第56話 召喚魔法
アーノルドは感心した表情で拍手をした。
「ほぅ、見事な剣技、そしてすばらしい付与魔法だ。
それほどまでに地力を上げた付与術は、俺も初めて見たよ。本当に見事だ」
「お褒めにあずかり光栄ですね。
ではこの剣技、次は先生自身で味わってみてください」
「それはごめん被るな。お前の相手は俺じゃない。
……顕現せよ、ミノタウロス!!」
アーノルドの呪文により、再度魔物が召喚される。
次々と、連続で3体もの牛頭を持つ魔物、Aランクに分類される、ミノタウロスが出現した。
(ほとんど詠唱もなく、Aランクの魔物を連続で…………これほどの力とは……)
レイフィードは唾を飲み込む。
剣を握る手が僅かに滑る。全身に冷や汗をかいていた。
「お前ほどの者ならわかるだろうが、こいつらは本物のミノタウロスだ。
あのダンジョンにいたレッサーとは比較にはならないぞ?」
「ええ、知っていますよ。私もかつて戦ったことはありますから。
そのときは1体だけでしたけどね」
「ほぅほぅ、それはそれは。
では、どれだけ自分が成長したのか試してみるといい」
アーノルドが右腕を振るうと、それに応えるようにミノタウロスたちがレイに襲いかかった。
手にした巨大な斧を次々とレイに振り下ろす。
レイは紙一重で2撃を躱し、
「せいっ!!!」
最後の1撃に自分の剣撃を合わせた。
金属同士のぶつかり合う嫌な音をたて、双方が弾き飛ばされる。
ミノタウロスは無様に転げ、レイは吹き飛ばされながらも体勢をととのえた。
レイは吹き飛ばしたミノタウロスの斧を確認する。
斧は、多少ひしゃげているものの、未だ武器としての機能は失っていなかった。
(……さすがに一撃で破壊はできませんか。こちらの体力とあちらの耐久力、どちらが上か、ですか。
単純な力押しだけでは、厳しいかもしれませんね)
レイの思考を断ち切るように、再度ミノタウロスたちが襲いかかってくる。
横振りの斧を身を低くしてやりすごし、踏み潰しにかかってくる巨大な足を横っ飛びにかわす。
一撃がすべて必殺とも言える威力だが、レイは平静を努めてすべてを見切ろうとしていた。
何度かミノタウロスたちの攻撃をかわしていると、1体が焦れたのか、左手でレイをつかもうとしてきた。
不用意なその行動に、レイはすかさず連撃を見舞って左手を切り落とした。
「グアアアアアァアァァアアア!!!!」
膝を折り、絶叫するミノタウロス。
レイは全力を込めて、その無防備な首に剣を叩き込み両断した。
(まずは1……た…………い…………)
着地と同時に、レイは後方からミノタウロスの拳をまともに受けた。
豪腕が振るう打撃は、レイの身体を軽々と吹き飛ばした。
ごろごろとレイの身体は地を這って回り、レイはタイミングを合わせてどうにか体勢を立て直した。
「おお! ミノタウロスの拳をくらっても、まだ立っていられるのか!!
意外とタフなんだな。その外見からは、とても想像できないぞ」
「……ぐ……がはっ………………」
レイは痛みに耐え、何度か咳き込む。
「うーん、でもさすがに決着はついてしまったかなぁ。惜しかったな。
このままいけば、お前は勝てたかもしれないのに」
アーノルドが余裕の笑みを浮かべて、右手をかざしていた。
彼は4体目のミノタウロスを召喚していた。
「…………勝手に勝利宣言をしないでください。
私は……まだ…………戦えますよ……」
レイは剣を構えるが、それは傍目にみて非常に弱々しい姿だった。
それでもレイの目に諦めはなかった。
(……咳き込んで出たのは唾だけ、血は出ていない。骨も折れてない。
殴られたときに前方に飛ぶのが間に合わなければ、モロに打撃の力を受けて骨を折られていたでしょうね。
ふっ…………私は運がいい)
至るところに痛みと痺れの残る身体で、どうにか剣をもつ手を固定する。
痙攣する膝を叱咤し、レイは一歩づつ前に進んだ。
「…………もういい、もういいわ!!」
ゆっくりと歩くレイのもとに、ティオニアが走る。
しかし、すぐにアーノルドが立ち塞がった。
「おっと、ティオニア様? どこへ行くつもりですか?」
落ち着き払ったアーノルドに、ティオは感情を爆発させた。
「こんなことはやめなさい!! 貴方が用があるのは、この私でしょう!?
彼女は関係ないわ!!! 私ならどこへでも行く!!! だからこんなこと、もうやめて!!!!」
「それはできない相談ですねぇ」
「どうして!?」
「これはテストなんです。ティオニア様……そして、レイフィードの。
基本的に俺は、この目で見たことしか信用しません。取引には俺なりの誠意をもって取り組みたいんですよ。
レイフィードは、まぁ、こんなものでしょう。特段良くはありませんが、悪くもありません。及第点といったところです」
「及第点って、一体なんの……」
「ですがティオニア様、俺はまだ貴女の力は見ていない。
あのとき、貴女はその力を使ったのでしょう。俺に同行していた暗部が確認しています。でもね、俺は離れたところにいて見れずにいたんですよ。残念ながらね。
ですので、今、ここで見せてもらおうと思います」
酷薄な表情で、アーノルドの瞳はティオニアを捉えた。
「…………わが呼び声に応え、顕現せよ。シーサーペント!!」
アーノルドの前には、巨大なシーサーペントが出現した。
竜の頭を持ち、蛇のような身体。
ミノタウロスには劣るものの、水系統のブレスを自在に操るBランク上位の魔物であった。
「……あ…………あぁ…………ッ……」
ティオはミノタウロスが召喚されたときと比べて、明らかに動揺していた。
大きく目を見開き、恐慌状態になりかけている。
「ティオニア様? ……ティオニア様!? どうしました、ティオニア様!?」
ティオの様子に、ただ事ではないとレイが呼びかける。
しかし、ティオにはレイの声がまったく耳には入らず、がたがたと震えたままであった。
レイはティオのところへ行こうとするが、3体のミノタウロスが行く手を阻む。
レイは、端整な顔を歪ませて激昂した。
「アーノルド、貴様ぁ!!! 彼女に何をした!!!?」
龍をも殺さんとするレイの形相に、アーノルドは肩をすくめた。
「お前も見ていただろう? 俺は何もしてないよ。
それに、あのとき何もできなかったのはお前で、何かしたのは彼女さ」
アーノルドはレイの顔に向けて、人差し指と中指を立てて差した。
「ミノタウロス、その人間を捕らえろ。
抵抗するなら殺しても構わん」
冷徹な口調で、アーノルドは魔物に命令を下した。




