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第70話 別れの風は薄くたなびいて

 レイフィード達の前には一台の馬車がある。

 ミリルとティオニアと、そして若干疲れた様子のドルドレーグが、馬車の利用料金と快適さを考慮したものを探し当ててきたのだった。


「ドルドレーグさん。私たちの見送りだけでなく、馬車の選別まで付き合っていただいて本当にありがとうございます」


「いいんだよ、レイフィードくん。僕が好きでしたことなんだから」


「そうだよ。姉さんは気にしすぎだよー」


「……ミリルくんは、もうちょっとだけ気にしてくれてもいいんだけどね」


 ぼそっと零すドルドレーグ。

 ミリルは聞いているのかいないのか、まったく気にした様子はなかった。

 

「ドルドレーグの名前出しても、御者さんたちは全然ぴんっときてくれなくってさ。

 貴族割りでもできるかなぁって思ったのになぁ」


「だから最初に言ったじゃないか! 僕自身は大した身分でもないって!」


「ま、でもさ。ドルドレーグがいろいろ説明したり見立ててくれたから、馬車選びはスムーズにいったよ。

 よさげな馬車が見つけられたし、そこは感謝しとくね」


 上機嫌のミリルに、ドルドレーグは小さく嘆息した。


「……ミリルくんは、貴族の僕よりもよっぽど人を使うのがうまいようだね」


「そう? えへへへ」


 照れるミリルを見て、ドルドレーグは苦笑する。

 レイは、馬車選びの際にミリルがいろいろとドルドレーグに対して要望という名の無理難題を突きつけたのだろうと察して、思わず申し訳なさそうに頭を下げた。


「その、ドルドレーグさん。ミリルがご迷惑をおかけしました……」


「ははは、いいんだよ。僕なりの餞別だと思ってくれ。

 それより、そろそろ時間じゃないのかな?」


 と、まるでドルドレーグの言葉を聞いていたかのように、御者台から中年の声が響いた。


「嬢ちゃんたち!! もう出発の時間だけど、準備はいいか!?」


「あ、はい!! 今乗りますね!!」


 レイが答えて、ドルドレーグとナナミに頭を下げた。


「お二人とも、お世話になりました。

 どうかお元気で」


「こちらこそ。特にナナミが迷惑をかけていないかと、僕は本当に心配だったよ」

  

「いえいえ! ナナミさんには、本当によくしていただけましたので」


 レイが本心から言うと、ドルドレーグはほっとして笑みを浮かべた。


「そうかい? それならよかった。

 また王都に来たときには、是非フランシール家を尋ねてくるといい。

 歓迎するから」


「ありがとうございます。それでは」


 レイがもう一度頭を下げて、馬車に乗る。

 レイに続いてミリルが、


「それじゃ、またねー」

 

 と手をひらひらさせて乗り、最後にティオが、


「さようなら。今度はもう少し、ゆっくり話しましょう」


 馬車に乗りこんだ。

 御者はレイ達が乗ったことを確認すると、すぐに馬車を動かした。




 ドルドレーグとナナミは、馬車を見送っていた。

 レイたちの乗った馬車が王都の門を抜けると、その姿は完全に見えなくなった。


「じゃあ、僕たちも戻るとしようか」


 ドルドレーグが振り返って歩き出すと、ナナミも斜め後ろにつき従った。


「それにしても、ティオニアくんの言うとおり、もっとゆっくり話でもできればよかったんだがなぁ」


「そうですね。三人とも、皆かわいらしい方々ですから。若にとっては大いにそうでしょうね」


「あのな、僕はそういう意味で言ったんじゃないからな?

 あの子たちは、なんというか……面白くて、好感が持てる子たちだったからな」


「でもかわいかったですよね?」


「そこは否定しないけど、強調しすぎるところでもないからな」


「はいはいムッツリムッツリですね、若」


「ぐぅ!? ナナミぃ……」


 ドルドレーグが反論しようとしてナナミを振り返ると、意気込んだ気合はすべて霧散してしまった。


「…………」


「どうしたのですか、若? そんなに驚いて。

 まるで絶世の美女でも見つけたかのようですよ?」 


 ナナミの軽口に、ドルドレーグは曖昧に息を漏らした。


「そんな意図はない。が…………絶世の美女を前にする程度には、珍しいものを見ているな」


「そうですか。

 メイドに対してとはいえ、あまり女性の顔をまじまじと見るものではありませんよ?」


「それもそうだな」


 それきり、二人は黙って歩く。

 屋敷が近くなってきてから、ふと、ドルドレーグが思い出したように告げた。


「ナナミ。お前が望むのなら、レイフィードくんたちと共に行っても構わないぞ?」


「……どうしたのですか、急に」


「別に。ナナミがいつまでも僕に付いている必要はないと言いたいだけだ」


「そうですか。ですが今のところ、若の下を離れるつもりはありません。

 大恩ある旦那様に、未だ恩返しができたとは言えませんしね」


「そうかい? ナナミがそれでいいなら、僕は構わないけどね」


「それでいいのです。

 …………まったく、若のくせに変な気を遣わないでくださいよ」


「くせにとはなんだ、くせにとは!?」


「では、若ごとき?」


「お前なぁ…………はぁ。本当に口の減らないメイド様だよ。いい性格をしている」


「はい。自分でも健気な性格だと熟知しています」


「屋敷に戻ったら、健気という意味を辞書で引いてみるといいぞ」


「ご命令とあらば、そのように致しますね」


「…………本当に口の減らない。

 確かにナナミはそういう性だったな。心配した僕が馬鹿だったよ」


「若ごときに心配されるなんて…………とても屈辱的ですね」


「ごときって、それ続くのか? だいたい屈辱的ってなんだ!?

 いくらなんでもメイドの言葉としては…………」


 ひどくないか、と続けようとしてドルドレーグは足を止める。

 ナナミがドルドレーグの後ろにまわって、裾をつかんでいた。


「ナナミ?」


「本当に、変な気を遣わないでください。馬鹿」


「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」


「馬鹿だから馬鹿と言ったのです。人の気も知らないで。

 いつも察しが悪いくせに、こういう時だけ変なことを言うから私の調子が狂うのです」


「それは悪かったな」


「本当です。

 …………だから罰として、そこに立っててください。私がいいと言うまでですよ?」


「随分と懐かしい感じの罰だな」


「うるさいです。黙っててください。若は壁にでもなっていればいいんです」


「はいはい」


「壁は返事などしません」


 ドルドレーグが沈黙する。

 ナナミは数秒間待ってから、ドルドレーグの背中に頭をくっつけた。

 不規則になりそうな呼吸を無理矢理抑えるように、ナナミはドルドレーグの裾を強く握っていた。


 人通りの少ない道を、緩い風が吹き抜けていく。


「…………いつか、僕たちの方から会いに行くとしようか」


 ドルドレーグが呟くように言う。

 ナナミは無言でドルドレーグの背中を叩いた。

 



 ◇ ◇ ◇




 馬車の中で、なぜかレイはミリルに正座をさせられていた。

 レイがミリルになぜと問うても、いいから正座! としか言われず埒があかなかった。

 レイは若干不満に思いながらも、揺れる馬車の中で正座をするハメになっていた。


「で、姉さん。その頭どうしたの?」


「どうしたのというのは……」


 半眼で見てくるミリルに、レイは僅かに首をかしげた。

 いつもはまとめていた銀髪を今は下ろしていた。

 先ほど、ナナミに髪をとめていたゴムを渡してしまったからである。


「みつあみはやめたの? でもいいんじゃない。

 いつもよりもそっちの方が似合っているかも」


 レイの見慣れない髪型を、ティオは興味深そうに眺めていた。

 ミリルはぐっと拳を固めて力説する。


「確かにかわいいけど! ティオさんの言うとおり、ふわっふわしててすっごくかわいいけど!! なんだかその辺の男が変な気起こして連れ去られちゃいそうなくらいのかわいさだけど!!!」 


「あの……おかしな風に強調しなくていいですから」


「なぁぁあんで、ナナミさんと話をしていたら髪型変わってるの?」


「はぁ。ナナミさんに私の髪を縛ってたゴムを渡したからですけど?」


「だからー、なぁぁあぁんでそんなことになるの?

 ううん、姉さんに説明されなくても大体わかるけどさ」


「なんでって、話の流れとしかいいようがないんですけど……」


 ミリルは腕を組んで大仰にため息をついた。

 レイには、ミリルがなぜそんな呆れているのかわからなかったが、バカにされていることだけは伝わってきた。


「姉さんは、見た目だけじゃなくて、中身も少しは乙女にならなきゃダメだね」


「なんですかそれ!? 絶対嫌ですよ!!」


「そうなの? 家庭的なレイも見てみたいけど」


「ティ、ティオさん…………お願いですから、それは勘弁してください」


「そんなに嫌がるもの? それならもう言わないけど」


「申し訳ないですけど、本当に嫌なので言わないでください。後生ですから」


 ティオは不思議に思いながらも頷いた。なぜだかレイを気の毒に思ってしまったのだ。

 ティオが頷くと、レイは心底ほっとした。


 レイは、この半年の冒険者学校での女装生活を経て、外見上の無駄な乙女らしさが板についてきてしまったのではないかと危惧していたのだ。

 自分が男らしいとは言わないが、中身まで女になってしまったらいろいろと自尊心が持たないと確信できた。


「思えばマリーさんだって、なぁんか妙な雰囲気だったしなぁ。

 姉さん、無差別爆撃はよくないよ? もし狙うんだったら、ちゃぁんと目標は定めなきゃダメなんだから」


「いや、だからなんの話ですかそれは?」


「……………………るぅわぶの話」


「「るぅわぶ?」」


 レイとティオが同時に首をかしげた。

 ミリルが言いたいのは恋の話であるが、レイが男であると気づいていないティオの手前もあり、またレイに言うのもシャクに感じてしまって、結果、ミリルはわけのわからない発音で濁すのだった。




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 第一部とも言える、『冒険者学校編』はこれにて終了です。

 よろしければ、感想等いただけると励みになります。


 続きも書いているのですが、なかなかうまくいかずに難航しているところですので、ここで完結とさせていただきました。

 無事に書き切れた際は、ひっそりと更新しますのでよろしくお願いします。



 ちなみに今は、『強い男はモテると思って最強の剣聖になったけど、10年経っても未だにモテない件(実際はモテてる)』という作品を書いているので、興味があればどうぞ読んでみてください。

 

 それでは、ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

 楽しんでいただけたなら幸いです。

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