第54話 叱咤
トロルは1体だけではなかった。
次々と虚空よりでっぷりとした巨体が、アサシンたちの周辺に現出する。
「な、なんなんだこいつらは!?」
「落ち着け! たかがトロルだ! 3人でかかればすぐに仕留められる!!」
「付与魔法だけに飽き足らず、今度は召喚魔法だと!? どうなってやがるんだここは!?」
喚き散らしながらも、アサシンたちは複数でトロルに当たっていく。
瞬きする間にもトロルたちは傷を負っていくが、トロルの回復力は並みではない。
「ちィッ!! キリがねぇぞ!!」
「首だ!! 首を落とせ!! 短剣じゃ埒があかねぇ!!」
未だ増え続けるトロルの対処に、アサシンたちは手を焼いていた。
「こ、これは一体…………だれが……」
レイフィードはトロルの召喚主を探そうとするが、思考を切り替える。
(いや、これはアサシンたちを一網打尽にするチャンス?
共闘できるかはわかりませんが、トロルを利用すれば彼らを倒すのは…………)
そこまで考えて、レイは愕然とする。
アサシンとトロルのいる向こう側にいくつもの気配が生まれたのだ。
それは殺気を放っており、決してモンスターなどではなかった。
「あれは……アサシンの後続部隊ですか!」
レイは思わず舌打ちした。
新たに数人の気配が迫ってきているのが感じられる。
後続のアサシンたちからは、明らかに目の前にいる者たちよりも格上の実力を有していることが伝わってきた。
(姉さん、姉さん!!)
(なんですかミリル?
今、後続のアサシンがこちらに迫ってきています。
数こそ数名ですが、今ここにいる者たちよりも実力は確実に上です。トロルでは時間稼ぎにもならないでしょう!)
(ホント!?
…………でも、そっか。ならますます急がなくちゃ)
(急ぐ?)
(姉さんは、ティオさんを探して!! ここにはいないし、どこかで、もしかしたらもう奴らに捕まってるかも!?)
(…………それは)
ミリルの意見に、レイは同感だった。
ほとんどの生徒は、レイたちの後方に待機しており、この場にいない者は数える程度しかいない。
その者たちが運良く、すでに散っているアサシンたちの手から逃れているとは考えにくい。
(ここはミリルがなんとかするから! 姉さんはティオさんをお願い!)
(で、ですが、間もなく後続も現れます。ミリル一人では……)
(あああぁぁああまだろっこしい!!!)
ミリルはレイから視線を外し、一気に集中力を高めた。
「ライトニング・ヴォルト!!」
レイがええ!? と思う暇もない。
ミリルが唱えた魔法は、広範囲に荒れ狂う雷を生み出しトロル、アサシンをまとめて貫いた。
トロルもアサシンも互いの相手に集中していて、不意をついたミリルの魔法にはまったく反応できていなかった。
苦悶の声が上がる中、しかしミリルはそちらを見ようともせず、すぐにレイに顔を向ける。
「もしもティオさんが敵に捕まってるなら、突破力のある姉さんじゃないとどーにもならないでしょ!?
それともティオさんがどうなってもいいの!?
もしかしたら、これでティオさんとお別れになっちゃうかもしれないんだよ!? それでいいの姉さんは!?」
「それはよくありませんが…………でも、そうしたらここは……」
「こんな奴ら、私一人で十分だから!!
いいから姉さんは早く行きなさい!!!」
「わ、わかりました!」
倒れて動かなくなったアサシンたちを一瞥し、レイはその場から走り去った。
◇ ◇ ◇
「はぁッ!!」
角を曲がって遭遇したアサシンの頭に回し蹴りを叩き込む。
レイはうつ伏せに倒れるアサシンには目もくれず、再び走る速度を上げた。
間もなく、目的地へと到着する。
(ティオさん、ごめんなさい! 失礼します!)
ミリルと別れてから、レイは一直線にティオの部屋へと戻ってきた。
学校内やその周辺を闇雲に探す前に、部屋を調べればなんらかの足跡を得られると考えたのだ。
室内に荒らされた形跡はない、
レイは乱暴に収納棚、クローゼットを開ける。異常はない。
ベッドのシーツを剥ぎ取り、動きを止める。
目に入ったのは机の引き出し。
レイが一番上の引き出しを開けると、そこには2枚の手紙が入っていた。
「…………これは」
1枚目の手紙には、
『レイフィードとミリルはハンターである。
ニーグレッツ・エルリエールの依頼により、身分を偽装してティオニア・エルリエールの護衛についている。
2人のハンターは依頼を完了したものとし、以降行動を共にしないこと。
これを破れば、上級学校の生徒たちに取り返しのつかない事態が起きる』
と記されていた。
レイは手紙を握りしめる。
(…………これを見て、彼女は私たちに…………)
思わず奥歯を噛み締める。
せり上がってくる後悔を振り払って、レイは2枚目の手紙を読んだ。
『翌早朝、一人で裏の敷地へと来ること。
誰かに話したり、複数で来ることを禁ずる。
これを破れば、上級学校の生徒たちに取り返しのつかない事態が起きる』
レイが手紙を読み終えたそのとき、圧倒的な密度の殺気をレイは感じた。
「…………ぅぐっ!?」
レイは慌てて口元に手をやる。
死霊の呪いのような殺気に、悲鳴を上げそうになったのだ。
レイは手紙を置き、殺気が放たれた場所へと向かう。
(今のは…………明確な挑発。
来い、と。自分を倒しに来てみろ、と。そういった類の歪んだ自信が満ちた殺気でした。
……罠の可能性はありますが)
しかし、レイは頭を振る。
(これだけの殺気を放てるのであれば、相当な実力者のはずです。
であれば、わざわざ罠を仕掛ける可能性は低いでしょう)
レイは殺気の元へと向かう。
はやる気持ちを抑えて、呼吸を整えられる程度のスピードで。
向かう場所は、校舎裏の敷地。
そこは、いつかティオニアが一人で椅子に座り、眠っていた場所だった。




