第43話 扉の向こうには
レイフィードが剣を収めて小走りで戻ってきた。
「どうですか? きっちりと決めてやりましたよ」
マリーはふんっと軽く笑ったが、
「やりましたね、マリーさん!
1体も残さないなんて、本当に見事ですよ!」
邪気なく称えるレイフィードに、マリーは思わず顔を逸らしてしまう。
「こ、このくらい大したことではありませんわ! あなたのフォローもありましたし……。
さぁ、こんなところで足踏みしていても仕方ありません! さっさと先へ進みましょう!」
早口で一気に言い切って、マリーは奥に設置されているドアの方へと歩き出してしまう。
レイは慌ててすぐに後を追って隣に並んだ。
「マリーさん、足は大丈夫なんですか?」
「あまり体重をかけないようにしておけば、それほど痛みません。
ここまで運んでいただき、ありがとうございました」
「いえ、それならよかったです。でも、戻ったらちゃんとすぐに治療は受けてくださいね」
「はいはい。わかっていますわ」
軽い調子で答え、マリーはドアに手をかけて開けようとして……瞬間、レイは咄嗟に叫んだ。
「――伏せてくださいッ!!」
緊迫した声に、マリーの身体は考える前に反応する。
マリーが伏せるのと同時、レイがマリーの頭があったところに回し蹴りを繰り出した。
バシュっと、それはレイの蹴りを受けると衝撃により四散した。
マリーがドアに手をかけたのと同時に、上から襲ってきたのだ。
(今のはグリーンスライム! 他の新手は!?)
レイは眼光鋭く、全神経を集中させ敵の気配を探る。
上方含め、自分の目でも周囲を確認して、もう敵が潜んでいないことを確信し、
「…………今のだけのようですね。不意をつかれました」
レイが緊張を解き、ふっと息を吐いた。
(……これまでは敵はすべて事前にわかるように、あらかじめ配置されてるような状況でした。
トラップの類もありませんでしたし、完全に油断していましたね。
これを仕込んだ人は、なかなかいい性格をしているようです)
「い、今のは一体……」
マリーが周囲をキョロキョロとしながら、おそるおそる立ち上がる。
「長らくなかったトラップをここで仕掛けられていたようです。
相手はグリーンスライムでしたが、不意の接近で顔に張りつかれでもしたらパニックになっていたかもしれません。
マリーさん、すみませんでした」
レイは自分の迂闊加減に嫌悪する。
油断していたとはいえ、トラップを回避できないどころか、後衛職を先行させてしまった気の緩みを自省した。
「何言ってるんですの?
ワタクシこそ、まんまとトラップにかかってしまい情けないですわ」
「そんな、マリーさんは魔法使いですし、敵を前にして察知できなかった私が……」
なおも言い募るレイの顔の前に、マリーが右手を掲げて待ったを示す。
レイが黙ったところで、マリーは扉の向こうに視線を向ける。
「扉が開いた今なら、ワタクシでも向こう側にいる魔物の気配は感じられます。
それほどの強さの相手を前に、士気を下げるようなことを言わないでくださいませ」
「マリーさん……」
マリーがレイの目を見てはっきりと告げる。
「護っていただき、ありがとうございます。
あなたと組めた偶然に感謝しますわ」
マリーの初めて見せる柔らかい笑みに、レイは負の想いを完全に抜かれた。
「……こちらこそ、感謝します」
レイは苦笑して、抜剣する。
「これほどのプレッシャーです。おそらく最後の敵でしょう。
堂々と撃破して突破いたしましょう」
「無論ですわ」
レイとマリーは無意識に笑いあった。
◇ ◇ ◇
扉の向こうの部屋にたたずんでいるのは、レッサー・ミノタウロスと変わらぬ巨体の大型の人型モンスターであった。
赤褐色の身体に申し訳程度の布を卷き、大剣と丸い楯を装備している。
「トロルですか……」
「トロルって、確か再生能力が桁外れでしたよね」
「ええ。私の場合、一撃で首をはねるか、心臓を貫くくらいしかまともに倒せる方法はありません。
通常なら致命傷となる攻撃を与えても、トロルが相手ではすぐに回復されてしまうでしょう。
向こうもそれは承知ですから、簡単にはとらせてくれません」
レイは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
トロルはBランクモンスターである。
真っ当に戦うのであれば、レイが1対1で負けることはないのだが。
(トロルにしては、凶暴性よりも知性を感じる目をしています。嫌な予感がしますね。
大抵は棍棒を振り回してるイメージですが、大剣や楯を装備しているというのもめずらしいですし……)
レイは剣を握る手に力を込める。
(あまり長い間は、持たないかもしれませんね……)
「マリーさんの使う魔法で最も強力な魔法って何になりますか?」
「……サンダー・スピアですわ」
サンダー・スピアはCランクに分類される魔法ではあるが、それは扱い安さ、制御のしやすさによるものだ。
威力はBランク魔法と遜色はない。
「わかりました。おそらくトドメをさすのには申し分ないと思います。
私は、どうにかしてアレの動きを止めますね」
「トロルなら、ワタクシでも動きは終えそうですけど……そんな簡単な相手ならば、扉の前にいた十数のレッサー・ミノタウロス以下ということになってしまいますわね」
「ええ。念のため、様子見のときは十分に距離をとってください」
レイは剣を下げて、小走りにトロルへと近づいていく。マリーは円を描くように右へと回り込んでいく。
トロルは悠然とレイを見下ろし、肩に担いでいた大剣を高く掲げて、
「グルルルルアァァァァァアアア!!!」
吠えると同時、レイとの距離をあっという間に詰めて、大剣を勢い良く振り下ろした。




