第47話 大好きなことに、多少のおかしさはつきものです
レイフィードの温泉に対する情熱と決意は強固なものであったが、ティオニアに対する護衛依頼を放って行く理由にはならない。
結局のところチャンスが巡ってきたのは、ダンジョン演習の日からは一か月以上が経過してからだった。
レイはその間、ギルドの依頼をことあるごとにチェックしていて、ようやく見つけた待望のラグア村からの依頼だったのだ。
ラグア村の食堂にて、レイたち3人は少し遅めの昼食をとっていた。
「ここまで来るのは少し遠かったけれど、依頼はすぐに片がついてよかったわね」
村の名産となっている葉で煎れた茶で身体を温めながら、ティオニアはほっと一息をついた。
「依頼を受けたときの説明で、オークの拠点が詳細にわかっていましたからね」
「探索する手間が省けるのは助かるよねー」
「そうですね。討伐依頼では、対象の魔物をいかに見つけるかも大事ですから」
レイたちは、村の家畜を荒らすオークの討伐を難なく終えていた。
オークの拠点を不意打ち同然に仕掛けられたので、ミリルの魔法、ティオの弓で大半を仕留め、レイは数体を後詰するのみであった。
「もしかして貴女、そこまで考えて、この依頼を受けたの?」
言葉は質問だが、すでにティオは感心している様子であった。
レイは若干顔を逸らし渇いた笑みを浮かべる。
「い、いやぁ……ともかく、依頼が無事完了してよかったです。
村長さんとも直接お話ができましたし」
「お菓子もらっちゃったしねー。帰り道でお腹空くだろうし。そのときにちょうどいいよね、おまんじゅう」
ミリルは上機嫌でまんじゅうを入れたバッグをさする。
レイとティオは思わず顔を合わせてクスリと笑った。
「まだ時間には余裕あるけれど、少し村を見て回る?」
「それもいいですけど、村長さんが言ってましたよね。こ、こ、この近くに、ぐ、ぐぐ偶然天然温泉が湧いているとかなんとか」
「え? そうね。言っていたけれど……」
「じゃあせっかくですし、そこへ行きませんか!? 時間もありますし、せっかくですしね!!」
「……私は構わないのだけど、いいの? 貴女、お風呂は好きではないのでしょう?」
「いいんです!! 好きではなくないですからいいんです!!」
力強く言い切るレイに、ティオは、そうなの? と疑問に思いつつも頷いたのだった。
◇ ◇ ◇
「ああ……ぁぁ…………!!」
現状を理解し、絶望が心を染めていた。
「ああああああああああぁぁぁああああああああ!!!」
山の中に悲痛な叫びがこだまする。
「ウアアアアアアアアァァァァァアアアァアァァアアアアアアアアアアアアァアァッァァァァァアァアアアアアアア!!!!」
ラグア村直近の山の中腹で、レイは膝を折って両の拳を地に叩きつける。
その姿、慟哭という言葉がぴったりとあてはまっていた。
(み、見てられない……)
ミリルは今にも号泣しそうな勢いのレイから目をそらし、
「…………」
レイのあまりな惨状に、ティオはどうしたらよいかわからずオロオロとしていた。
つい数分前まで、レイは鼻歌交じりにうっきうきでスキップしていた。
道中でティオに対して、『同性とはいえ、裸体を人様に晒すのが恥ずかしいので私は離れたところで入りますね』と言いくるめていた。
ティオは特に不思議に思うことなく、むしろ今まで風呂場で見かけなかったのはそういう理由なのかと納得していた。
レイは心置きなく単独で温泉に入ることができると確信し、頭の中はお花で満開だった。
そして、温泉が消失しているという非情な現実にぶち当たったのだ。
いつの間にかレイは叫ぶのをやめ、膝を抱え小さく小さく座っていた。目もすわっていた。小声でぶつぶつと何か言っている。
そんな状態のレイに、ティオとミリルは声をかける度胸はなく、同情しながらも見ないふりをした。
「……温泉って、枯れるものなのね」
「ま、まぁ、そういうこともあるかなぁ……」
ミリルは、温泉が消えて窪んだだけの大地を見る。
「でもこれ、魔物のせいだと思うな」
「魔物が温泉を枯らすの?」
「うん。湖とか、大きな泉になれば大丈夫なんだけどね。小さな泉とかだと、魔物が放つ瘴気を水精が受け止めきれずにいなくなっちゃうとか言われてるの。
実際のところはわからないけど、管理されてない水場は消えちゃうことがあるんだ」
「討伐しましょう」
「え?」
すくっとレイが立ち上がる。
「今の私の声で、近くにいる魔物が寄ってくるはずです。
それらをすべて討伐しましょう」
「ね、姉さんの今の慟哭ってそのためだったの?」
「はい。卑劣な魔物どもを残らず滅ぼしてみせます。そうすればきっと温泉も復活するはずです。
ミリル、準備はいいですか?」
「……いいけど」
「ティオさんは無理せず、後方にいてくださいね」
「え、えぇ」
静かに瞳に炎を灯し、完全に戦闘モードに入るレイ。
その熱さに、ミリルとティオはひいていた。
間もなく現れた魔物を、レイは容赦なく斬り捨てた。
それはまるで、溜まった鬱憤をすべて押し付けるような、斬るというよりも叩き潰すような荒々しい剣筋であった。




