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第37話 準備は入念に

「ダンジョン演習、ですか?」


 上級学校が再開して一ヶ月が経ったころ。

 放課後の廊下で、レイフィードは教師のアーノルドに呼び止められた。


「そうだ。百年以上前に、さる高明な宮廷魔術師殿が試作したダンジョンでな。

 これがなかなかよくできているんだ。多少無茶しても平気な仕様になっていてな。

 今度そのダンジョンでの演習訓練を予定しているんだが、どうだ? 参加する気はないか?」


「ダンジョン、ですか……」


 レイはハンター時代に数々の依頼をこなしているが、実はダンジョンに潜ったことはない。

 ダンジョンと言えばお宝発見だが、トレジャーハンターとしての要素は一番乗りのハンターがほとんどの旨みを奪っていくため、とにかく新しいダンジョンを見つけなければ、ダンジョンに潜る意味は薄いのだ。

 レイとミリルは旅人型のハンターではなく拠点を構えるタイプであったため、狩り尽くされたダンジョンの情報しか知らなかった。

 ダンジョンの魔物を討伐することでの素材採取依頼もあるのだが、大抵は周辺の森や山で代用できるため、わざわざ視界の悪い薄暗いダンジョンに入る意味はなかったのである。


「……あまり乗り気ではないのか?」


 アーノルドが意外そうに聞く。

 レイは演習系には積極的に参加しているので、当然今回も参加するのだと思っていたのだ。


「ええと、私は興味あるのですが、妹があまりジメジメしたところは好きではないので」


「うん? あぁ、そうなのか。しかしここは天然のダンジョンではないからな。魔法で具現化された場所だから環境は悪くないぞ。

 むしろ快適すぎて、逆に本物のダンジョンに潜ったときに打ちのめされそうだがな。はっはっはっは」


(それ、演習の意味ってあるんでしょうか……)


 レイは疑問に思うが、ヤボすぎるので口には出さなかった。


「まぁ、考えておいてくれ。お前が来ないと参加人数が激減しそうだからな。

 じゃあよろしく頼むぞ」


「はい」


 レイに手を振り、アーノルドは教務室へと独り言を漏らしながら戻っていく。


「それにしても……やはり、ダンジョンはあまり人気なさそうだなぁ。

 この前の野外演習は結構参加率よかったんだが……うぅん、なにか手を考えたほうがいいか……」


 そんな話をしたのが、今から10日程前のことであった。




 ◇ ◇ ◇




 レイがダンジョン演習についてミリルとティオニアに相談すると、二人とも参加に乗り気だった。

 レイはアーノルドによい返事ができたため安堵した。


 そして、今日は休日。

 レイはいつもどおり、ギルドへなんらかの依頼を見に行くのだと思っていたのだが……、


「毒消し草……やっぱり毒関係の罠ってあるのかなぁ。あるよねぇ、定番だもんねぇ」


「そういうものなの? 買っていく?」


「ティオさんは解毒の魔法って使えるの?」


「ええ。すぐに死ぬような猛毒でもない限りは癒せると思うわ」


「じゃあ毒消しはいいや。荷物になるし。……他には麻痺とか魅了とかだけど……」


「麻痺は解除できるけど、魅了は無理ね」


「なら目覚まし薬でいっか。眠りにも対応できるし。……石化は、さすがにないよね」


 ミリルとティオが熱心に話しながら、マジックショップの中を練り歩いていた。

 レイはその後をおとなしくついていく。


(ミリル、随分やる気ですね。

 以前、ダンジョン系の依頼について話を振ったときは乗り気ではなかったと思うんですけど……なにか心境の変化でもあったのでしょうか?)


 ダンジョン内には行く手を阻むトラップが仕掛けられていることが多い。というか、トラップがないダンジョンはない。

 トラップにも種類があるが、その中でも厄介なのはやはり状態異常系統のものだ。


(上級学校の演習ですし、即死級の凶悪な罠などはさすがにないでしょうけど……)


 演習場所であるダンジョンは、過去の宮廷魔術師が作り上げたもので、ダンジョン内から入口までアイテムにより転移することができるらしい。

 つまり、もしもの時はすぐに脱出できるようになっているのだ。


(退路が確保されているなら、多少の無茶はできますね……学校側が変なやる気を出してないといいんですけど)


 レイはアーノルドと話したことを思いだす。


(先生の言っていた、多少の無茶、とはどの程度を指すのでしょう。

 ダンジョン自体には私も興味あるのですが、……おかしなことにならなければいいですね) 


 ミリルが次々に魔法薬を手に取る。

 ティオはとなりで興味深そうに見ていた。


(ダンジョンであれば、部外者が入り込むのは難しいでしょうし、ティオさん個人への危険はないとは思うのですが……)

 

「あら、レイフィード様もお買い物ですか?」


「……ナナミさん?」 


 後ろから声をかけられ振り返ると、そこには完璧な佇まいのメイドがいた。

 肩で切りそろえられた燃えるような赤髪、反して浮かべる表情は控えめな微笑だった。


「レイフィード様たちも、ダンジョン演習に参加されるのですね」


「ええ。ナナミさんもですか?」


「それはもう、若を鍛えるためですから」


 ナナミは控えめながら満面の笑みという器用な表情をしていた。

 対して、ナナミの後ろにいた黒髪の少年、ドルドレーグは微妙な表情を浮かべていた。


「……僕が身体を鍛える必要は、絶対にないと思うんだがなぁ」


「何も私ほど強くなれとは申しません。ですが、フランシール家に連なる者として、あまりに貧弱すぎるのはどうかと思います」


「…………」


 ドルドレーグは、まだ何か言いたそうであったが無駄だと悟ったのか口を閉じた。

 前向きに考えたのか、はたまた演習での身の危険を想像したからなのか、ドルドレーグは店内の商品を見て回り始める。


(なんとなく、彼には親近感がわきます……)


 付き従うはずのメイドに振り回される姿を見て、レイは同情と共に共感を覚えた。

 と、ナナミがレイのすぐ隣に立ち、レイに顔を近づけた。

 間近に迫ったナナミの顔を見て、レイは赤くなる。


「ところで、レイ様……あれ以降、特に異常はありませんか?」


 ナナミのトーンを落とした声に、レイは瞬時に思考が切り替わった。


「…………ええ。そちらもでしょうか?」


 ナナミが小さく頷く。

 レイは、休暇期間中に受けた、湖のクエストでのシーサーペントの襲撃についてナナミにだけは話していた。


「フランシール家からは、若の護衛について未だ警戒解除の命は届きません。

 ティオニア様の一件は若とは無関係でしょうが、油断はしないように致します。

 レイ様。どうかティオニア様だけでなく、若にも気をかけていただくようお願いします」


「わかりました」

 

 ナナミには秘密を知られている。

 レイが、本当は貴族ではなくハンターであること、ましてや男であること。

 これらを黙ってもらっている代わりに、レイはティオだけでなくドルドレーグの護衛も担うこととなっていた。


「それで、レイ様。演習の件なのですが……」


 ナナミがレイから視線を外す。

 よほど言いにくいことなのか、ナナミはレイから視線を外した。


「ナナミさん……?」


 礼は逸しないものの、ナナミは誰を前にしても言うべきことは言う。

 レイはナナミにそんな印象を抱いていた。

 それが今、何事かを伝えるのをためらっている。


(一体何を? ……ですが、もしもティオさんに関することであれば聞かないわけにはいきません!)


「ナナミさん、言いにくいことなのですか? ですが、どうか私に話してください!」


 レイの言葉に、ナナミは弱々しい視線を向ける。


「レイ様、それほどまでに…………よもや心に決めた方がいらっしゃるのでしょうか?」


「……なんですかそれ?」


 ふっ、とレイは嫌な予感にかられた。

 聞きたくないような、でも聞いておかないと後悔しそうな感じである。


 ナナミが弱々しい表情をしていたが、目は笑っていた。


「レイ様も参加されるダンジョン演習ですが、この演習に優秀な成績を収めたものは『でぇと権』なるものが学校側から発行されるのです」


「デート権、ですか?」


 真剣な表情で、ぴっと指を立てるナナミ。

 レイは僅かに頬を引きつらせた。


(……なんでしょう。名称を聞いただけで心がお腹いっぱいになりそうです)


「上級学校は生徒たちの社交場でもありますからね。

 でぇと権とは、相手に申し込んで、休日でぇとをしてくださいというもののようです。でぇとにかかる費用は金貨10枚程度までなら学校が負担してくれるそうですよ」


「…………なんですか、その果てしなく頭の悪い賞品は」


「アーノルド先生のアイデアだと聞いていますね。

 さすがに他の先生方はどうかとは思っているんでしょうけど、GOサインが出たということは内心面白そうだとも思ってるんじゃないですか?」


「生徒たちにはいい迷惑ですね」


 ため息をつくレイ。

 ナナミはレイに顔を寄せてニヤニヤする。


「生徒たちには好評みたいですよ。社交場として来てる生徒はもちろんいますし、目当ての相手がいる人にとってはこれ以上ないチャンスですから。

 よっ、学校随一の人気者ッ」


「……それって万一申し込まれた側は、断ることはできるんでしょうか?」


「学校の総力を結集してでも強制的にでぇとを履行させると聞いていますね」


「先生方、完全に面白がってるじゃないですか……」


 肩を落とすレイ。

 ナナミが両肩を撫でてくる。撫で方が無駄になまめかしかった。


「どうでしょう? レイ様、やる気出てきませんか?」


「消極的なやる気は出てきましたが……」


 レイは、一応自分が学校で不特定多数の者から好かれていることは自覚している。

 その者等がでぇと権を得てしまった場合、休日が潰されることになる可能性は高い。


(ミリルやナナミさんにはからかわれそうですし、そもそもティオさんを放り出していくわけにはいきませんよね。

 ええ、なんとしてでも阻止しないと!)


「ナナミさん、貴重なお話をありがとうございます。

 私も気合を入れて演習に取り組むこととします」


「ふふ。無事でぇと権を取得した暁には、是非とも私をご指名くださいね」


 レイは一瞬、何言ってるんですかと口にしようとして、


(……でも、考えてみればナナミさんがいれば、ティオさんを護衛する上で戦力的には相当な上昇が見込まれますね。

 あとはナージュさんですが、事情を把握しているナナミさんの方がありがたいです)


「そうですね。私が勝ったあかつきには、是非ともナナミさんにお願いしたいと思います」


「…………」


 ナナミがぴきっと固まる。


「ナナミさん?」


 呼びかけて顔の前で手を振ると、


「……いえ、なんでもありません。ちょっと予想外のリアクションでしたので」


「はぁ」


「さぁて、私も準備をしてきますね! がんばりましょうね、レイ様」


 そそくさと去っていくナナミ。両手を頬に当てていた。

 レイは内心首を傾げながらも、自分の準備にとりかかることとした。


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