第36話 祝福と眠り姫
数分後、流星はやみ、夜空は静寂を取り戻していた。
「すごかったねー。私、あんなにいっぱいの流れ星、初めて見たよ!」
はしゃぐミリルに、レイとティオはクスっと笑った。
ミリルの目に星が見えたような気がしたのだ。
「私も初めてだわ。というか、流星自体を見るのがほとんど記憶にないわ。
……あんなに綺麗なのね」
「そうですね。圧倒されてしまいました」
ティオがため息をつく。
「胸がいっぱいね。びっくりして、寒さなんて吹き飛んだわ」
「ふふふ。私もです……あれ、ティオさん? それ……」
レイはもぞもぞと身体を動かして毛布から左手を出して指差す。
そこは、じんわりと薄い光を発していた。
ティオもそれに気づき、毛布を外す。
「……なにかしら、これ」
ティオの右手、中指の根元を蒼色の光が円状におおっていた。
「ティオさん、それ大丈夫なんですか?」
「ええ、何も感じないわ。触ってみても……というか、これ触れないわね」
ティオが左手で触れようとするが、光は実体でもないように触れることができない。
「なんだろね、一体…………あ、消えちゃった……」
3人が見ている中、光は次第に薄くなって消えていった。
「ティオさん、身体に異常はないですか?」
「ええ……特に何も変わったことはないわね。なんだったのかしら?」
レイとティオが首をかしげていると、
「……あ! もしかして!?」
ミリルがぱっと立ち上がって、走っていった。
「ミリル!? どこ行くんですか!?」
思わずレイも立ち上がるが、ミリルはすぐに戻ってきた。
「どうしたの?」
ティオも立ち上がり聞くと、ミリルが右手に持ったそれをティオに力強く示した。
「……魚?」
「そう! ずっと刺したままにしてたんだけど、今見たらこうなっての!」
「ああ、昼間のですか。それがどうしたのです……」
レイの言葉が途中で止まる。
ミリルが持っている串は、頭と尻尾を残す形で、腹の部分は綺麗になくなっていた。
確か、残った串はまるまる魚が刺さったままだったはずだ。
「ミリルが食べたのですか?」
「違うよ!! 妖精だよ、妖精!! クッキーだってなくなってたし!!
今のティオさんのって、きっと妖精の祝福だよ!!」
ミリルが何度もジャンプして、ティオの身体を撫で回し始めた。
ティオは意味が分からず、されるがままにしていた。
「妖精の祝福?」
「そうだよティオさん! いいなぁ!! ティオさんて回復魔法使えるし、水と相性いいんだろうなぁ!!
妖精の祝福なんて初めて見たよ~」
「…………いつまで触ってるんですか」
レイがミリルの背中を引っ張ってティオから離す。
ミリルは、はっとして、頭をかいた。
「あははは。ごめんなさい、ちょっと興奮しちゃって……」
「まったく……で、妖精の祝福ってなんですか?」
「妖精の祝福っていうのは、その人に精霊の加護を与えるの。簡単に言うと、魔法力がパワーアップするの!」
「え? すごいじゃないですかそれ!?」
「そうだよ! すごいんだよ!!
どうティオさん!? 身体の内から、魔力が溢れてくるような感じしない!?」
「いえ、別に」
「そうでしょ!! やっぱり言い伝えは……え?」
「何も変化はないわ」
「あれ? そうなの?
…………そっかぁ。じゃあやっぱり御伽話なのかなぁ。
祝福を与えられた人には、光がともるってあったから、てっきり本当かと思っちゃったよ」
あはははと笑うミリル。
「結局なんだったのかしらね」
ティオの言葉に、レイは笑うミリルを見る。
「わからないですけど、とりあえずはミリルの早とちりでしょうか」
人騒がせなところは妖精にそっくりですねと、レイは思ったのだった。
◇ ◇ ◇
翌々日、湖の水を無事に持ち帰りレイたちは無事にクエストを成功させた。
その日は依頼報酬で打ち上げをして帰途についた。
休みが明けて、上級学校が再開してからの数日。
レイにとって頭の痛い問題が持ち上がっていた。
「ティオさ~ん、朝ですよー。そろそろ起きないと遅刻しますよ~」
レイはティオの部屋の前で何度もノックをするが、まるで起きる気配がなかった。
「ティオさ~ん、そろそろ本気でまずいですよー」
呼びかけるが、反応がまるでない。
「……ミリル、部屋に行って直接起こしてきてくれませんか?」
「えー。私が行ってもなぁ」
「そ、そう言わずに……」
レイが申し訳なさそうに頼むが、ミリルは不満顔である。
「だってさぁ。ティオさん、私だってわかると明らかにがっかり顔した顔するじゃん。
起き抜けのティオさんに、「あ……」って言われて、なぁんだぁみたいなリアクションされるんだよ? ひどくない? なんか私悪者みたいじゃん。
そんで二人してテンション下がるんだよ。なんなの本当に」
「……そんなことないデスヨ?」
嘘である。
明らかにティオはレイに起こしてもらいたがっているのだ。
それはレイも自覚していた。
(……一体なにをもってそんなことになってしまったのでしょう?)
自覚はしているものの、その理由はレイにはさっぱりだった。
「ほら、行ってらっしゃい。私は先行ってるからね」
「とか言って、どうせ面白がってこっそり見てるんでしょう」
「……そんなことないデスヨ」
「真似しないで下さい」
ぽこっとレイはミリルの頭を軽く叩いてドアを開けた。
「失礼しますね。ティオさん、起きてください」
「…………」
「ティオさん、朝ですよ。遅刻しますよ」
レイはティオの枕元まで歩き呼びかける。
しかし、ティオは今までどおり、何の反応もせずすやすやと寝息を立てていた。
(これ、絶対寝たふりですよね……)
レイはここ数日のことを思い返して確信しているものの、ティオが布団から出てこない限りそれは有効な手である。
レイは心中でため息をついて、ティオの肩付近の布団に手を乗せた。
「ティオさん、起きてください」
呼びかけながら、レイが遠慮しながらそっと揺らすと、ティオがゆっくりと目を開けた。
「…………ええ」
ティオの目がしっかりとレイを捉える。
途端、ティオは控えめに微笑んだ。
今まで到底呼びかけを無視していたとは思えないほど、見事に目覚めていた。
小さい声ではあるものの、返事自体はしっかりとしているので、レイはティオがすでに覚醒をしていて寝たふりをしていたのだとわかってしまうのだ。
「ティオさん、急がないと遅刻しますよ」
「大丈夫。すぐに準備するわ」
ティオが着替えを始める前に、レイは部屋を出た。
「お疲れ様」
「……本当ですよ。これ今後毎日続くんですか?」
「さあ? とりあえずティオさんが飽きるまではやるんじゃないの?」
「…………」
レイは複雑な表情を浮かべた。
「困った。寝てる部屋に入るのが照れくさい。でも甘えられてちょっと嬉しい。笑ったティオさんはかわいい。
……そんな感じ?」
「人の心読むのはやめましょうね、ミリル」
加えて、こんなやりとりは少し困るが嫌ではない。
レイはそんなことを考えながら、澄ました顔で出てくるティオを待つのだった。




