第57話 抗う力
演習場には十数人の黒ずくめのアサシンが転がり、
「ググガガァァッァアアァァア!!!」
数体のトロルはミリルの放った、ライトニング・ボルトのダメージから回復していた。
(やっぱりトロルは自己治癒能力が高いなぁ……急いで詠唱すれば何体かは倒せたと思うけど)
少し前に、比較的早く魔法のダメージから回復したトロルがいた。
当初ミリルは、そのトロルに向かってトドメをさそうとしていたが、トロルは生徒たちに襲いかかるそぶりがなかった。
違和感を感じて、ミリルが様子を見ていると、他のトロルが回復していき、それらも生徒たちに害意すらぶつけようとはしなかった。
(……なんでこっちには襲いかかってこないんだろう。もしかして、召喚主から何か明確な指示を受けてる?
これだけの数のトロルを召喚するだけでも骨のはずなのに、きっちりと命令も遵守させてるとしたら、相当な腕だよ)
ミリル自身に召喚魔法は扱えないが、その実力の一端は否が応にも感じられた。
(もしもこの召喚主が味方じゃなかったら、姉さんとティオさんは…………って、今は他人の心配してる場合じゃないか)
ミリルはトロルたちの先を見据える。
レイフィードが言ったとおり、数人の黒ずくめの人影が遠くに見えた。
(トロルが加勢してくれるのは助かるけど、あっちの連中は、ここにぶっ倒れてるのとはレベルが違うっぽいしなぁ。
せめてまともな前衛が一人はいないと、やっぱ厳しいかなぁ……)
ミリルが頭を悩ませていると、後ろから近づいてくる足音がした。
振り返ると、メイド服に槍というミスマッチ極まりない赤髪の少女が歩いていた。
「ナナミさん……」
「ミリル様、これより私も加勢いたします」
「……いいの? ドルドレーグについてなくても」
ミリルたちの後ろには、ほとんどの生徒が集まっていた。
その中にはナナミが付き人として仕えているドルドレーグもいる。本来であればナナミがドルドレーグから離れる理由はなく、事実先ほどまでは傍にひかえていた。
しかし、ミリルの問いにナナミは苦笑して頷いた。
「これは若自身の命令なのです。
僕は一人で大丈夫だから、ミリル君と共に力を合わせて敵を撃退しろ、と」
「へぇ」
ミリルは生徒たちに視線を向けると、黒髪の少年、ドルドレーグが真剣な表情でミリルとナナミを見ていた。
「ナナミさんがすぐそばにいたほうが、自分は安全なのにね」
「若は、そういうところはあります。
すぐあきらめますし、文句も言いますし、根性もありませんが」
ナナミが、はぁぁぁっと特大のため息を吐く。
ミリルは調子を合わせて、やれやれと首を振る。
「それに今も、結局はナナミさん頼りだし?」
「そうですね。
たまには自身満々なドヤ顔で、僕に任せろとでも言い切って欲しいものです」
「あはー、かっこいいねー」
「などと、ありえない妄想をしていても虚しいだけです。
…………ミリル様こそ、ここにいるよりも、レイフィード様を追ったほうがよかったのではないですか?
あの方は、ティオニア様のもとへと行ったのでしょう?」
「うん。ティオさんが、どこにいるかまではわからないんだけどね」
「……奴らに捕まったのですか?」
「それもわかんない。朝、ティオさんの部屋に行ったときには、もういなかったから」
ミリルはそのときのことを思い出して、顔を曇らせる。
騒ぎになる前に、ティオの部屋は無人となっていた。
偶然ティオが部屋を出ていたとは、ミリルにもナナミにも考えられなかった。
「でも、大丈夫だよ。姉さんなら、きっとティオさんを助けるから。
だから私は、こっちで踏ん張るの」
「ミリル様はレイフィード様のこと、とても信頼されているのですね」
「うん」
ミリルは力強く頷いて、まっすぐ前を見据える。
アサシンたちとは、まだ距離があるものの、まとった黒布で半分隠れた顔が見えるほどには近づいてきていた。
トロルたちはアサシンたちに向けて、徐々に足早に接近していった。
「ウチの姉さんは、かわいいだけじゃないから。
それに助けに行く相手がティオさんなら、姉さんは絶対になんとかするよ」
「なぜ、そこまで言い切れるのですか?」
「だって姉さんは、きっと誰よりも…………感情で動く人だから」
ミリルは困った顔で、しかしまるでそれが最高の褒め言葉でもあるかのように呟いた。
「だから姉さんは……今の姉さんは無敵なの。絶対に、絶対に誰にも負けない。きっとティオさんも心配いらない……。
そんなわけでミリルたちは、目の前の怪しさ大爆発のあいつらを、ぶっ倒せばいいだけ! 楽勝だよね!!」
「……そうですね。私たちであれば、あの程度、物の数ではありません」
ナナミは槍を構えて前に出た。トロルを超えて近づいてきたアサシンを迎え撃とうとする。
その斜め後ろで、ミリルは詠唱を終えていた魔法をアサシンに向けて解き放った。
◇ ◇ ◇
「く……くくくくくくく」
アーノルドは口角をあげ、こみ上げてくるおかしさに耐え切れず声を漏らした。
「くはははははっははっはっは!!! これは驚いた!!!
まさか、まさかここまでやるとはなぁ!!!!」
アーノルドの前には、何体ものミノタウロスが倒れ伏していた。
身体を斬り刻まれているもの、腕を、足を、首を両断されているもの。頭を刺突されたもの。
その負傷は様々であるが、どの魔物もすべて絶命していた。
「……本当に驚いたよ。ミノタウロスに一発殴打されて、逆に強くなったんじゃないかと思えるほどにね」
アーノルドは額に浮かんだ汗を拭った。
アーノルドが、ミノタウロスにレイフィードを捕らえるよう命じた後、レイはミノタウロスと死闘を繰り広げた。
1、2体とレイフィードに倒されるミノタウロスを、アーノルドは不甲斐なく思いながらも、その都度新たに召喚を繰り返していた。
その数が10を超えたころには、アーノルドは自分がレイの実力を見誤っていたことを痛感した。
「お前は、強い。
認めよう、レイフィード。これまでずっと、お前を侮っていたことを。お前の素晴らしい実力を」
アーノルドが素直に賞賛の言葉を述べる。
その言葉はレイにも届くが、まるで聞こえていないかのようにレイは何の反応もしなかった。
「だが、もういいだろう。
剣は折れ、魔力は尽き、身体は至るところを負傷している。お前はすでに満身創痍だ。
これ以上抵抗を続けるのであれば、本当に命の保証はできないぞ」
「…………」
レイは、地に膝をついていた。
折れた剣を杖がわりに、かろうじて顔を上げていた。
アーノルドの言葉どおり、すでにレイにはまともに戦う力は残っていない。
しかし、それでもレイの瞳の光が消えることはなかった。
「レイフィード、お前は本当に強い。これほどまでの強い意志を、俺は感じたことはないよ。
それほどまでに、ティオニア様が大事かい?」
「…………彼女を、離しなさい」
「肯定とみなすよ。
でも、だからこそ、お前には見てもらいたいと思う。彼女の本当の力をね」
「本当の……力…………ですって…………?」
「そう。王直轄の暗部がなぜ小娘一人にこだわるのか、その理由を示そう」
パチンっとアーノルドが指を鳴らす。
アーノルドに召喚されて、ずっと待機していたシーサーペントが鎌首をもたげた。
ティオはすでに恐慌状態からは脱していた。悲鳴も嗚咽もあげることもない。
しかし、シーサーペントを前にして、蛇に睨まれた蛙のように身動きひとつ取ることができなかった。
「シーサーペントよ、その人間に向けてブレスを…………いや……」
アーノルドがティオに向けていた指を、レイへと差し直した。
「こちらの人間に向かって、ブレスを吐け」
アーノルドの命令を受諾し、シーサーペントはレイに顔を向けた。
レイは、立ち上がろうとするが、足に力が入らず無様に地に転がった。
「く……」
レイがうつぶせのまま顔だけを上げると、シーサーペントがゆっくりと口を開けようとしていた。
レイが何事かをつぶやく。何度か同じようにつぶやき、無念そうに目を閉じて、弱々しく歯を食いしばった。
「…………ま……待って………………やめて…………」
ティオが僅かに顔を上げて、弱々しく制止を呼びかける。
しかし、シーサーペントはまったく意に返さず、大きく口を開ききった。
「…………やめて……やめて……」
うわごとのように繰り返すティオを、アーノルドは一瞥してから、
「やれ」
たった一言命令を下した。
暗い洞窟のようなシーサーペントの口内に、青白いモヤが生まれる。
やがてそれは光と混じり合い、徐々に輝きを増していき……。
ティオは涙を浮かべて怯えきった表情で、シーサーペントに向けて手をかざした。
「…………………………沈め」
瞬間、シーサーペントの巨体が漆黒に染まった。




