第62話 突撃、あなたのお屋敷へ!
アサシン襲撃とアーノルドとの激戦があった翌日。
レイフィード、ミリル、ティオニアの3名は王都オルレシアンを出発していた。
貸切馬車の中で、レイは若干居心地悪そうに、ティオは落ち着いて、ミリルは横になってくつろいでいた。
「すごいねー、この馬車。あんまり振動ないから、寝っ転がっても気になんないよー」
「他の馬車だと、もっと揺れたりするの?」
「やっすーいのに乗るとすごいよー。クッションあっても、ちょっと座ってればすぐにお尻痛くなるから」
「ふぅん。少し興味あるわね」
「絶対オススメしないよぉ。こんな快適な馬車に乗ったら、ミリルはもー、普通の馬車だって乗れないよー」
ゴロゴロ転がるミリルに、ティオはクスクスと笑った。
「…………ミリルはよく平気ですね」
「え? どしたの姉さん? こんなに快適な馬車なのに」
「馬車は私も素晴らしいと思います。移動にかかる費用は変にケチらず、一考の余地があることは痛感しました」
レイは難しい顔をしたまま、目的となる地に思いを馳せた。
「どうして、こうなってしまったんでしょうね……」
「理不尽に対抗するためでしょ」
「いえ、そうなんですけど…………これって、冷静に考えると……ちょっと、どうなのかなと……」
「もー、まだそんなこと言ってるの? 昨日あれだけ考えて全部決めたでしょ」
「…………ええ」
「大体、そんな風に優柔不断だと、ティオさんにだって失礼なんだからね」
あっ、とレイがティオを見ると、ティオは平然としていた。
「いいのよ、ミリル。レイの考えもわかるから」
「えええええ!? ミリルはわっかんないなー。だってどー考えたって答えは一つしかないじゃん?
みんな賛成なんだから。それとも姉さんは反対なの?」
「いえいえ! 私も賛成なんですよ? 賛成なんですけど……やっぱり、こう、いいのかなーと思ってしまうわけでしてね……」
「あ、そーだティオさん! この前のラグア村でもらったおまんじゅうあったでしょ? さっき売ってたから買ってきたんだ! 一緒に食べよ?」
「ありがとうミリル。……うん、おいしいわね」
「ねー。姉さんも食べる?」
「私は…………私は、今はいいです…………」
「そ?」
「おいしいのに」
「今は……ちょっと、胃が…………」
レイは微妙な表情で腹をおさえていた。
◇ ◇ ◇
レイが胃痛に悩まされて約一週間が過ぎた。
現在、レイたちは、威圧感が溢れているような巨大な屋敷の中にいる。
応接室に通された3人は、シックに見えるものの座り心地のよい椅子に腰掛け、2人の品のいい男女を前にしていた。
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
ティオが小さく頭を下げる。
男の方が満面の笑みで、うんうんと頷いた。
「お帰り、ティオニア。半年経って、少し大人っぽくなったか」
「はい。この半年は私にとって、想像以上に貴重な時間でした。自分なりに成長できたと実感しています」
はっきりとしたティオの言葉に、壮年の男――ニーグレッツ・エルリエールはうんうんと満足そうに頷いた。
ニーグレッツの隣に座る妙齢の女――ファリエル・エルリエールが切れ長の目を開いた。
「まぁ、ティオニアがそのようなことを言うなんて、めずらしいわね」
「……いろいろとありましたから。
早馬に出した手紙は目を通していただけましたか?」
「もちろんだ。本当に大変だったなティオニア。レイフィード殿たちも、娘を護ってくれて感謝する」
「恐縮です」
ニーグレッツからいきなり話を振られ、レイは内心しどろもどろになりながらも、どうにか平静を装い一礼する。
「ティオニアを襲った者、アーノルドについては、こちらでも調査している。といっても有力な情報はまだ入ってきていないがな。
アーノルドは、『崩壊の鐘』という地下組織に属している。組織の人員はそれほど多くないが、実力者ばかりのようだ。
我が国の内部……おそらく中枢と繋がりがあり、隣接国とも同じような状況が疑われているな」
ニーグレッツは腕を組んで嘆息する。
「アーノルドは3年前から上級学校に教師として雇われていたようだ。
召喚術を得意とし、魔獣級の魔物すら使役すると聞いている。まったく、とんでもない相手だな。
レイフィード殿、ミリル殿。本当にティオニアをよく護ってくれた。依頼したのが君たちでなければ、今頃娘はどうなっていたか……」
「私どもは当然のことをしたまでです。
むしろ、ティオニア様に危険が及んだこと、事前に抑止できずに申し訳ありませんでした」
「いいのだ。私も馬鹿ではない。それがどれだけ難しいことであるかは想像がつく。
ティオニアが無事であれば、それでいい」
ニーグレッツは心底安心したように息を吐いた。
と、思い出したようにニーグレッツは顔を上げ、近くに控えていたメイドを見た。
メイドは一度部屋を出て、革袋を手にしてすぐに戻ってきた。
ニーグレッツがメイドから革袋を受け取り、レイの前へと置いた。
「早馬の連絡を受けて、あらかじめ用意しておいたのだ。
レイフィード殿、ミリル殿。今日までご苦労だった。勝手ながら依頼料は倍にさせてもらった。
ギルドへはすでに話を通してある。完了の報告だけしてもらえれば、問題ないだろう」
「ありがとうございます」
レイは、深々と一礼した。
それからメイドが茶と軽食を用意し、5人で軽く談笑をした。
一段落が尽き、静かになったところでファリエルがティオに顔を向けた。
「それにしてもティオニア、上級学校でのことは大変だったでしょう?
しばらくの間はゆっくりなさい」
「それがいい。
レイフィード殿、ミリル殿も、よければ今日は泊まっていくといい。部屋は用意してある」
二人は微笑を浮かべた。
伯爵家として、ハンターへの応対としては最上級ともいえるものだった。
(……ニーグレッツ様は予想通りですけど、ファリエル様も私たちに好意的だとは思いませんでしたね。
イマイチ何を考えているのか読めないですけど……)
レイはちらりと、ティオとミリルの顔を見た。
二人とも小さく頷く。
(姉さん、言ってやってよ!!)
ミリルの目が怪しく光り、ティオは期待するような顔をしていた。
レイは二人の勢いに押されるように、少しだけのけぞった。
(うぅ…………本当に、本当にいいんでしょうか……?
とはいえ、別の考えは浮かばなかったわけで…………このままでいいはずもありませんし。
…………ええい!! ままよっ!!!)
レイは決意を固め、短く息を吸い、
「御好意感謝致します。ですが、私たちはすぐにここをたちますので」
「何か別の依頼を受けているのか?」
「いえ、上級学校へと戻ります。未だ生徒の身でありますので」
うん? と、ニーグレッツが怪訝な表情を浮かべる。
「……ティオニアはもう学校へは戻らないのだし、レイフィード殿たちも戻る必要はないのではないか?
それとも、何か上級学校に用事でもあるのか?」
「いいえ」
「では、わざわざ戻る必要はないだろう?」
「そうではありません。私とミリル、そしてティオニア様も。3人で学校へ戻るのです」
「…………レイフィード殿?」
ニーグレッツが眉をひそめる。
ファリエルも怪訝な表情を浮かべていた。
困惑する二人に向かって、ティオが若干身を乗り出した。
「お父様、お母様。私、この家を出ようと思います。
この二人と共に、私もハンターとして生きていきます」
「な!?」
ニーグレッツが大きく口を開けて立ち上がった。




