第41話 適材適所
レイフィードがマリーを背負ったまま歩き続けて数分が経過していた。
両者に会話ははなく、レイの足音だけが通路にこだましている。
(これだけ長い間無言でいるのは気まずいですね。
……というか、勢いでマリーさんを背負ってしまいましたが、これセクハラとかになりませんよね? 大丈夫ですよね!?
マリーさんは私を女性だと思っているでしょうし、これはあくまで緊急避難的処置なそれですから!
別に私が女性だと思われているから、それを利用してスキンシップをとろうなどとは思ってませんから!
そう、これはあくまで人助け! ですから私に対する瑕疵などは微塵もありませんとも!
ああ、でもマリーさん。軽い割には触れてる部分は柔らかくって、下手に意識するとなんだか妙な気分に……)
「レイフィードさん」
「はははい!? なんですか!?」
「? 何を慌てていらっしゃいますの?」
「は、はははっは! 慌ててなんてそんな! 全然普通ですよ!!」
心中で理論武装した瞬間に話しかけられて、レイは大きく動揺していた。
マリーはひとつ息をついて、
「貴女、左腕は痛まないのですか? いくつも切り傷がありますけど」
「いえ別に? 出血は止まっていますから、マリーさんに血がつくことはありませんよ」
「……レイフィードさんって、やっぱり変な方ですのね」
「やっぱりってなんですか、やっぱりって」
レイは思わず苦笑してしまう。
レイとて完璧に令嬢の振りができているとは思っていない。どころか、ボロを出しすぎなのは自覚していた。自覚はしているうえで、すべてを改善することはできないのだからと半ばあきらめてもいたが。
「貴女とミリルさんって、いつから訓練をしているんですか?」
「えっと……」
(これは、正直に答えても大丈夫ですよね? 今から設定を作り上げたら、どこかで矛盾が出そうですし……)
レイはすぐに決断を下して、過去をさかのぼろうとして……中断した。
「マリーさん、ちょっと待っててもらえますか」
立ち止まりマリーに背から降りるよう促す。
「どうしたのですか? ……もしかして、魔物でしょうか?」
「ええ、私が先行します。場合によっては敵を引きつけてきますので、そのときは援護をお願いします」
「わかりましたわ」
マリーが真剣な表情で頷く。
レイは小走りで先へと向かい、抜剣した。
◇ ◇ ◇
3階層を降りる階段の途中。
マリーは道中での戦闘を思い返して、無意識につぶやいた。
「貴女、本当に強いんですのね……」
レイに背負われているマリーは感心するというよりも、むしろ呆れているほどであった。
「そうでしょうか。ナージュさんであれば、このくらいのことはやってのけると思いますよ」
「そこで兄さまを引き合いに出すところが、ワタクシにとっては規格外ですわ。
その見た目でその強さ。完全に詐欺ですわね。とても同じ女性とは思えません」
「は、ははは……どうも」
マリーの言葉に、レイの心臓は早鐘を打つ。
レイが内心びくびくしているとは露程も思わず、マリーは続ける。
「オークやスケルトンであれば瞬殺。レッサー・ミノタウロスですら、数合で片をつけてしまって。
挙句の果てに、ガーゴイルと撃ち合いを始めるなんて。気でも触れたのかと思いましたわ」
「はは……あれは非常に困りました。
マリーさんがいてくれなければ、どれだけ時間がかかったことか」
ガーゴイルは石像に宿った悪魔のなりそこないである。
Cランクモンスターであり、レッサー・ミノタウロスと同等の強さと指標されているが、その身体は石で構成されており、剣での攻撃はあまり有効ではない。
魔法で衝撃を与え、破壊するのが効果的であった。
「倒せないではなく、時間がかかる、ですか……。まったく、本当に呆れますわ」
「適材適所ですよ。それにグリーン・スライムなどもいたじゃないですか。
スライム相手に斬りつけたところで意味はありませんからね。マリーさんが焼いてくれなければどうしようもありませんでしたよ」
「……そうですね」
レイのフォローに、マリーは小さくため息をついた。
確かにスライムを剣士が倒すのは面倒だろう。おおよその物理攻撃は有効ではないのだから。
しかし、それならば戦わなければよいだけなのだ。
レイが単独であれば、スライムを撒くことなど造作もないのだから。
「貴女とミリルさんって、いつから訓練をしているんですか?」
「10歳のころからですね。6年前になります」
「そう……ですか。ワタクシ達よりも、遅いのですね」
「マリーさんはいつからですか?」
「12年前。4歳のころです。ワタクシは魔法を、兄さまは剣術を両親から習いました」
4歳のころから修練をするというのは、かなり早い方だ。
それこそ、親が積極的に子どもの将来の方向性を考えていなければないだろう。
「ワタクシの父は近衛騎士、母は元宮廷魔術師です。
両親を見て育ったワタクシ達は、当然のようにその背中を追いました。
物心をついたころには、兄さまは剣を振り、ワタクシは魔法を扱っていましたわ」
「はぁぁ……それはすごいですね」
レイが同じくらいのころは、外を駆け回ったり、ミリルと共にいたずらを繰り返していた記憶しかない。
素直に感心するレイに、マリーは鼻で笑った。
「恥ずかしながら、ワタクシもそれなりの腕だと思っていましたわ。
同世代の貴族に敵はいませんでしたから。今考えると、ただ井の中の蛙であっただけですけどね」
「そんなことは……マリーさんだってレッサー・ミノタウロスなどを一撃で倒しているじゃありませんか」
訓練では強いが、実践では役たたず。
そんな人間を、レイは何人も見てきた。
実戦は、一歩間違えれば命を落としかねない。特にモンスターは他者に容赦をしない。一歩踏み出せば、そこは死の危険がはらむ世界。プレッシャーに負けて動けなくなる人間がいるのは当然であった。
レイの見る限り、マリーは普段通りに、いや、もしかしたら普段以上に集中して戦闘をこなしていた。
転倒するという失態はあったものの、戦闘にアクシデントはつきものだ。
(あの時、私が割り込むのが一歩遅ければ、おそらくマリーさんは転送アイテムを使っていたのでしょうしね)
ギリギリまで切り抜けることを考える精神力は賞賛に値する。
レイはそのように思っていたのだが、
「でも…………ミリルさんであれば、レッサー・ミノタウロスごとき、それこそ一撃で決めていたのではありませんか?
ワタクシのように一体ずつではなく、一気にまとめて」
「そ、それは……」
思わずレイは口ごもってしまう。
レッサー・ミノタウロスには魔法への耐性はない。
力はあっても動きはそれほど速くはないので、ミリルであれば多少攪乱して範囲魔法を撃ち込めばそれで片がつくだろう。
「ワタクシとて、範囲魔法を扱うことはできます。
しかし実践の中で、援護もなく単独で魔物と対峙して、かかるプレッシャーを振り払って詠唱に集中できるかと言われれば、そこまでの自信はありませんわ」
「そこは、その……」
レイは口ごもり、マリーの言わんとしていることを理解した。
(素質、ですね)
無論、場数の違いもあるのだが、前提として絶対的な才能の差があった。
魔法は扱えば扱うほど威力も技術も向上する。
しかしそれは、生来の魔力量、魔法を制御するセンスを前提としていた。
強くなれはするが、誰もが同じように強くなっていくわけではないのだ。
「ミリルは確かに魔法の才能がありますね」
「本当ですわ。まさか社交場の上級学校でそのような子に会うとは思いませんでした。ましてや年下なんて……」
「でもあの子の本当の強さは、もっと別のところにあると思うんです」
「別、ですか?」
マリーの問いに、レイは小さく頷く。
「ミリルの本当の強さは、心です」
「……心」
「あの子、こうと決めたら結構突き進んで行っちゃうんですよ。興味のないことには全然だめなんですけどね。
魔法だって才能はもちろんあったのでしょうけど、毎日毎日飽きもせず魔力が空になるまで練習してました。
気を失ったあの子をベッドに運ぶのは、私の役割でしたから」
「…………」
軽い調子で苦笑するレイだが、マリーは唖然としていた。
自身が魔法使いであるマリーだからこそわかる。
魔力が空になることはあっても、気絶までというのは普通ない。走っていて疲労することはあっても、倒れることはないのと同じことである。人はどこかで無意識にブレーキがかかるもので、それがいい悪いは別として、当たり前のことなのだ。
「兄さまも」
マリーがぽつりとこぼす。
「兄さまも、最近ではないですけれど、幼いころはよく訓練直後にその場で眠ることがありましたわ。
ワタクシでは運ぶことはできませんから、人を呼んでいましたけれど」
「そうですか。……恥ずかしながら、私は訓練で倒れたことはないんですよ。そこまで自分を追い込めませんでした」
「……レイフィードさん」
「マリーさんは強いと思います。こうして運んでいる私が保証しますよ」
レイがクスッと笑う。
マリーは羞恥で赤くなった。
「……感謝はしておきますわ。その、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「そういえばワタクシ、重くはないのですか?」
「いえまったく。あんまりミリルと変わらない気がしますよ」
「あのようなお子様と変わらないというのも複雑ですわ」
「では、見た目相当には重いと思います」
「……貴女、意外といい性格していますわね」
「お褒めいただき光栄です、お嬢様」
「なんですの、それ……もうっ」
マリーは笑って、数度レイの肩を叩いた。




