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第50話 前日


 その日の授業内容は、レイフィードの頭には何も入ってこなかった。

 訓練に関する授業がなかったのは、幸いといえた。




 朝、ティオニアと別れた後。

 レイとミリルは、結局その後を追った。

 ティオがどこまで把握しているのか、確認しなくてはならなかった。

 ティオ本人は依頼完了の宣言をしているが、最低限それはエルリエール伯爵の意志に背かないのかを確かめる必要がある。


 レイたちが教室についたのは授業が始まる直前だった。

 授業の合間の短い休憩時間で話ができるとも思えず、レイは昼休みになるのをまっていた。


(どうやって、ティオさんは私たちをハンターだと知ったのでしょうか?

 それも、エルリエール伯爵からの依頼で、ティオさんを護衛しているということまで。

 私やミリルに直接尋ねることなく、ティオさんが独自に調べ上げたと?

 そんなこと、可能なのでしょうか……)


 四六時中共にいたと言っても過言ではないティオの情報源が、レイには想像できなかった。

 唯一レイたちの事情を知るナナミは、普段と様子が変わらない。

 そもそもナナミがレイたちを裏切るメリットなど、レイには思い至らなかった。


 レイはナナミを信用していた。

 もしもナナミが口を滑らしたのなら、間違いなくナナミはそのことを伝えるはずだと。


(……もっとも、ナナミさんは優秀ですからね。そのような迂闊なことはしないでしょうけど。

 とにかく、ティオさんと話をしなければ何もわかりませんね)


 レイは、教師たちの言葉を聞き流しながら、ただ時間が過ぎゆくのを耐えた。




 ◇ ◇ ◇




 昼休みになり、レイはミリルに目配せしてからすぐにティオに声をかけ、人気のない廊下の端に連れ出していた。


「何の用?」


 平坦な調子でティオが告げる。

 親しみは欠片も感じられなかった。


「……ティオさん。あなたは朝、依頼の完了を宣言しましたけど、それはどういう意味ですか」


「どういうとは? そのままの意味以外に、何があるというの?」


「あなたを、ティオニア・エルリエールを護衛するという依頼は、あなたの父、ニーグレッツ・エルリエール伯爵から私たちが受けたものです。

 その依頼の達成について、あなたは判断できるのですか?」


「なに、そんなこと?

 依頼の成否や依頼料のことなら心配しないで。父と決めていた成功報酬を受け取れるよう、私が直接父に進言するわ。

 貴女が気にしているのは、内密にすすめていたはずの護衛のことを私に知られてしまったことでしょう?

 それについては不問とするよう父に伝えるわ」


 ティオは朝、自分の名において約束を交わしている。

 貴族であれば、その地位に関わらず名に背くことは決してない。

 たとえそれがどんな些細なことであれ、家名を地に堕とすことに他ならないのだから。


「これで心配事は解消された?

 昼食をとる時間がなくなってしまうし、私はもう行くわね」


「待ってください! あなたは、どうやって私たちのことを知ったのですか? 依頼の内容について知り得たのですか?」


「答える義務はないわね」


「ティオさん!」


「それと」


 ティオは、レイを揺らぐことのない瞳で捉え、


「私は、オルレシアン王国ローズレイク領を治める、伯爵ニーグレッツ・エルリエールの娘、ティオニア・エルリエール。

 言葉遣いには気を付けなさい」

 

 淡々とした口調で告げた。




 ◇ ◇ ◇




 ティオがいなくなってから、閑散とした廊下には音一つなかった。


「姉さん……」


 ミリルが、レイの袖を弱々しく引っ張った。


「これからどうしようか……あの様子じゃ、もうティオさんの…………ティオニア様についているのは難しいよ」


「そうですね」


 護衛をするには、どうしてもある程度近くにいなくてはならない。

 ティオの言動から、それが許されるとはレイにもミリルにも思えなかった。


「依頼は完了しました。

 卒業まであと半月程度ですが、それが少しだけ早くなったとでも思えばいいでしょう。

 これ以上、彼女の意志に背いてまで無理に護衛を続けて、心象を落とすこともありません」


「…………」


「学校については、ミリルはどう考えてますか? 続けますか?」


「私は…………わかんない」


「そうですか。すぐにやめる理由がないのであれば、私は残ろうと思います。

 こちらの都合は解消されましたが、ナナミさんとの、ドルドレーグさんを護衛するという約束はまだ有効ですから」


「あ、そっか…………うん。じゃあ、ミリルも残るよ」


「わかりました。ミリル、無理する必要はありませんからね」


「……うん」


 俯くミリルは、レイの袖を掴む手にぎゅっと力を込めた。


「姉さん」


「なんですか」


「依頼が完了したのに、全然、嬉しくないね」


「…………」


「どうして、こうなっちゃったんだろ。どうすればよかったのかな?

 ……私たち、これからどうすればいいのかな」


「…………」


 レイは答えられず、ミリルの頭を撫でた。

 ミリルは顔を歪め、潤んだ瞳から落ちた滴が一度だけ廊下を濡らした。

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