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第48話 ゆるふわねーさん

 抉れた大地を前にして、レイフィードは膝を抱えて座っていた。

 顔に覇気はなく、ぼけーっとしている。


「……大丈夫なのかしら?」


「どうだろね」


 レイの様子をティオニアは気遣うように、ミリルは半眼で見ていた。


「姉さん、八つ当たりするために、魔物を呼び寄せて討伐してるのかと思ってたんだけど……。

 まさか本気で温泉を復活できると思ってたのかな」


「できるの?」


「できるかもしれないけど、年単位の話じゃないかなぁ。新しく温泉がわくようになるようなものだし」


「じゃあ、今魔物を討伐したのは、まったくの無駄ということ?」

 

「そうだね…………遠い未来への投資にはなるかな」


 レイは丸くなって遠くを見つめている。


「遠い未来だと、元気にはなれないわね」


「ティオさん……?」


 ティオは、そっとミリルの袖を掴んで促した。




 ◇ ◇ ◇




(………………はっ!?)


 飛んでいった魂が戻ってきたかのように、レイは正気に戻った。


(ここはどこ? ……って、ラグア村付近の山ですよね!

 陽も少し傾いてきてますし、一体どれだけぼーっとしてたのでしょうか私は……)


 温泉が死んでいたとはいえ、それとティオの護衛を放棄することは無関係である。

 レイは自分の失態に舌打ちし、抱えていた膝を解放して立ち上がる。

 と、ずっと姿勢を固定していたせいか、身体の至るところに痺れがはしっていた。


「……っとと」


 レイは手を伸ばしてバランスをとろうとするが、倒れそうになり、


「危ないわよ、急に立ち上がったりして。立ちくらみ?」


 割れものでも扱うかのように、ティオがレイを支えた。

 

「……ティオ、さん?」


「大丈夫?」 


「え、えぇ。……ありがとうございます」


 レイはすぐにティオから離れる。

 ふわりと甘い香りがレイの鼻腔をくすぐった。


「その、ごめんなさい。私、ちょっと、今日、変ですよね……」


「確かにおかしいわね。今日の貴女は情緒不安定すぎるわ」


「うっ…………」


 護衛対象者に情緒不安定と言われ、レイは穴を掘って埋まりたくなった。


「そんな顔しないで。たまにはそういう日だってあるわよ」


「いえ、私にはそんな日…………いえ……」


 あってはいけない、と続けようとしたが、その発言は貴族の娘としては不自然である。

 レイは歯切れ悪く口ごもるほかなかった。


「でも、ちょうどよかったわ。

 今、貴女を呼びに来たところだったから」


「私を?」


 ティオが頷いて、レイの手をとった。

 突然の行動に、レイは照れを感じる余裕もなく成されるがまま小走りに駆けていく。


「え!? こ、これ……」


 案内された先で、レイは大きく目を見開いた。

 村長から聞いた場所、いや、以前よりレイが人知れず調べ上げていた温泉地。

 枯れていたはずのそこには、溢れ出す湯気で満たされている。

 レイたちの前には、消失したはずの温泉が復活していたのだ。


「一体、どうなって…………?」


 まるで、枯れた温泉の姿が幻であったかのような光景に、レイは何度もまばたきを繰り返した。


「存分に感謝していいからね。私とティオさんで頑張ったんだから!」


「ミリル? じゃあ、これ、二人が……?」


「温泉を元通り、とはいかないけれどね。

 私、水魔法も使えるようになったのよ」


 にっこりと誇らしげに笑みを浮かべるティオに、レイはぽけーっとした表情を浮かべるのだった。





 ◇ ◇ ◇




 レイは手早く身体を洗い、はやる気持ちを抑えきれずに湯船につかった。


「ぁぁぁぁ……」


 行儀のよいものではない、ましてや女子として考えれば自分の行為は眉をしかめられてしまうかもしれない。


「あああぁぁぁぁああぁぁぁ…………」


 しかしレイは心の底から湧き出てしまうため息のような声を、止めるつもりはなかった。


(どうせ、周囲に他人はいませんしね……あぁぁ、それにしても…………)


「これは…………ぅぅぅ………………最高ですねぇ……」 


 レイは、あまりの極楽具合に己の顔までふやけてくるように感じていた。


「姉さーん、湯加減大丈夫~?」


「ちょーどいいですよー」


「そーおー? ちょっと温くない~~?」


「んー、言われてみればー確かにそうですけどー」


「だよねー。それじゃ…………フレア・バレット!!」


 ボムッという音と共に、小さな波が流れてくる。

 ミリルが湯船に炎の魔法を打ち込んだのだ。 

 小さな波と共に、じわじわと熱が伝わってくる。


(…………あぁぁ。これは……ちょうどいい具合になりましたね)


「どーおー?」


「ありがとうございます、ミリルー!

 私にはぁ、過ぎた妹ですよぉ、ミリルはぁ。

 ティオさんもー、本当にありがとうございますーー」


 大きな岩を挟んで聞こえてくるレイの声は、いつもと比べ随分とぐにゃぐにゃしていた。


(……大丈夫かな、姉さん。脳みそまでとけてなければいいんだけど)


 ミリルはレイの緩みきった顔を想像して苦笑した。


(でもうまくいってよかったなぁ)


 ミリルは、となりで湯船につかるティオと目を合わせて互いに笑った。

 ミリルには慣れた、しかしティオにとってはめずらしい、いたずらっ子のような笑みだった。


 ティオの水魔法により大量の水を召喚し、ミリルの火魔法を水に打ち込み温度を無理矢理上げる。

 ザ・力業の所業は、繊細な天然温泉とは程遠いものであった。

 しかし、レイたちは即席に仕上げたこの風呂で、この上ない極楽を満喫していた。


「ティオさん、疲れてない? 大分消耗したと思うけど大丈夫?」


 ミリルも水魔法は使えるものの苦手としており、威力も魔力効率も悪い。

 反面ティオの水魔法は熟練の業と言える見事な制御技術であった。

 結局、水を召喚するのはティオに任せ、ミリルは炎魔法で大量の水を暖めるのみにとどめた。


「自分でも不思議なのだけど、それほど疲れてはいないわ。

 もしかしたら私、水魔法とは相性がいいのかも」


「そっか。ならよかった。

 ……ありがとね、ティオさん。あの間の抜けた声を聞けば嫌でもわかると思うけど、姉さん、すごく喜んでるから」


「どういたしまして。でも私は火魔法は使えないし、私一人じゃ絶対にできなかったことよ。

 こちらこそ、協力してくれてありがとう」


「えへへへ」


 ミリルは満面の笑みを浮かべ、肩まで湯につかった。


「はぁ…………姉さんじゃないけど、もうすっごいいー気分……」


「そうね……」


「……ねぇ。ティオさぁん」 


「なに?」


「もうすぐ、あと半月もしないで、私たち卒業でしょ」


「そうね」


「卒業したら、ティオさんはどうするの?」


「私は、家に戻るわ」


「それって、結婚待ち? 貴族同士の」


「そうね。父の手伝いもするでしょうけど、ずっとは難しいでしょうね。

 貴女こそ、どうするつもり?」


「私は…………私も家に戻るかな」


「あら、ハンターはやらないの?」


「うん。……でも、もしかしたらやるかも。だって、家に戻っても私は頭よくないしお淑やかでもないから、結婚に向かないしね」


「ふふ。まるで、普通の女の子のような話ね。向き不向きの話ではないでしょう、私たちにとっては。

 それが家にとって必要であるならば、私たちは、ね」


「そっかな。…………そっか。そだね」


 呟くようなミリルの言葉を最後に会話が途切れる。

 ミリルは岩に身体をあずけて、空を見上げた。


(終わっちゃうんだな。本当に……)


 ミリルはちくりと、僅かに胸の奥に痛みが生じていた。

 そっと、ティオに視線を向ける。湯船の熱でティオの頬は上気していて、いつもよりも柔らかい印象だった。


「ティオさーーん、ミリルーーー」


 岩越しにレイの声がする。


「景色もいいですしー、また近いうちに来たいですねー」


 相変わらずへにょっとした、完全に緊張感の抜けた声だった。

 ミリルは岩に身体をあずけたまま返事をする。


「今入ってるのにもう次の話って…………姉さん、どんだけ気に入っちゃったの」


「だってー、すごく気持ちいいですしー、すごーく嬉しかったですからーーー」


 レイのふにゃふにゃした声に、思わずティオはクスリと笑った。


「それなら、また来ましょうか。今度の休みにでも」


 からかうような口調のティオに、レイは、


「あー、いーですねー。約束ですよーー、絶対ですよーー」


「……え、えぇと…………」


 ティオは冗談のつもりで言った言葉を本気で受け取られて、若干戸惑ったが、


「えぇ、そうね。約束ね」


 はっきりと頷いた。 


「別にミリルもいいけど…………またすぐ温泉もどきに行くって、なんかミリルたち、微妙に年寄りくさくない?」


 半眼になって呟くミリル。

 聞こえているのかいないのか、二人には華麗にスルーされるのだった。

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