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第61話 ただ、それだけで

 アーノルドの気配が消えてから、レイフィードは大きく息を吐いて、


「…………っと……」


 ふらり、と身体が揺れて倒れそうになった。


「きゃ!? ちょっと、レイ!?」


 ティオニアは慌ててレイを支えると、レイはゆっくりと膝をついた。


「…………はは。申し訳ありません、ティオニア様」


「レイ!? 待ってて。今すぐ回復魔法をかけるから!!」


 ティオが焦りながらも詠唱を完成させる。


「ハイヒール!!」


 ティオの魔法が発動し、レイの負傷部位は見る間に回復していった。


「……ありがとうございます。大分楽になりました」


「これでおおよその傷は治癒できたと思うけれど……」


「はい。…………すみません、もう大丈夫ですから」


 レイは立ち上がってティオから離れようとすると、ふらりと身体が大きく揺れた。


「……っとと」


 レイがバランスを崩すと、ティオがレイの手を取って引いた。


「いいわ、このままで」


 ティオに手を引かれて、レイはティオの身体におさまった。

 ふとした甘い香りに、レイは顔を赤くした。


「よ、よくないです! 私、血や泥で全身汚れてますし! す、すぐ離れますから!!」


「何言ってるの? 貴女、ふらふらじゃない」


「大丈夫です! 大丈夫ですから!!」


 なおも離れようとするレイを、ティオはぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫なわけないじゃない、馬鹿!!」


 激高するティオに、レイは目を丸くした。


「……ティオニア様?」


「こんなにボロボロになって、ものすごい魔法だかおまじないだかで、あんなに身体を酷使して!! 平気なわけないじゃない!!!

 傷が回復したからって、気力までは回復しないんだから!!! 今は、おとなしくしてて!!!!」


 普段からは想像もできないような強い口調のティオに、レイは面食らう。 

 レイの背中に回った手が震えていた。


「…………わかりました。それでは少しだけ、休ませてください」


「わかればいいのよ」


 レイはティオを支えにして、僅かに体重をかける。

 影をひとつにして、二人は沈黙した。


 何度か弱い風が吹いた頃、緊張していた互いの力が抜けて、レイは謝罪した。


「……ティオニア様、申し訳ありませんでした。

 私たちは今まで、ずっと貴女を欺いてきて……」


「いいわ。そういう依頼だったのでしょう? お父様の考えそうなことね」


 ティオが苦笑して、ぎゅっと手に力を込めた。


「私の方こそ、貴女にずっと黙っていたわ。

 こんな力、打ち明けるつもりなどなかったのだけど」


「ティオニア様……」


「思えば初めて会ったときから、私は貴女たちには調子を狂わされっぱなしだわ。

 そんな外見をしているのに、政略結婚には無頓着で、教養はほとんどないのに、強さは圧倒的で……。

 貴女たちは皆からとても慕われていたわ。それなのに、貴女たちは最初から変わらずに私と共にいたわね。

 貴女たちが、お父様と縁があったとはいえ…………今になって思えば、護衛のためだったのでしょうけど」 


「それは、その……」


「いいのよ。いまさら理由なんてどうでもいいの。

 面倒を見てあげていたと思っていたのに、気づいたら私は、貴女たちがいれば、それだけで心が暖かくなった。

 だから感謝するわ。今までずっと、私を護ってくれてありがとう、レイ」


「……いえ、当然のことをしたまでです」


「あはっ…………貴女はまるで、御伽噺の騎士さまのようね……」


 ティオがレイの背中を数度軽く触れた。


「…………本当に、来てくれるなんて思ってなかった。助けてくれるなんて思わなかった。だから貴女が来てくれたとき、私はとても驚いたわ。

 でもね、不思議と同時に、あぁ、来てくれたって思ったの。

 私は心のどこかで、もしかしたらレイなら来てくれるんじゃないかって、信じていたのかもしれないわ。

 だって、貴女たちは、いつも私のそばにいれくれたんだもの……。隣にいるのが当たり前のように感じるようになっていて、そんなだから、期待するなって方が間違ってると思わない?」


 ティオは、すんっと鼻をすすった。


「私はずっと、人と交わるのが怖かった。

 だって私を知れば、去っていくものだとわかっていたから。

 …………わかっていたはずなのにね。

 貴女たちとだって、ちゃんと距離を置いていたはずなのに。

 一緒にいると、どんどん距離感が曖昧になって、不安が大きくなったり、逆に感じなくなったりして。本当に調子が狂うわ」

 

「ティオニア様……」

 

「貴女は、私が怖くないの?

 こんな力を持つ私が、恐ろしくはないの?」


「…………ティオニア様の力は、恐ろしいものだと思います」


「そうよね」


「ですが、ティオニア様は怖くはないですね」


「……そう」


「ティオニア様の方こそ、私が恐ろしくはないのですか?

 私が言うのもなんですが、この惨状は私が引き起こしたものですよ」


 レイが周囲を見渡す。

 そこらじゅうに魔物が倒れている。中には原型をとどめていないものもいた。


「…………言われてみれば、貴族の娘であれば恐ろしいと怯えそうなものよね」


「貴族でなくても、普通は引きますよ。私自身、どうかと思いますから」


「じゃあ私は、やっぱりどこかおかしいのかもしれない。だって、少しも怖いと思えないもの。

 でも、それでいいわ。

 こんな気持ちでいられるなら……おかしくても構わない…………けど」


 ティオがレイから少しだけ身体を離して、真正面から不機嫌そうに見つめた。 


「私……レイにはひとつだけ不満があるの」


「え? な、なんでしょうか!?」


「……依頼が終わったときのことを考えると、今から憂鬱になるわ」


 ティオはわざとらしく大きくため息をついて、努めて明るく冗談めかして言った。

 声とは裏腹に、寂しげな目をするティオに、レイは胸が苦しくなった。

 

「ティオニア様、私は……」


「あ、不満、もう一つあったわ」


「え!? ま、まだありますか!?」


 慌てるレイに、ティオはいたずらっぽく笑った。


「…………敬語は、いらないわ。私を呼ぶのも、ティオで構わない。

 堅苦しいのは好きではないの」




 ◇ ◇ ◇




 十分程度休息して、レイとティオは演習場へと向かった。

 ミリルがアサシンたちと戦いをしている可能性もレイは考えていたが、すでにアサシンの気配も殺気も感じられなかった。


 二人が演習場に到着すると、


「あ、ねーーさーーーん!!!」


 ミリルがぶんぶんと手を振って、二人のもとへ走ってきた。


「無事だったようですね」


「姉さんもね!

 まぁ、ミリルちゃんは無敵だからさ!! この程度のアサシンなら、まだまだおかわりできるよ!!」


 得意気に胸を張るミリル。

 後ろには死屍累々とした黒ずくめの男たちと、トロルたちが倒れていた。


「ナナミさんも、大丈夫でしたか?」


「ええ。ちょうどよい準備運動にはなりました」


 ナナミは槍を手にしたまま、未だ疲労の残る表情でレイに微笑んだ。

 ミリルもナナミも、ところどころ服が擦り切れているものの、怪我らしい怪我はなかった。


「レイ様は、かなり手ひどくやられたようですね」


「あはは。その、こちらもいろいろありまして……」


「そうですか。そちらも大変だったのですね。

 ですが、レイ様も、ティオニア様もご無事でなによりです」


 ナナミが小さく頭を下げて、包み込むような控えめな微笑を浮かべた。

 と、呆れたような顔をした少女と、真面目な顔をした少年が歩いてきて、レイの前で足を止めた。


「貴女、ひどい格好ね。着替えてきたほうがいいんじゃないかしら?」


「マリーさん。ナージュさんも……」


「レイフィード、お前をそこまで追い詰める者がいたのか……、一体、奴らは何者だったんだ?」


「ええと、まぁ…………詳しい話は、ちょっと休んでからにしませんか? みなさん、大変だったでしょう?」


「そうそう! ナージュさんたちはサボってたから、体力有り余ってるかもしれないけどさっ!」


「おぉい!? さっきも説明しただろうが!? 俺たちは先生方と共に、教務室を襲撃してきた者たちと戦っていたと!!」


「そうですわ!! 相手はかなりの手練で、先生方ですら苦戦するような者たちだったのですよ!!?」


「ミリルたちの敵だって強かったですよー。それにこっちは、皆を守りながら戦ってたしねー。自分のことだけ考えてればいい人たちとはー、大変さがねー、違うよねー?」


「こ、こいつ…………!!」


「や、やっぱり敵ですわ、この小娘…………!!」


 ミリルとナージュ、マリーの間で険悪な雰囲気になる。

 互いににらみ合うが、ミリルがふふんっと鼻で笑って視線を外す。と、ミリルはティオと不意に目が合った。

 ミリルはびくっとして、つい目をそらしてしまう。


「………………あ、その……」


 ミリルは、今まで故意に見ないようにしていたティオに、緊張しながらも顔を向けた。


「ティオニア様も、ご無事でよかったです……」


「心配かけたわね。怪我はしてない?」

 

「いえ、ちょっとすりむいたりはしましたけど、ポーション飲みましたから……」


「じゃあ、回復魔法の必要はないわね?」


「は、はい。大丈夫、です……」


 ぎくしゃくした様子のミリルに、ティオが近づく。

 ミリルが緊張して姿勢を正すと、ティオはミリルの前で立ち止まって、


「いろいろとごめんなさい。ミリルが無事で安心したわ」


「…………え?」


 ミリルが大きく目を見開いた。

 まるで、信じられない言葉(・・・・・・・・)でも聞いたかのように。


「それと、今までずっと私を……きゃっ!?」


 ティオが話す途中で、どんっと、ミリルが体当たりのようにぶつかって、ティオに抱きついた。


「………………ミリル?」


「……ティオざぁん」


 ミリルは力いっぱいぎゅっと抱きついた。

 自分の聞き間違いではなかったのだと確信すると、自然と涙が溢れてきた。


「もう! ティオさんってば、急にいなくなるんだもん! びっくりしたよぉ!! 無事でホントによかったよおぉぉぉ!!!」


「…………ごめんなさい。心配かけたわね」


「もおおおおおおお!!! ティオさああああああああああああん!!!!」


 泣き出すミリルに、ティオはいとおしそうに、何度も何度も小さな背中を優しくさすった。



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