったものである。
「じゃあ、姉さん。行ってくるねー」
ふんふんふんと鼻歌を歌いながら位置につくミリル。
10メートル程離れた的に対して攻撃魔法を発射するという、実にシンプルな試験であった。
すでに、これまでに数名の生徒が攻撃魔法を披露しているが、新米ハンター程度の攻撃魔法を放つ者は多く、中には魔法使いに師事でもしていたのかDランクハンターとも遜色ない魔法を放つ生徒もいた。
「次、ミリル・カーマイン。用意はいいか!」
「はい!」
教師に名を呼ばれ、ミリルは待機場所から一歩前に出て魔法を使うための集中を開始する。
ミリルはいつもよりも大分ゆっくりと魔力を集中させて、放射する準備をととのえた。
「……フレイム・バレット!!」
ミリルが突き出した両手から、凝縮されたこぶし大の炎弾が生まれ弾丸のように打ち出した。
炎弾は正確に的に直撃して燃えさかる。
待機していた生徒から、おおぉっと感嘆の声が上がった。
威力としては大したことはないが、ミリルは生徒たちの中では最年少である。
自分よりも年下の女の子が、正確に魔法を使用し狙い通りに効果を発揮させる技量に素直に感心しているのだ。
「いぇーい!! どう!? ねーさん見てたー!?」
ミリルはくるっと一回転してレイに向かってピースをする。
レイは、あははと苦笑して小さく手を振った。
「すごいわね、あの子。制御も完璧だし、あの様子だとかなり余裕があるでしょう」
レイの隣に移動してきたティオニアが賞賛する。
レイがいるのは魔法試験の待機列ではなく、魔法が扱えないとされている生徒の待機場所である。
ティオは魔法試験を受けていない。
つまり、魔法が扱えない、もしくは披露できるレベルの攻撃魔法を修得していないということなのだが……。
「……そうですね。ミリルは武術よりも魔法を扱うことに長けています。
もしかしたらミリルの魔法であればクラスの上の方まで食い込めるかもしれませんね」
レイは慎重に言葉を選びながら話す。
魔法に馴染みがない者であれば、専ら注目するのは魔法の威力、もしくは魔法を放ったその結果だけである。
魔法の制御について関心がいくのは、魔法に精通している者であると考えるのが自然だ。
(……ティオさんは魔法が扱えるということでしょうか?
今日は攻撃魔法しか対象としていませんし、補助魔法が扱えるのであればティオさんがミリルを気にする視点はおかしくはないのですが……)
自分たちは単なる田舎貴族の娘。本来の実力を隠して、あくまでもそれなりの力しかないと思われている方が自然だ。
だが、もしかしたらティオも同じように何らかの隠し玉でもあるのかもしれない。
ティオは涼やかな目でミリルを見ている。
レイにはそれが、冷静にミリルの力を分析しようとしているように思えた。
「えへへへ、皆ありがとー。じゃあ次は期待に応えて全力で撃っちゃうねー!
…………キャノン・フレア!!!」
(え? キャノン? それCランク相当に分類される魔法では……?)
と、レイが思ったときは時すでに遅く。
ミリルが調子こいて放った魔法により、彼女の両手からは人の頭大の超熱の炎が一直線に発射される。
炎は焦げ付いていた的を跡形もなく燃やし尽くし、人の胴周りはある大きさの樹に直撃してへし折ったのだった。
………………。
場が静寂に包まれる。
皆、年下の女の子が、どう見ても自分たちを軽くぶっちぎったパワーの魔法を放ったことについて、理解を拒否している状態である。
大半の生徒がフリーズしていた。
「よ、よろしい。……下がりなさいミリルさん。
次! マリー・ゲシュタイン! 前へ!」
「…………は、はい!」
さすがに教師陣にとっては、自分達の力を上回るほどの魔法ではなかったため、どうにか試験の進行を再開した。
たまったものではないのは、ミリルの後の生徒である。
「……フリーズ・アロー!!」
その生徒は、どうにか別の的に向かって攻撃魔法を発動させたが、氷の矢は的に刺さらず弾かれるという本来の威力には到底届かないものであった。
直前のミリルが見せた格の違う魔法に動揺し、集中力が著しく削がれていたため必要な魔力を込めることができなかったのだ。
レイは一瞬だけ気の毒に思うが、ティオの顔を見てそんな考えは吹き飛んだ。
「あれでクラスの上の方かもしれないですって……?
…………上級学校の魔法使いというのは宮廷魔術師でも混ざっているの?」
ティオはじぃぃっとレイを睨みつけるように見ている。
「あは……ははは。謙遜が過ぎましたでしょうか……」
レイは背中いっぱいに嫌な汗をかきながら、あさっての方向を向いて胸中で叫ぶのであった。
(ミリルのお調子者ーーーーー!!!)