第42話 共同戦線
「……多いですね」
前方に敵の気配を感じて、レイフィードは足を止めた。
「この感じ、レッサー・ミノタウロスが15体ほどでしょうか。数で押しつぶされるのは容赦願いたいところです」
「性懲りもなく、また現れましたのね」
「マリーさん、遠距離から先制したらどれくらい削れそうですか?」
「……5、6体がせいぜいといったところです。
ワタクシの魔法でそれ以上やろうとすると、こういった閉鎖空間では下手をすればこちらが巻き込まれてしまいます」
レイに背負われているマリーは、レイの肩にかけた手に無意識に力が入った。
(緊張、でしょうかね。
奴らは動きこそ速くはありませんが、力はありますからね。一撃を受ければ間違いなくただでは済まないでしょう)
マリーの魔法で先制しても、10体程度は残る計算になる。
それらを相手にレイとマリーが戦う場合、当然剣士であるレイは前衛、魔法使いであるマリーは後衛となる。
理想は、前衛がすべての敵を引き受け、後衛が仕留めていく形だが数が数である。そうそううまくことは進まないだろう。
(今までの訓練状況を見る限り、マリーさんはどっしり構えて魔法を使うタイプでしょう。
敵の攻撃を避けながら、隙を見て魔法を撃ちこむような身のこなしには不安がありますね。
そもそも今はロクに動けない状態ですし……)
レイは少しの間思案する。
「先制攻撃はやめましょう。
私が囮になります」
レイの言葉に、マリーは形の良い眉をひそめた。
「では、先に行きますね」
「…………」
マリーが頷いたのを見て、レイは抜剣して音もなく走り出した。
走り出して間もなく、レイは開けた空間へと踏み込んだ。
「これはこれは、予想通りですが、なかなか圧巻ですね」
レイは足を止めずに走り続ける。
目の前には、それぞれ斧や大剣を持ったレッサー・ミノタウロスが乱入してきたレイに敵意を向けていた。
(数は……20はいませんね)
ざっと周囲を確認してレイは判断を下す。
今まで遭遇した敵は、すべてこのような開けた空間でのことであったが、ここはその中でも優に倍以上の広さであった。
ふと、レッサー・ミノタウロス達の巨体の隙間から、木製のドアが目に入った。
今までの道のりで、ドアなど一度も見ていない。
「5階は下ってきましたし、そろそろ最奥部と行った所でしょうかね……。
ならば、こんなところで足踏みはしていられません」
レイは加速して、群れから離れていた1体に向けて肉薄する。
勢いのまま一直線に突っ込み、レッサー・ミノタウロスが慌てて斧を振り下ろすが、遅い。
「一つ」
斬撃を難なく躱し、跳躍して一撃で首をはねる。
断末魔の叫びをあげることなく、魔物はうつぶせに倒れた。
一瞬の間の後、
ゴゴゴゴゴゴオォォォゴォォゴォオオオオォォォオオオオオ!!!
広い空間全体を揺らすように、レッサー・ミノタウロス達が怒りの咆哮をあげる。
「油断してるからそうなるんですよ」
レイはすでに次の敵にあたりをつけていた。
最短距離で駆け抜けて接近し、横なぎの大剣を身を低くして躱す。
「ふっ!!」
敵の左足を膝上から斬り飛ばし、態勢を崩して倒れてきたところで首をとばした。
再び他のレッサー・ミノタウロスから咆哮が上がる。先程よりもさらに激しい怒号であった。
「……さすがに狙いどころがなくなりましたね」
敵は文字通りレイへと殺到してくる。
統率などまるで取れていないが、巨体がいくつも迫ってくるだけでも十分に脅威である。
(多少の無茶をすれば、なんとかはなりそうですが……)
レイは静かに首を振って、迫り来る魔物を一撃必殺から、捌き続ける方向へと意識をシフトさせた。
◇ ◇ ◇
(呆れた。本当に一人で引きつけてしまっていますわ)
マリーは壁伝いに歩き続け、ようやくレッサー・ミノタウロス達を完全に視界に捉えるまでに接近した。
開けた空間の中では、レイが軽やかに踊るように移動して魔物をあしらい続けている。
(あれだけの敵の中で、焦った様子もない……驚異的な身のこなしもさることながら、どこであんな度胸をつけてきたのやら)
マリーは、レイと別れる前の会話を思い出していた。
「私が敵をひとかたまりにしますので、私の合図、もしくはそちらのタイミングで魔法を撃って一網打尽にしてください」
「はぁ!? 奴らを相手に一人で立ち回るというのですか!?」
「倒しながら、というのは厳しいでしょうが、引きつけるだけなら可能です。それでも、あまり長時間は難しいですけどね。
だからマリーさんは先制はやめて、最初からいつでも範囲魔法撃てるようにしておいてください。
私が必ずチャンスをつくりますので」
「そんな簡単に! …………あ、いえ。貴女でしたら、できるのかもしれませんが……」
「マリーさん、ひとりで歩くことはできそうですか?」
マリーは背負われたまま、右足を軽く動かしてみる。
痛みはあるが休ませているおかげもあり、ある程度は回復していた。
「短い距離なら問題ありませんわ」
「では、このまま奴らが気づかない程度まで接近します。
それからは私が先行しますので、マリーさんは単独で後からついてきてください。
それと魔法の準備をお願いしますね」
「……わかりましたわ。その作戦でいきましょう」
マリーは不承不承レイの提案を受け入れる。
自分が足でまといになっていることを悔しく思うのと、レイが自分を差し置いて当たり前のように危険を引き受けるのが気に食わなかったのだ。
マリーがレイの肩の付け根を親指でぐりぐりと押す。
「あいたたたた!? ちょっと、なにするんですか!?」
「なんでもありませんわ。ただのマッサージです。
それよりも、下手をうたないで下さいませね」
「は、はぁ? ……わかりました」
マリーは両手を前へと突き出して、溢れ出しそうな力を収束させていく。
自然と視線は鋭くなり、魔物の集団にバラバラの方向から襲われているレイの一挙手一投足を見極めるべく集中していく。
(今のワタクシは足でまといです。……が、役たたずにはなりたくありませんわね!)
魔法を放つ準備は万端、後はタイミングのみであった。
と、レイが方向転換をして、先行してきた1体のレッサー・ミノタウロスへと向かう。
斬撃を見舞うが魔物も応戦し、レイは逆に吹き飛ばされてしまう。
(……違う! ここですわ!!)
「マリーさん、今です!!」
マリーの判断とレイの合図が重なる。
マリーは口角を上げて、不思議な高揚感の元、即座に魔法を発動させた。
「レイジング・ブリッド!!!」
直径1メートル級の氷球が、一直線に高速でレッサー・ミノタウロスへと飛来する。
レイを吹き飛ばすため立ち止まった魔物の元には、周囲から覆うかぶさるように他の魔物が殺到していた。
氷球が1体の牛頭に直撃して爆散し、凝縮されていた冷気が溢れ出す。
周囲に霧が吹き出し、レッサー・ミノタウロス達の姿が見えなくなる。
若干の後、霧がはれて、
「…………ざっと、こんなものですわ」
額の汗を拭って、マリーは不敵に笑う。
周囲にいたレッサー・ミノタウロスは、例外なくその身を氷で固められていた。




