第59話 想い
ティオニアは目を見開き、アーノルドに詰め寄った。
「ちょっと、何をしているの!? 彼女はこないといったのよ!! もう用はないでしょう!?」
「ええ。お言葉通り、レイフィードは用済みです。ですので、ここで死んでもらいます」
「なによそれ!? どうしてそんな……」
「俺もいろいろと喋りすぎましたから。外へ漏らすわけにもいきませんし、手っ取り早く口を封じるには、死んでもらうほかありません」
ティオは頭の中に火がついたように熱くなり、衝動的にアーノルドに拳をふるった。
アーノルドが払うように手を振ると、ティオの身体は軽々と飛ばされた。
「ぐっ……」
ティオは、倒されてから身を起こしたものの、立ち上がる気力がないように地面に座りこんだ。
アーノルドとの力の差は、歴然としていた。自分では絶対にどうしようもないと、たった一度のやりとりで理解してしまった。
「レイフィード。まさか覚悟していなかったとは思わないが、どうする?
ひょっとして、気が変わったりはするか?」
レイフィードは、震える身体に活を入れて、どうにか立ち上がった。
折れた剣を持ち、目には明確な意志を宿していた。
「……私、本当はこの護衛依頼、受けるつもりなんてなかったんです」
レイの言葉に、アーノルドは意図が分からず怪訝な表情を浮かべる。
レイは構わずに続けた。
「半年という長期間に渡る護衛というのは、私には経験がありませんでした。
おまけに常に対象者を護衛するため、対象者と同じように上級学校で寮生活をしなくてはならず、相当の拘束を強いられることがわかっていました。
明確に誰に狙われているということも判明しておらず、対処方法は護ることのみ。
護衛対象者は伯爵令嬢で、迂闊な態度は取れません。
結局は、ミリルが勢いで受けてしまいましたが、そうでもなければきっと私には縁のない依頼だったでしょう」
レイは一息ついて、さらに続けた。
「実際に学校へ来てすぐ、私は想像以上に大変な依頼を受けたと痛感しました。
座学はほとんどロクに理解できず、実技では早々に加減を間違えて、他の生徒からは敵意を向けられたり、逆に必要以上の好意を向けられたり。
あまり気の休まる時間はありませんでしたね」
ティオは、これ以上話を聞きたくないと思いつつも、耳を塞ぐことはできなかった。
「……それがいつの頃からか、苦に感じることがなくなってきました。
気づいたら、私はこの生活を楽しんでいたんです。
何人かとは、幸運にも親しくなることができたと思います。
そして、依頼を完遂することは当然ですが、でも依頼とは関係なくても、私はその人を護りたいと思うようになりました。
一見して冷たい印象なのに、でも本当はとても思いやりがあって、努力家で、けれど少しだけ甘えたがりな、その人を……」
ティオが、ゆっくりと顔をあげる。
期待は、裏切られたときに倍増して辛くなるとわかっているにも関わらず、それを止めることは、今のティオにはできなかった。
「ティオニア様のそれは、確かに恐るべき力です。
暗部が欲するのも納得できます」
レイは折れた剣を握る手に力を込めた。
アーノルドの目をまっすぐに見据える。
「……ですが、だからどうしたというのです?
そんな理由で、彼女をあなたに、ましてや暗部などに渡すことなどできません。
万一彼女自身が希望しているならまだしも、彼女の意志に反するのであれば、考慮の余地など一切ありません」
不安に包まれながらも顔を向けるティオに、レイは話し続けた。
レイは、もう戦う力など残っていないと自分自身も思っていたが、今は不思議と立ち向かう気力がわいきていた。
「無礼を承知で申し上げれば、卒業を前にして私は、もっと長くこの生活が続けばいいと思うようになっていました」
「…………」
「ティオニア様は、どうお考えですか?」
「……………………私は…………私も……貴女と…………」
ティオは震える声で答えて、一筋の涙を流した。
レイは心の底から安堵して、照れ笑いを浮かべた。
「恥ずかしい話ですが、私、本当に楽しみにしているんですよ。また3人で、あの温泉に行くこと。
ちゃんと一緒に来てくれないと嫌ですよ、ティオさん」
「…………えぇ」
レイにつられるように、ティオもクスリと笑みを浮かべた。
「言いたいことは、終わったか?
ならもう、十分だな」
アーノルドが淡々と告げて、手を振りミノタウロスへ合図した。
ミノタウロスは獰猛に吼えて、手にした斧を高く振り上げた。
荒れ狂う力のなすがままにレイのいた場所へと叩きつける。
「…………」
レイは何事か口ずさみ、直前で転がるように跳んでいた。
ミノタウロスはレイの動きを追って再度斧を振りかぶった。
レイは完全に体勢を崩していて、よけられる状態ではなかった。
レイは咄嗟に折れた剣を掲げて、
「アンリミテッド・パーミッション!!」
魔法が発動し、レイはミノタウロスの強烈な斬撃をかろうじて受け止めた。
限界を超えて使用した魔法により、レイの身体に多大な負担がかかる。
「……ぐ、ぐぅぅぅ!?」
脂汗を流して、レイは歯を食いしばる。
ミノタウロスは上から押しつぶすように体重を乗せて、徐々にレイは押されていった。
(腕が震えて、身体が鉛のように重い。…………付与魔法の効果も、もうすぐ切れる……このままでは…………)
レイの中で、徐々に諦念の気持ちがこみ上げてくる。
目の前の敵との絶対的な力の差が抑えきれない絶望感を生み、レイを蝕んでいく。
(ですが……それでも…………)
ふと、過ぎ去った光景がよぎる。
上級学校に入学してすぐに、座学でつまずいた。
頭を抱えるレイとミリルに、ティオは嫌な顔ひとつせず勉強を教えた。
二人は決して頭の出来のいい生徒ではなかったが、ティオは根気良く二人に付き合った。
(それでも…………)
ティオと共に初めてギルドへ行った日。
あの日、ティオがレイたちに、今後はギルドへはレイとミリルだけで行くように提案したとき、レイは即座に反対した。
護衛のために別行動は取れなかったからだが、心情的にもレイは納得できなかった。
その後の、ティオのほっとしたような、安心したような顔が印象的だった。
(……私は…………)
校舎裏の、目の前のベンチで居眠りをした。
中間試験の日、回復魔法で治療された。
学校の休校期間中、湖畔で共に星を見た。
(…………私は!)
一昨日の別れ際に見たティオの屈託の無い笑顔が、レイの脳裏によぎる。
瞬間、レイは全身の血が沸騰し、かっと目を見開き、気を吐いた。
「ティオさんを護ると決めたんだあああああああああああああああッ!!!!」
「グアアァアァァア!?」
レイは渾身の力を振るって剣を押し込み、ミノタウロスを退けた。
「…………はぁ、はぁ、はぁ……」
レイは肩で荒く息をして立ち上がる。
震える手は、剣を把持することすらできずに落としてしまう。
後ろへと退いたミノタウロスは、レイを警戒しながらも、再度突進をしかけてきた。
上段に構えられた斧は、吼えるミノタウロスの力をすべて乗せて振りおろされる。
ティオは咄嗟に両手をミノタウロスへと向けた。
(ダメ!! やらせないッ!!!)
ティオは忌避した力を使おうとしたが、疲労により力を使うために必要な集中に至らない。
斧がレイへと迫り、ティオは祈るように叫んだ。
「レイ!!!!!」
ティオの声をかきけすように、轟音が響く。
ミノタウロスが振り下ろした斧が、勢いあまって地面をえぐった。
砂埃が舞い、ミノタウロスは手で払おうとしたが、それは叶わなかった。
そのときには、ミノタウロスは成すすべもなく宙へと吹き飛ばされていた。




