第40話 意地っ張り
「うぅ……痛い……いだいよぉ」
(まぁこうなりますよね……)
マリーが涙目でしゃがみ、右足を両手で抑えている。
レイフィードは半分気の毒そうに、半分呆れてマリーの背中を見ていた。
レッサー・ミノタウロスとの戦闘から十分程度。
マリーは痛む足を庇うように歩き続けたが、とうとう痛みが限界を突破した。
「マリーさん、もういいんじゃないですか?
マリーさんはがんばりましたよ。転送アイテムで戻ってきちんと治療を受けてください」
「うぅぅううるさい!! 貴女は黙ってて!!!
…………いたたたた」
(この後に及んでリタイアしない気概はすごいですね)
レイはマリーの説得を早々に諦め、彼女の前へと出る。
しゃがんでいるマリーが顔を上げ、レイをいまいましそうに睨みつける。
「……ふん、さっさとお行きなさい! 目障りですわ!!」
レイは苦笑して嘆息する。
それが気に障ったのか、マリーがさらに顔をしかめた。
レイは、マリーから何か言われる前に早足に歩きだした。
(数は、5体程度といったところでしょうか)
マリーから数十メートルは離れた場所で、レイは足を止めた。
前に伸びる道のほか、右側へと折れる道がある。
(息遣いは感じられない……そして、葉をこするような音…………)
レイは迷わず右へと曲がる。
そこは先のレッサー・ミノタウロスと戦った場所のように広い空間となっていた。
「……やはり、シェルフィスですか」
レイは迷いなく抜剣する。
魔物の気配を感じてマリーを置いて先行したのだ。
シェルフィスとは植物タイプのモンスターである。
レッサー・ミノタウロスと同等の体格、3メートル相当の巨大な食人植物だ。
茎の先には人の頭よりも大きな白色のつぼみをつけ、つぼみは感情があるかのように嗤う。つぼみが口を開くたびに、鋭い歯が見え隠れする。茎から別れた、いくつもの蔦がゆらりゆらりと揺れていた。
(シェルフィスが相手では、斬撃はあまり有効ではないんですよね。再生能力が桁外れですから)
シェルフィスはDランクモンスターである。どちらかといえば弱いモンスターに分類されるといっていいだろう。
しかし、それは魔法使いがいる場合だ。
魔法使いであれば、弱点の炎をつけば弱い魔法でも一撃でかたがつく。
腕のいい弓士でもいい。急所となるつぼみに矢を射れば倒すことができる。
「……ないものねだりしても、仕方がありませんね」
レイは、小さく息を吐き、
「それに、ちょうどいいです」
シェルフィスへと疾走した。
レイが戻ってくると、マリーはやはり涙目で壁に手を付きながらよろよろと歩いていた。
「……くっ……はぁ…………」
痛みか、疲労のせいか、マリーは傍から見てもわかるほど大粒の汗を流していた。
(まったく、これほどまでに強情な人だとは……)
レイは感心して、マリーの前に立った。
レイは、マリーがすでにあきらめて地上に戻っている可能性を考えていた。
(せいぜい、あの場で丸くなっていると思っていたんですけどね。
まさかまた歩きだしていたなんて……)
マリーはレイを避けようとして壁から手を離す。
「う、うぅ……」
が、すぐにしゃがみこんだ。痛みが限界だったのだ。
レイはマリーの正面に回り込んで、膝を付いた。
「ちょっと失礼しますよ」
「……?」
なんのことかわからないマリーは、僅かに顔を上げて、
「いたたたた!? ちょっと、何するのよ!?」
「すぐ終わります。少し我慢しててくださいね」
「我慢って……いたたたた!? ちょっと貴女……いたたたた!? なにをして……いたたた……」
「…………うん、これでいいですね」
応急処置を終えて、レイは満足気に頷いた。
「マリーさん、まだ足は痛みますか?」
「はぁ!? そんなの当たり前で…………あら?」
思わず立ち上がったマリーが目をぱちくりとさせる。
右足に体重をかければ当然痛む。
しかし今は、体重さえかけていなければ、ほとんど痛みはなくなっていた。先程まではジンジンとした痛みを通り越し、突き刺すような痛みを常に感じていたのに。
「ど、どうして……?」
「痛みを和らげる効果があるんですよ、シェルフィスの茎液には。
ちょうど先の方にいたので狩ってきました」
「そ、そう…………って、貴女!? どうしたんですか、それ!?」
思わずマリーは目を見開いた。
レイの左腕には短い裂傷がいくつもあったのだ。
怪我の程度でいえば、それこそかすり傷であるが、あきらかにおかしい。
レイやマリーが着装しているのは上級学校の制服である。長袖の制服なのだ。腕が見えるはずはない。
「シェルフィスとの戦闘で擦り切れてしまいましたので。それにちょうどいい長さでしたから」
レイはマリーの右足を見る。
レイの制服の左袖部分を切り取って、シェルフィスの茎液を染み込ませて包帯代わりにして巻いていたのだ。靴は脱がせて脇に置いていた。
「さぁ、乗ってください。それはあくまで応急のさらに応急処置ですからね」
「乗る、ですか? ……何に?」
レイがしゃがんだまま背を向けた。
直後、マリーはレイの意図を把握した。
「な……まさか、このワタクシを背負うと!? ふざけないでください! だれが貴女にそんなことを頼んだというの……」
「いいから早く乗りなさい!!」
「ッ!?」
レイの鋭い声に、マリーは思わず言葉を飲み込んだ。
右足が踏ん張れず、ふらりと体勢を崩してしまう。
「……っと」
マリーは反射的に目の前にあったレイの肩に手をかけると、レイはすぐに立ち上がった。あらかじめマリーの靴も手にしている。
マリーの位置を調整して、ちょうどいい塩梅になったところで歩きだした。
「さっさとこのダンジョンを踏破してしまいましょう。
戦闘のときはマリーさんの魔法、当てにさせていただきますからね」
「…………」
レイの背中からは明らかに不満気な空気が伝わってきた。
しかし直接の抗議はなかったので、レイは気づかないを振りをして歩き続けた。




