第52話 一日の始まり
翌朝。
いつもより少し早い時間にレイフィードは起床すると、早々に身支度をした。
(朝であれば人目もありませんし、もしかしたら話ができるかもしれません。
相手にされない可能性はありますが……)
レイは、ティオニアの部屋を直接たずねるつもりはなかった。
相手が自分だとわかれば、避けられてしまうかもしれないと考えていた。
そのため、レイはティオが部屋を出てくるのを待つつもりだった。
(か弱い繋がりでも構いません。今は少しでも関係を持つようにしておかないと。
完全に目が届かなくなれば、さすがにどうしようもありませんからね)
レイは気合を入れようと、頬をパンパンっと軽く叩いて部屋を出た。
「おっそーーーい!!!!」
「わっ!?」
ドアを開いた目の前に、仁王立ちした少女が立っていた。
驚いて身を引くレイ。
「……ミリル?」
「ティオさんが先に行っちゃったらどうするの!?
人目につきにくい朝なら、もしかしたらちゃんと話してくれるかもしれないでしょ!?
このままフェードアウトなんて、私、絶対やだからね!!」
ミリルはぷりぷりと怒るように、ぐいぐいレイに迫った。
ミリルに昨日の頼りない気配は一切ない。むしろいつもよりもパワーに溢れていた。
レイは思わずおかしくなって、
「一晩寝て、ミリルは元気になっちゃいましたか?」
「そーよ! 昨日はびっくりして落ち込んじゃってたけど、でもよく考えたら納得いかないね! なぁんで私たちがあんなに冷たくされなきゃいけないの?
そりゃティオさんを騙してたのは悪かったけど、だからってあんな露骨に態度変えなくてもいいでしょ!
私たちだって依頼には応えなくちゃいけなかったし。ティオさんのためを思ってやってたんだよ!」
「私たちの事情は、彼女には関係ありませんよ?」
「それでも! 私はやっぱり納得いかない! だから簡単には折れてやらない! っていうか、絶対にこっちからは折れない!!
ティオさんが私たちを許すまで、ミリルは絶対に許さない所存だね!!」
「無茶苦茶言いますね」
レイはミリルの言葉に苦笑する。
「なぁに? じゃあ姉さんは、このままでいいと思ってるの?」
「もちろん…………いいわけないですよ」
レイはミリルの頭を雑に撫でて、ティオの部屋へと向かう。
「ちょっとなにするの、姉さん! 髪ぐちゃぐちゃになっちゃったでしょ!?」
「髪がはねてましたからね。誤魔化すための応急処置です」
「え、ウソ!? 寝癖ついてた!?」
ミリルが慌てて手で髪をすく。
レイはミリルを待たずにティオの部屋のドアをノックした。
返事を待つ間、レイの心は不思議と穏やかなままだった。
(もっと緊張するかと思いましたが、案外気が楽ですね。ミリルのおかげでしょうか)
少し前までは、レイはティオのことに対して慎重に当たるつもりであったが、今はもう少し大胆に行動しようと決めていた。
(彼女には話の判らない者だと呆れられてしまうかもしれませんが、そのくらいのことなら上等です。
だって私たちは、彼女ほど賢くはないのですから)
レイははやる気持ちをそのままに、もう一度ノックをしたそのとき、
「…………え?」
ぞくり、とレイの背筋に悪寒がはしる。
ひとつ、ふたつ…………次々と人の気配を感知した。
(学校の敷地に入ってきている? 塀を飛び越えて? この動き……まるで、だれも逃がさないように囲むような陣形で……一体、何者が!?)
レイはすでに10を超える気配を察知していた。
そのすべてが、隠しつつも抑えきれない悪意ある殺気を放っている。
「くっ!!」
レイが乱暴にドアを引く。
抵抗なくドアは開いた。鍵がかかっていなかったのだ。
「ティオさん!? いますか!?」
レイは返事を待たずに室内へと入った。
ティオの部屋は広いと言っても一室だけである。姿を隠すスペースなどない。室内は荒れた様子もなく、少し見渡して無人であることを悟った。
遅れてミリルも部屋へと入ってきた。
「姉さん、どうしたの!? ティオさんは!?」
「わかりません! ですが今、学校全体が囲まれています。無粋な殺気を放つ何者かに……」
「じゃあ、そいつらがティオさんを!?」
「確定はできませんが、無関係とも思えません。丁重に迎えて事情を説明してもらいましょう!」
レイは抜刀して、弾けるように窓から外へと飛び出した。
(この息の詰まるような鋭い殺気……只者ではありません。おそらくアサシンでしょう。それもこれだけの数を集めるなんて…………この者たちはいったい……?)
レイの額に汗が浮かぶ。
敵の規模が明らかに大きい。確実になんらかの組織が後ろについている。
すでにレイが察知している敵の数は20を超えていた。
レイは一番気配の近い者へと向かって加速する。
漆黒の布を纏った黒ずくめが、レイから見て右へと疾走する姿が視界に入った。
「なに!?」
黒ずくめは接近するレイに気づき驚愕の声をあげた。
レイは即座に戦闘態勢に入り、迷いなく剣を叩き込む。
黒ずくめはかろうじて防御するも、レイの力を込めた一撃に容易に吹き飛ばされた。
レイはそのまま追撃し、起き上がろうとする黒ずくめの右足に向かって一切の躊躇なく踵で踏み抜いた。
「ぐぅあぁあっ!?」
「膝を砕きました。ポーション程度では回復しませんよ。
あなたがたは何者ですか? 目的は?」
「……き、貴様こそ、何者だ…………」
「私はこの上級学校の生徒ですよ。こちらの質問に答えてもらえますか?」
「馬鹿な……それだけの強さがありながら、ただの生徒などと………………ぐぁぁぁ!?」
話しながら短剣を投げつけようとした黒ずくめの手を、レイが剣で貫いた。
「残念ですが、ゆっくりとお喋りを楽しむ時間はありません。今後無駄口を叩くたびに傷が増えますよ。
答えなさい。そちらの目的はなんですか?」
「く……くくくく。腕には自信があるようだな…………がぁぁ!?」
「目的は?」
「…………ぐっ……ふぅ…………く、くくく。躊躇いもないか。強いな…………ぐぅっ!?」
「次で最後です」
「………………くくくく。残念だったな。もう遅い、貴様がどれだけ強かろうが、すでに我々は任務遂行に動き出したのだ」
「戦って負けるつもりはありませんよ」
「ははは、戦いになどなるものか。こちらの目的は、この上級学校の生徒なのだからな。
貴様のような奴と無駄に張り合うつもりはない……もっとも戦ったところで、貴様が我々に勝つことなど不可能だがな」
「その傷でよく吠えますね。貴方がたの組織はそれほどのものですか?」
「…………いいだろう、決して抗えはしないだろうが……お前のその強さに敬意を評して教えてやる。我らは………………だ……」
「なんですか? もう一度言ってください」
レイは黒ずくめに顔を寄せて、
「…………っ!?」
急激に膨れ上がった殺気に反応して、大きく飛び退いた。
瞬間――黒ずくめが爆散する。
レイは腕を掲げて爆風から目を庇う。
衝撃がおさまった後には、黒ずくめのいた場所にその姿はなく、地面が抉れていた。
「……迷わず自爆するとは、厄介ですね」
レイは剣を掲げて短く祈り、すぐに踵を返した。
校内には、各所で喧騒が生まれていた。




