第51話 前日・2
「なるほど。ミリル様の元気がないと思っていましたが、そういうことだったのですね」
放課後、ナナミに声をかけられたレイフィードとミリルは、ナナミの部屋へと通されていた。
ナナミには何から何までバレているので、レイはティオニアのことについて一通りの事情を説明した。
「それで、レイフィード様たちは卒業まで学校に残ると?」
「ええ。ドルドレーグさんのこともありますし。
それに、あと半月程度の話ですから」
「そうですか。ありがとうございます。若のこと、お願いします」
「はい。約束は果たします」
ナナミは一つ頷いて、
「しかし、厄介なことになりそうですね。
お二人はどうするおつもりなのですか?」
「…………」
「え? どうするって? 厄介なことって……?」
レイは僅かに目を逸らし、ミリルは理解できないでいる。
「上級学校の卒業を間近に控えたこの時期に、わざわざお二人を解雇する理由はなんでしょう。
お二人とティオニア様との関係が険悪であるならまだしも、あなたがたは誰がどう見ても良好でした。
そもそも、ティオニア様がお二人との事情を知ることとなった原因はなんでしょうか?」
ナナミは用意した紅茶を口にして、
「昨日と今日で、ティオニア様の雰囲気はまったく異なります。前々からお二人のことを知っていたとは思えません。
であれば昨夜から今朝にかけて、何者かがティオニア様に意図的に情報を流したとしか考えられません」
「そんなことして、なんの得が………………あ!」
「何者かに対するメリットは一つだけ。
護衛の外れたティオニア様の身柄が奪いやすくなること」
「そんな!? そんなの……姉さん!!」
黙って話を聞いていたレイの肩を、ミリルが揺さぶる。
「どうしました、ミリル?」
「姉さんこそなんでそんなに落ち着いてるの!? ティオさんに何か……もしかしたら、大変なことになっちゃうかもしれないんだよ!?」
「そうですね」
「そうですねって……姉さんはそれでいいの!?」
「ミリル。落ち着いてください」
「どうして!? 半年も一緒だったのに、依頼が終わって報酬もらえるからってそれで終わりなの!? そんなのってないよ!!」
「…………」
レイはミリルの手を握り、悲しそうな顔をした。
ミリルは、はっとして俯く。
「………………ごめん。言いすぎた」
「いいですよ、ミリル」
(……だって、私は否定する言葉を持っていないのですから)
ミリルのまっすぐな態度に、レイは自分を省みて苦い気持ちが広がっていくのを自覚した。
「ティオニア様は、賢い方です。
今日のことも、何かしらの理由があってのことと思っていいでしょう」
「そう……そうなのかな………………でも、ティオさん……私たちのこと、他人みたいに、見てた、よね?
ううん、それどころか、まるで……貴族が平民を見るような…………冷たい目で……」
「ミリル。ティオニア様が今まで、平民だからとそのような目を人に向けていたことがありましたか?
上級学校には商人の子もいますし、冒険者ギルドは言うまでもありません。
あの方は、年齢以上に落ち着いていますが、決して冷たい方ではありません」
「うん…………そうだよね。……じゃあ、今日のは?」
「依頼を打ち切り、私たちを突き放さなければならなかった理由があるのでしょう。
もちろん、ずっと彼女を騙していた私たちを許せなくて、ああいった態度を取った可能性は否定できませんが。
……私が言うのも勝手な話ではありますが、私はそんな風には考えたくないですね」
苦笑するレイの肩に、ミリルは顔をうずめた。
「姉さん……ミリルたちは、どうすればいいのかな……」
「今は、待つことが正解だと思います」
「…………うん」
寒さに耐える子猫のように、ミリルはレイに寄り添う。
レイは震える小さな肩を抱いた。
(もしも、私に勇気があれば、今すぐにでも彼女にすべてを問いただせたのでしょうか?
そうしたら、彼女は応えてくれたのでしょうか?
……偽りの姿しか見せていない、私に)
◇ ◇ ◇
部屋着に着替えて、ティオはため息をついた。
机の上には、昨夜に読んだ手紙と、封をされた手紙があった。
(全面的に信じたわけではなかったのだけど……)
今朝、レイたちに告げた言葉。
それは、昨夜部屋に戻ってきたときに置かれていた、目の前の脅迫まがいの手紙をきっかけとしていた。
ティオは半信半疑のまま、二人に声をかけたのだ。
そしてそれは、信じざるを得ない結果をもたらした。
ティオの言葉に動揺した二人が、何よりの正しさの証明だった。
(確かに、彼女たちの今までの行動を省みれば、むしろ彼女たちがハンターだったということは自然ね……。
政治や貴族社会のことはほとんど知らないようだったし。その割にハンターとしての知識はあって。
なにより、気さくで、そしてとても強くて…………外見のインパクトに、すっかり騙されていたわ)
手紙には、レイとミリルがハンターであり、ティオを護衛対象として上級学校に身分を偽装して潜入している旨が記されていた。
(ハンター、ね。本当、今になってみれば、そのとおりとしか思えない)
手紙には続きがあり、二人の依頼を完了としたものとして、決して行動を共にしないよう指示されていた。
さもなくば、上級学校の生徒たち全員が取り返しのつかない事態になる、と。
(悪質な悪戯と切って捨てることはできるけれど…………もしも、あの人が関わっているのなら……)
ティオは、傍らに置かれたペーパーナイフで、今朝は存在しなかった新たな手紙の封を切った。
「…………」
短い手紙を読み終えて、ティオは目を閉じ深く息を吐いた。