第67話 ゲシュタイン兄妹が、あらわれた
夜風が吹いている。
ナージュに先んじて、マリーは一歩前に出て仁王立ちをしていた。
「遅いッ! ですわ!!」
不機嫌さを隠そうともせず、マリーはふんっと鼻息荒く言い放った。
「まったく! ワタクシも兄さまも暇ではないのですよ!?
学校へ戻ってくるのなら、せめて日中に戻ればいいものを!!」
「ちょ、ちょっとマリーさん、落ち着いてください……」
詰め寄ってきたマリーに、レイフィードは両手で抑えるようにマリーの肩に触れる。
しかし、マリーはお構いなしにずんずん前へ前へと来るため、結局レイはどんどんと後ろに下がるハメになった。
「ワタクシは落ち着いていますわ!
貴女の方こそ、よくもまぁこんなにのんびりと来れたものですね!?
卒業試験はとっくの昔に終わっていて、他の皆さんはすでに方々へと戻られましたよ!!」
レイは、遅れてきたのはよくないことだとわかっていたが、約束をしていたわけでもないマリーに、どうしてここまで怒られるのかイマイチ理解できないでいた。
「え、えと、一応はこれでも急いで来たんですよ。馬車の乗り継ぎがなかなかうまい具合にいかなくてですね……。
あ、そういえば先生方から聞きましたよ。
おめでとうございます、マリーさん。宮廷魔術師の試験、合格されたんですね」
「露骨に話をそらしてきましましたわね……」
マリーは未だ納得行かない様子であったが、レイの言葉に嬉しさを堪えきれず、ふふんっと得意げな顔をした。
「ありがとうございます、と言っておきますわ。
上級学校から合格したのはもちろんワタクシだけですし、合格自体は当然のことですけどね」
「あははは。いや、さすがです」
「もっと褒め称えるがいいですわ。
卒業試験でのワタクシの活躍っぷりを見れば、そんな暢気に笑ってなどいられなかったでしょうから」
「想像しかできませんが、きっとすごかったのでしょうね。
ここ1、2ヶ月のマリーさんの成長度には目を見張るものがありましたから。
半月程の時間でも、きっと見違えるほどになっているのでしょう」
「当然ですわ!」
きっぱりと言い切ってから、マリーはつまらなそうに呟いた。
「…………きっかけを作ったのは貴女なのだから、せめて見届ければいいものを」
「はい? 私、マリーさんに何かアドバイスしたりしましたっけ?」
「……別に何も言われていませんわ。
攻撃魔法もロクに使えない人の話など、ワタクシの参考になるはずないでしょう?」
そっぽを向くマリーに、レイは『じゃあきっかけって何?』と、やはりイマイチ理解できずに首をかしげるのだった。
レイとマリーのやり取りを傍目に見て、ミリルは半眼になって呆れていた。
「あれ、なんなの? 喧嘩売ってるの?
わざわざお忙しい中、こんな夜になってから学校に戻ってきて?」
レイとマリーを除いた3人は、完全に蚊帳の外にされてしまっていた。
ナージュはミリルに同感であったが、急に元気になった妹を見て苦笑する。
「まぁそう言ってやるな。
あいつもお前たちがいきなり学校からいなくなったものだから、随分と落ち込んでいたんだぞ。
このまま会えずに別れていたら、しばらくは引きずっていたかもしれん」
「お前たち、ねぇ……」
ナージュの言葉どおりなのか、マリーはレイに対して生き生きと文句をぶつけていた。
「なーんか格差を感じるんですけどー?」
「羨ましいのなら、お前もマリーのところへ行くといい。喜んで相手をしてくれるだろうよ」
「……いい。別に羨ましくはないから」
どこか不満気なミリルは、諦めたようにため息を吐いた。
「あんなに落ち着きのない王宮魔術師なんて、前代未聞だろうねー」
「俺たちは、まだ見習いのようなものだからな。
いずれは皆に認められるよう強くならねばな」
「あー、ナージュさんも騎士の試験は受かったんだっけ。それも、ちゃっかり近衛騎士の方を」
「騎士の試験については数日前の話だったが、今日の卒業試験をグランさんが見てくれていてな。彼の推薦の結果次第だが、ねじ込まれる形になる予定だ。
とはいえ、実質は近衛騎士の下部組織だがな」
話すナージュに気負った様子はないが、さりとて不抜けているわけではない。
程よい緊張感を纏っており、ありていに言えばこれからの騎士生活に期待とやる気が満ち満ちている様子であった。
ミリルは、モチベーションが高まりまくっているナージュを見て、
(……こういう脳筋チックなところは、ちょっと姉さんに似てるんだよねぇ。男の子だぁ)
などと無駄に年寄り臭く思うのだった。
ティオニアは、未だマリーの勢いを受け止めているレイ達をぼぅっと見ていた。
マリーのくどくどとした物言いに、よくいろいろと不満が出てくるとは思うものの、不満を言ってる割りに楽しそうに見えるのが不思議だった。
「しかし、君がハンターになるというのは少々意外だったな」
ナージュに話しかけられて、ティオは振り返った。
「レイフィード達と君が共に学校を出るとき、そんな話をチラリと聞いたがな。
てっきり冗談だと思っていたよ」
「こちらもいろいろあってね。
けれど、私も貴方と同じくらいには今後を楽しみにしているわ」
「ふっ。貴族の子女が言う台詞とは到底思えないな」
ナージュは少しだけ荒い、しかし好意的な笑みを浮かべた。
ティオはナージュの態度を意外に思った。
「……貴方の方こそ、貴方らしくない台詞ね」
「ん? どういうことだ?」
「貴方って、力を持っていない人間には興味がないと思っていたわ。
正直、今話しかけられて、ちょっと意外に思っているの」
「は? …………ははっ。ははははは!」
ナージュは一瞬だけ止まってから、こらえきれずに笑い出した。
ティオが不思議そうに見ている。
「笑うところ、あった?」
「いや、失礼した。そうまで、はっきりと言われることはあまりなかったんだ。
確かに俺は弱い人間が好きではない。
だから俺は、レイフィードを好意的に思っているし、いけすかない子どもと思っているミリルのことも、根っこのところでは認めている。
もちろん、君のように貴族らしからぬ実力と、気性を持った人も嫌いではないな」
「……いつかの試合で、私は貴方にあっさりと敗れたのだけど」
「そんなこともあったな。
だが今は、俺も君もその時とは違う。だろう?」
挑むような目をするナージュに、ティオは迷いながらも頷いた。
「俺は強くなりたい。俺の目標としている人の背に少しでも近づき、肩を並べ、いずれ追い越すために。
君は、俺と目的は異なるだろうが、強くなろうとする向上心の鋭さは大差ないと思っている。
…………なるほど、そう考えると、君がハンターというのもなるべくしてなったのかもしれないな」
ナージュは、ふむふむと一人納得して頷いた。
「いつかまた会うときを楽しみにしているよ」
「そうね。貴方の期待はずれにならないようにするわ」
「ははっ。そんな心配は無用だと思うがな」
本当におかしそうにナージュは忌憚なく笑った。




