第4話 こうして上級学校に行くことになったわけですが……
ニーグレッツ・エルリエール伯爵からの護衛依頼を受けてから10日後。
レイフィードとミリルは王都オルレシアンへと到着した。
二人とも、いつものハンターとしての格好ではなく、ちょっといいとこのお嬢様といった落ち着きのある服装をしていた。
ミリルはいつもどおり、銀色に輝く髪を頭頂部付近で左右に束ねて肩下まで流している。
レイに関しては、ミリルから「せっかくだからお揃いにしよう!」と提案されていた。
レイがガチ泣きするほど嫌がったため、三つ編みにして前から垂らすという折衷案が採用されたのだった。
「うっわーー! さすが王都!! 活気が違うよぉ」
「本当ですね……ローズレイクに来たころも大きな街だとは思いましたが……これはまた桁違いですね」
乗合馬車を下車して王都を歩くレイとミリル。
行き交う人はひっきりなしにいて、絶えることがないように思える。
「うぅ、遊びに行きたい買い物行きたいぃぃ。いろいろ回りたいよぉぉぉぉ」
「それはまた今度ですね。まずは上級学校へ行きましょう」
「あぁぁぁ、ご無体なぁぁぁ……」
レイはミリルの手を取り引きずりながら、てくてくと歩き出した。
上級学校とは通称名だ。
正式名称は、ライリッシュ学園という。
この学園では、主にハンターとして生きるための技能、知識の修得を掲げている。
しかしその実、学園の卒業生がハンターとなるケースは稀である。
学園に通う生徒の多くは貴族の子女であり、他には成功をおさめた商人の子女が大半である。
ただし貴族の子女と言っても、国政に関わるような大貴族の子ではなく、いいとこ地方領主の跡取から外れるような者たちが通う学園だ。
実は王都にはもうひとつ学園があり、そちらはオルレシアン学園という。
王都の名を冠する学園として、その生徒は王都や大貴族、有力者の跡取りが大部分を締める。
そして王都には存在しないが、周辺の大きな街にあるのが冒険者学校である。
冒険者学校は本当の意味でハンターを目指すものたちが集まる学校であり、身分は一切関係ない。
つまり、ライリッシュ学園は実力はさておき、格式としては一段高く、一段低い学園なのである。
このため、上級学校などという通称名がついているのであった。
上級学校は王都の中心部から少し外れたところにある。
レイとミリルは誰もいない学校の門の前で立ち止まった。
「……本当に来てしまいましたね」
「姉さん、まだ不満なの?」
「不満というか不安ですね。
ミリルは今回の依頼について、私たちがどういう立場か把握していますか?」
レイは口元に手を当てて思案する。
結局のところ今回の依頼は、エルリエール伯爵の娘、ティオニア・エルリエールが上級学校に入校することになったことが発端である。
レイとミリルに課されたのは、あくまでティオニアの護衛ではある。
しかし、全寮制ということから校内での様子がほとんど伝わらず、ティオニアの学校での様子を卿へと報告することも依頼に含まれていた。
卿の手を離れることから念のためティオニアに護衛をつけるのであって、ティオニア自身には護衛のことは内密に、とのことである。
「私たち、伯爵様の遠縁っていうことになってるんだよね?」
「ええ。私たちが依頼を聞いたのが10日前。
伯爵様が前もって手は回していたのかもしれませんが、私たちはかなり突貫で上級学校にねじ込まれている形になります。
これで本当に、単なる念の為というだけの護衛依頼なのかと。
お金も手間もかかりますし、いささか強引に過ぎます」
「なにか私たちに秘密にされてる裏があるってこと?」
「と、私は思っています。
ですが本当に不安なのはそこではありません」
レイはキッと上級学校を睨みつけて、
「私が半年間も女学生として過ごすことなど、普通に無茶でしょう!!」
両手で顔を覆い、半泣きになりながら崩れ落ちた。
レイフィード、漢泣きである。
「またまたぁ。姉さんってば冗談がうまいんだからぁ」
「冗談なものですか!! ここ全寮制ですよ!? 四六時中だれかしらに監視されてるようなモノじゃないですか!?」
「姉さんは心配症だなぁ。
ローズレイクにいたころだって、まぁったく、これっっぽっちも、なぁぁぁぁぁんにもなかったんだから大丈夫だよ。
それより、私が心配しているのはもっと別なことなんだから。でも、それは私が頑張ってなんとかするからいいんだ。
……ほら姉さん、いつまでもこんなところにいないで、さくっと入寮の手続きしなくっちゃ」
「あぁぁぁ、ご無体ですぅぅぅぅ……」
ミリルはレイの手を取り引きずりながら、てくてくと歩き出した。
レイとミリルの二人は、事務所にて上級学校の入寮手続きを終える。
指定の部屋の鍵を受け取り、二人は敷地外れに位置する寮へと向かった。
「さすがに上級学校ですね。一人一部屋はありがたいです」
レイはほっとした表情だ。
他人と相部屋などになったとしたら、女装しているレイにとっては死活問題であった。
「部屋は私、姉さん、ティオニア様、って並んでるんだ。融通きいてるね」
「万が一のときを考えると、部屋が隣なのは助かりますね。
とりあえず荷物の整理は後にして、ティオニア様の部屋を訪ねてみましょうか」
ミリルが頷き、それぞれ自分の部屋に入ってすぐに廊下へと出た。
「ど、どんな人だろうねティオニア様って。
おーっほっほっほ! みたいに笑う人だと、ミリルはドン引きしない自信がないよ」
「そんな頭のおかしな人いないでしょう……」
緊張で若干顔をひきつらせながらも、レイはティオニアの部屋のドアをノックした。
「はい」
部屋の中から、静かな、しかしよく通る声で返事がする。
在室が確定しさらに緊張するレイだが、それを抑えてドアの向こうへと話しかけた。
「こんにちは。私はレイフィード・カーマインです。ティオニア様へご挨拶のためお伺いいたしました」
レイは伯爵により手配された書類どおりの氏名を名乗る。
名前については違和感をもたれることがないよう本名のままにして、家名を新たに付け足す形となっていた。
「鍵はかけていないわ。入って」
「失礼します」
レイフィードとミリルが、内心おそるおそるといった感じで室内へと入った。