第39話 出会ったのは……
レイフィードはダンジョンに足を踏み入れる。
奥へと入ると、一瞬だけ身体が浮いたように感じた。
疑問に思う間もなく、気づいたときにはレイの前には無機質な灰色の壁があり、左右に続く通路が広がっていた。
「……今のが転送、ということでしょうか」
アーノルドの説明には、ダンジョンの入口に入れば自動的にダンジョン内部に転送されるとのことであった。
実は、レイが転送技術に触れたのは初めてのことである。
転送そのものは秘匿性はそれほど高くはないが、技術的にはまだまだ解明がされていない部分が多い。
このダンジョンを作成した魔法使いも、あくまでダンジョン内での転送しか確立できないとのことであった。
もしも自由に転送できたり、長距離転送などできるようになれば、それこそ国家間を揺るがすとんでもない技術である。
(さて、難しいことを考えても仕方ありません。
とりあえず先へ進んでみましょう)
レイは向かって右側へと歩きだした。
通路の幅は10人くらいは歩くことができて、高さも同じくらいである。剣を振り回すには十分な空間があった。
事前に説明があったとおり、壁自体が発光しているのか、全体的に薄明るい感じであった。
(まさに、単独で挑むためのダンジョン、といったものでしょうか)
小さく響く自分の足音を聞きながら、レイは歩き続ける。
間もなく、二股に別れる道が見えて、
「…………!!」
左側から声が聞こえたかと思うと、次いで一瞬の光が視界に満ちた。
(今のは……サンダー・スピア!? であればミリルですか!?)
レイは即座に走り出す。
近づくほどに戦闘の気配が色濃くなる。
レイは抜剣し、別れ道を左へと曲がるとそこは開けた場所となっていた。
「……アイシクル・ランス!!!」
「ギョェェエエ!?」
牛頭に氷の槍が貫通し、体長3メートルはあろうかという巨体がうつ伏せに倒れる。
地響きのような音が鳴り響いた直後、同様の魔物がその後ろから現れた。
「くっ!?」
小柄な少女はすぐに詠唱を開始するが、牛頭の魔物――レッサー・ミノタウロスの攻撃の方が速い。
振り上げられた巨大な斧から逃れようと少女は後退するが、スピード差は歴然としていた。
少女は素早く懐に手を伸ばして……その体制のまま詠唱を続け、なおも下がり続けた。
「ゴォォォオオオオオ!!!」
ミノタウロスの斧が降り下ろされる。
あきらかに少女には届かない間合い。
斧は地面へと激突し破壊した。礫を四方八方へと弾き飛ばす。
これ以上ない隙に、少女は詠唱を続けながら不敵な笑みを浮かべて、
「……ぁ!?」
足を滑らせて転倒してしまう。
慌てて立ち上がろうとするが、そのときにはすでにミノタウロスが目前で再度斧を振り上げていた。
詠唱を続けても完全に間に合わないタイミングだ。
少女は歯ぎしりをして、懐の瓶を握り締めたとき、
「伏せてくださいッ!!!」
レイが跳んだ。
レイは少女を飛び越え、一直線にミノタウロスへと肉薄する。
「ゴォォオオオオ!!!」
「っせぁぁあああ!!!」
斧と剣がぶつかり合い火花が散る。
激しい反動。
レイは僅かにミノタウロスを後方へと弾いた。着地と同時にレイは再びミノタウロスへと接近する。
「ゴォォオオ!?」
ミノタウロスの体制が整う前に、レイは素早く剣を振り上げ、
「終わりです!!」
いくつもの斬撃を繰り出し、かの魔物を八つ裂きにした。
3体ものレッサー・ミノタウロスが倒れている。
少女は、とうに詠唱をやめており、肩で息をしながら立ち上がった。
「…………ふぅ……」
レイを見つめるその目つきは鋭い。
少しだけバネのようにはねた髪と同じ、茶色の瞳がレイを捉える。
「助太刀、感謝いたしますわ」
「……どういたしまして」
警戒している様子がありありと伝わってきて、レイは少しだけ気後れした。
「ですが、わざわざワタクシを助けていただくなんて、どういった風の吹き回しでしょう?」
「ええと……危ないと思ったからでしょうか」
「それはそれは、ご親切に。どうもありがとうございます」
少女は慇懃に礼をした。
しかし顔をあげた少女は、いまだ警戒を――否、もはやそれは敵意といえた。
「お話するのは初めてでしょうか?
はじめまして。ワタクシはマリー・ゲシュタイン」
自己紹介をしているとは到底思えない。周りの空気が弾けそうな緊迫感だ。
「ど、どうも。レイフィード・カーマインです。
マリーさんは、ナージュさんの妹さんですよね? ナージュさんとは、よく手合せをしてもらっていましてね……」
「存じています。
というか、貴女を知らない人など上級学校にいるわけがないでしょう?
兄さまと五角以上に打ち合える剣士なんて……それも貴女のような華奢な女が…………」
マリーの目付きがいっそう厳しくなった。
(う、うわぁ……ミリルかと思って乱入したんですけど…………これは、余計なお世話でしたねぇ……)
レイが加勢に入ったこと自体は決して間違った判断ではなかっただろう。
だが、単純な形勢と人の感情は別ものだ。
(マリーさんとナージュさんはよく一緒にいますし、きっと仲がいいのでしょう。
敬愛する兄と戦う相手……きっと私はマリーさんにとって、敵以外のなにものでもないのでしょうね。お兄さんを倒そうとする悪です悪)
レイはマリーと相対するまでは、そこまで悪く思われてるとは考えていなかった。
しかし、今こうして目の前でギラついた視線を受けて、言葉にするまでもなく理解していた。
「そ、それにしてもすごい魔法でしたね!
アイシクル・ランスって、Cランクの魔法の中でも高難度の魔法ですよね? それをこの乱戦の中で見事に制御するなんて……」
「褒めていただきありがとうございます。
そちらのミリルさんと比べれば、まだまだ拙い技術ですけどね」
にこにこと笑みを浮かべているマリーだったが、
「………………姉妹揃って忌々しい」
ぼそっと吐き捨てるように呟いた言葉が、レイの耳には届いていた。
(これは、とても友好的に接する期待はもてませんね…………。
せっかく会えた生徒ですし、できればこのままパーティを組めたらと思ったのですけど)
「ふふふふ」
「あ、あははは……」
とんでもなく冷めた愛想笑いを交わし合う。
(……無理ッ!! これ絶対無理です!!! 私、嫌われすぎですよ!?)
「で、では、私はこれで……」
レイは、中途半端に手を振る。
マリーもそれに応えて笑顔のまま小さく手を振った。
(奥にも道があるようですが……後から来た私が行くのもアレですよね。
戻って、もう一方の道へと行ってみましょう)
レイは手を振りながら僅かに頭を下げた。
そのまま元きた道へと戻るため歩き出し、マリーとすれ違い……レイは足を止めた。
「…………?」
それほどの時間ではないが、レイは背を向けて止まったまま動こうとしなかった。
不思議に思ったマリーは、
「レイフィードさん?」
敵意のない、完全に素の声で呼びかける。
僅かにレイへ向けて足を踏み出していた。
「ッ!?」
マリーが顔をしかめる。右足に痛みがあった。思わず座り込んでしまう。
「……やっぱり、ですね」
戻ってきたレイがマリーの前に座り手を伸ばす。
マリーの右足首に触れて、少しだけ力を入れると、
「痛っ!?」
マリーは反射的にレイの手を払った。
「な、なにを……」
「その反応ですと、捻挫ですね。程度はそれほど重くはないはずです。
……怪我をされたのは、さきほど転倒したときでしょう。興奮状態が緩和されて、痛みが認識できるようになったみたいですね。
マリーさんは、回復魔法は使えますか?」
「つ、使えないわ……」
「補助魔法は?」
「……ワタクシが扱えるのは、攻撃魔法だけです」
「なるほど。わかりました。
ではすぐに地上へ戻られた方がいいでしょう。このくらいの怪我ならポーションでも治せるはずです」
「だ、ダメよ!! こんなところで、すぐに戻ることなどできないわ!!」
動揺するマリーに、しかしレイは冷静に告げる。
「今はまだ、痛みに耐えて歩くことはできるかもしれませんが、そんなことをすればすぐにひどくなりますよ。
無理をしていいことなどありません。下手をすれば、怪我が癖になったり、治癒後いつまでも違和感が残ることにもなります」
「だ、だからって……」
マリーはぎゅっと唇を噛む。
「ワタクシ、まだ何もできていません。
一人だからこそ、ワタクシは…………こんなことでは、いつまでたっても追いつくことなど…………」
「マリーさん、転送アイテムを」
「放しなさいッ!!」
目の前のレイの手を払い、マリーは立ち上がる。
痛みに顔を歪めるが、
「ふん、この程度どうってことありませんわね!
どうせ貴女、少しでもライバルを減らそうとでも思っているんでしょう? その手には乗りません」
言い切って歩き出す。
右足を地につけるたびに激痛が走るが、マリーは歯を食いしばって耐えた。
「ちょっとマリーさん、マリーさんってば……」
「うるさい!!」
癇癪を起こした鋭い声。
レイはどうするか迷ったが、結局は口を閉じることにした。
それきり互いは何も言わずに静かになる。
静寂の中、マリーがゆっくりと奥へと向かって歩きだした。




