第45話 演習の終わりと、でぇと権の行方
トロルがマリーの雷撃で倒れると同時、レイフィードも同じく膝をつき、横向きに倒れていく。
「レイさん!!」
マリーが慌てて駆け寄り、レイを支えた。
「はは、すみません。ちょっと今の戦闘で、気力を使い果たしてしまったみたいです。
お恥ずかしい話ですが、今はもう立てそうにありません」
「何言ってるんですか!!
それだけ力を尽くして戦って、何が恥ずかしいものですか!!」
即座に否定するマリーに、レイは思わず苦笑してしまう。
(……まったく、これでは立場があべこべですね)
激しく動いた分、毒のまわりも十分なものになってしまっていた。
レイ本人の言うとおり、レイには歩く気力も残っていなかった。
「悔しい気持ちもありますが、私は転送アイテムによりひと足早く地上へと戻ります」
「待ちなさい! 無理に動かず、あまり時間をかけなければ、少しくらいなら大丈夫でしょう?
ワタクシが貴女を背負えば……」
マリーがレイを背負おうとする。
レイは止めようとするが、それより速くマリーは行動に移し……見事に床に潰れた。
「…………」
レイはマリーを下敷きにして、気まずい思いをしながら気の毒そうに声をかけた。
「……足、痛いんですね?」
「ぅぐっ」
レイはどうにか身体を転がし、床に横になる。
マリーは無念そうにうつ伏せのままでいた。
「怪我が治ったわけではありませんし、そもそも魔法をあれだけ連発していたじゃないですか。
マリーさんだって、相当気力を消耗しているはずですよ。自分が歩くので精一杯じゃないですか?」
「…………」
「ふふっ。そんな風に拗ねると、まるでミリルのようです」
「なっ!? ワタクシはあんなお子様では……」
「冗談です」
「…………貴女の冗談は、ちっとも面白くありませんわ」
(ムスっとした顔は、ちょっとだけ本当にミリルに似てますね)
レイは言葉には出さずに思った。
身体を起こして半眼で睨んでくるマリーに、レイは苦笑した。
「では、私は先に戻っていますね。
この部屋には他の者の気配はしませんし、あれだけの相手でしたから、さすがに最後だと思います」
「もしも敵が出てきたら、ワタクシもすぐに転送アイテムで戻りますわ」
「……そうですね。その方がいいと思います」
レイは、懐からポーションの瓶に似た転送アイテムを取り出し呪文を唱えた。
「ゲート」
レイの姿が一瞬ブレて、次の瞬間にはまるで最初から何もなかったかのように消えていた。
(身体全体がふわりと持ち上がるような、妙な感じですね)
転送の効果は一瞬で終わった。
目の前の風景がマリーのいた地下部屋から、ダンジョン前の空き地へと戻っていた。
レイは仰向けになっていた身体を起こして、手を握ったり開いたりする。
「…………なるほど、そういうことでしたか」
ため息を吐いて、レイは自分が置かれている状況を把握した。
ダンジョンにいたときに感じていた毒による痛み、倦怠感、疲労感はない。
投擲したはずの剣は、レイの傍らに置かれていた。
「あ、姉さんお帰りー。結構ゆっくりだったね」
「大変でしたからね。ミリルは大丈夫だったのですか?」
「うん! 私は大丈夫だったよー!」
私『は』のイントネーションがおかしなことに、レイはぴくっと反応した。
そして、レイと同じく反応した者がいる。疲れた顔をしたナージュ・ゲシュタインだった。
「そうだろうなぁ。貴様は平気だったろうなぁ、貴様は」
「うんうん。ナージュさんも無事でよかったよね」
「どこが無事なものか!? 貴様の広範囲魔法に巻き込まれて、俺は早々に退場させられたんだぞ!!」
「まぁまぁ。細かいこと言いっこなしだよ。擬似世界でのことだったんだし、いーじゃないですか」
「生きたまま燃やされた俺の身にもなってみろ!? 擬似世界とはいえ、躊躇なく他人を巻き込んでモンスター共々皆殺しにする奴があるか!!」
「えー。でも私は擬似世界だってわかってたし。それに姉さんだったら、たぶんちゃんと回避してたと思うよ」
「はっ、そんなデタラメを……。魔物と斬り合いをしていて、横からいきなり魔法を打ち込まれて、どうやって回避しろと言うのだ」
呆れと侮蔑を含んだ表情で吐き捨てるナージュに、レイは微妙に顔をひきつらせて笑みを浮かべていた。
無言の返答にナージュは戦慄する。
「貴様……なんという恐ろしい奴なんだ…………。
おいレイフィード、貴様か? 貴様の甘さがこの狂犬を育てたのか?」
「こらー、誰が狂犬だ!? こんなにかわいいミリルちゃんを捕まえて!!」
「はっ! 見てくれで騙し、平気で味方を巻き込む魔法を使用する。そこらの悪逆魔法使いの方がはっきりしている分、マシとも言えるな」
「なにをー!!!」
「ふんっ…………」
「ぐぬぬぬぬ…………」
ミリルとナージュのやり取りを見て、レイは大体状況を理解した。
(普通にしてれば相性よさそうなんですけどね……)
にらみ合う二人を前にして、レイは曖昧に笑っていた。
「いやー、お前ら悪かったな。
まずは騙していたことを最初に謝っておく」
数名のムスっとした生徒を前に、アーノルドはまったく悪びれずに謝罪の意を示した。
「もしかしたら気づいていた者もいるかもしれんが、今回のダンジョンは擬似世界、つまり頭の中のイメージでしかない代物だ。
お前たちが入っていた洞窟内に、擬似世界へと意識を飛ばすトリガーが仕組まれていてな。
転送アイテムも本当のところ必要ない。『ゲート』と唱えれば、自動的に現実へと帰還する。というか、目を覚ます。
あとは、擬似世界で自分が死んだものと強く認識したときと、最終ポイントまで進んだ時だな。
まったく、件の宮廷魔術師殿は本当に面白いモノをつくったものだ」
一人うんうんと頷くアーノルド。
マリーが手を挙げる。
「つまり、このダンジョンであったことはあくまで頭の中のことで、なんの意味もないということですか?」
「それは違うぞ。
確かに今お前たちが経験したことはイメージでしかないが、限りなくリアルな夢とも言える。身体の動かし方は現実とほぼ変わらないし、非常に実践的と言えるだろう。
まぁ、一度使用してタネがバレると、いくらリアルであろうとも意味はなくなるがな。心持ちがまるで異なってしまう。むしろこの擬似世界でどうせ死なないのだからと無茶を繰り返して、現実でも同様の行動をする悪癖がつく可能性もある。
意識が繋がるのも二人だけが限度だし、出てくる魔物の種類も少ない。汎用性はないな。
でも一度だけなら効果は抜群だ。
それは体験したお前たちが一番痛感しているだろう?」
「…………奴と組んだのが、俺の運の尽きか」
「兄さま、一体何があったのですか?」
「聞くな」
ざわざわと生徒たちが小声で話し出すのを見て、アーノルドは満足気に頷いた。
「さて、どうせ擬似世界だからと難易度もそれなりのモノになっている。
王国騎士でも突破できるものはそうはいないはずだ。
お前たちの場合は前衛と後衛で組ませた。
実力と連携力の双方が必要となるが、決してお前たちに突破できない難易度ではなかったはずだ」
「私惜しいところまでは来たんだけどなー。最後のトロルが意外と速くってねー。ちゃんと前衛がいればなー」
「…………ッッ」
「に、兄さまがこれほどまでに怒りをあらわにするなんて……」
(あとでナージュさんには、菓子折りでも持っていくべきでしょうか?)
「まぁ、確かにトロルは通常のものとは異なる変り種で苦戦は免れないだろうな。
そして、それに見事打ち勝ち、このダンジョンを踏破した者をここに評する。
……マリー・ゲシュタイン、前へ!!」
名前を呼ばれ、マリーはアーノルドの元へと歩いていく。
「意外、と言ったら失礼か……。
しかし、よく踏破した。この経験がお前を更なる高みへ昇らせるだろう。
おめでとう、マリー・ゲシュタイン」
「ありがとうございます」
マリーが少しだけ複雑な表情でレイを見た。
レイはマリーの視線に気づくと、笑って手を振った。
それを見てマリーも肩の力を抜いて笑みを浮かべた。
「そしてこれが賞品の『でぇと権』だ!!!」
アーノルドが無駄に力を入れて、手書きの紙片をマリーに手渡した。
マリーは受け取ったものの、どうしたものかと頭を悩ませた。
数名の生徒がマリーを羨ましそうに見つめている。おまけに数名の男子生徒に至っては、もしかしたら自分が『でぇと権』を使われる相手になるかも、と考えて浮ついた雰囲気を醸し出していた。
「で、だれに使うのだ?」
野次馬根性を隠そうともしないアーノルドの問いに、マリーは小さくため息をついた。
「必要ありません……と、言いたいところですが、せっかくですわ」
マリーが生徒たちの方へと歩いていく。
落ち着かない男子生徒たちをスルーして、マリーは目的の相手に『でぇと権』を差し出した。
「たまにはワタクシの買い物に付き合ってくださいね、兄さま」
「なんだ、俺でいいのか?」
「好いた異性などおりませんから。ワタクシ相手ではご不満ですか?」
「……いや。
完敗だ。強くなったな、マリー」
「これでもいっぱしのレディーですから」
マリーとナージュのやり取りに、周囲の生徒たちは若干しらけた雰囲気になっていた。
なんだかんだで、色濃い沙汰に興味新々な年頃なのである。それが例え自分に関係の無いものであっても。
「せっかくの権利なのに。あの人、貴族とは思えないチョイスするね」
「貴族みんなが政略結婚するわけではありませんよ」
「どうしてかしら。貴女たちが言うと、ものすごい違和感があるわ」
ミリルとレイとティオニアが話す場に、一瞬だけマリーが視線を向けた。
「どうした、マリー? やはり気になる男でもいるのか?」
「だからおりませんわ」
なぜかそわそわするナージュに、マリーは興味なさげに答えた。
「………………いい男など、そうそういるものではありませんわ」




