第35話 流星の降る夜に
それからは、モンスターに襲われることもなく、何も起こらずに夜になった。
暗闇の中、円周上にレイフィード、ミリル、ティオニアの順で座り、薪の火に手をかざしていた。
「……冷えますね、今日は」
ぽつりと零すレイに、ミリルがぶんぶん頷いた。
「昼間に寝てたせいもあるけど、ちょっと今は寝れそうにないよ。う~寒い寒い、火から離れられない……」
ミリルはぷるぷると震えている。
レイはミリルが身体に巻いている、ずり落ちてきていた毛布を直してやった。
「姉さん、ありが…………いや、こうしよう!」
「うわっ!?」
ミリルは、ばっと毛布から脱皮してレイごと包み込む。
ミリルはレイの左腕にぴったりと身体を寄せた。
「はぁぁぁ。温い」
「私はすごく寒いんですけど」
レイの体温に比べて、ミリルの体温は低かった。
「冷えきったミリルを暖めてあげてね!」
「ひゃっ!? ちょっと!? 背中に手入れないでくださいよ!?」
「温ーい」
毛布に包まれながら器用にギャーギャーと暴れる。
数分後、レイとミリルは、はぁはぁと息を荒くしていた。
「ふ……ふふふふ、どう? 少しはあったかくなったでしょ? これぞミリルちゃんの考案した身体機能をフル活用した寒さ対策……」
「単に身体動かしただけじゃないですか……」
熱くなったのか、毛布を外してミリルはレイから離れた。
用なしにされたレイは、ミリルに渡していた毛布を一枚剥いで、自分の身体に巻く。
「ティオさんは、寒くないですか?」
ティオはずっと無言で火に手をかざしていた。
レイは、ティオは寒さに強いものだと思っていた。
ミリルのように毛布も巻かず、特にリアクションをとっていなかったからだが、
「寒いわ」
小さく、だがきっぱりと言った。
よく見ると、ティオは小刻みに震えていた。
なんの気なしにミリルがティオの肩に触れると、
「あわわわあわわあわ」
揺れがミリルに伝染した。
ミリルは肩から手を離して、ティオの頬に触れてみた。
「冷たっ!? すごい冷たいッ!? なんでティオさんこんな冷えてるの!?」
「わからないわ……私、そこまで寒さに弱いわけではないのだけど」
「えまーじぇんしーだよ!! 凍っちゃうよ!? これは熱源を直接ぶつけなくては……」
ミリルがレイを見る。
つられるようにティオもレイを見た。
レイは、うっと小さくうめいた。
わずかに後ずさるレイに、ミリルが目をかっと見開く。
(姉さん、ゴー!!)
ミリルがティオの後ろから、毛布を広げがばっと覆うような真似をした。
(ゴーじゃないですよ!? ミリルじゃないんですから、男が女性相手にそんな真似できませんよ!!)
(ティオさん本当に冷えてるよ? 大丈夫! 姉さんならいろいろカウントされないから!!)
ミリルは立ち上がって、ティオの分の毛布をとってきて渡した。
「ティオさん、これ巻いて巻いて。
……うーん、まだ寒いよねぇ」
「そうね」
「近くにあったかいのがいるんだけどなぁ。
心は冷たいのかなぁ……どうかなぁ?」
レイは、ミリルのわざとらしい挑発にのるつもりはなかったが、
「…………」
ティオのまっすぐな目に射抜かれてしまった。
数秒、レイは熟考し、結局聞いてみることにした。
「……どうも、熱源です。必要ですか?」
「ええ」
即答だった。
レイは躊躇する気持ちを振り切って、ティオのすぐ隣まで移動して、ティオごと自分の身体を毛布で包んだ。
「冷たっ!? ティオさん、本当に冷えてますね……」
レイは驚いた。先程までのミリルよりも冷たく感じた。
「よく今まで我慢していましたね」
「火も焚いているし、これ以上どうにもできないと思ったから」
「だからって限度がありますよ」
「こんな風に、暖を取る方法もあるのね」
「……いえ、これは特殊な方法だと思います」
レイは少しだけあさっての方向へ顔を向けた。
服越しとはいえ、これだけ密着していて意識しないではいられなかった。
ティオの冷え具合からして放っておくことなどできないが、レイは外見上はともかく心から女になりきることはできない。気恥ずかしさだけは、どうしようもなかった。
次第に、ティオの顔に赤みが帯びていく。
「……あたたかいわ」
「なら、よかったです」
心の中でひたすらソワソワしながら、レイは答えた。
(……うん? ……今のは)
あさっての方を見るレイの視界の端に、きらめく何かが映った。
目をパチパチとまばたきさせ、レイは夜空を見上げる。
周囲は森に囲まれていて木々の隙間からしか空は見えないが、湖の上はぽっかりと空いている。
いくつもの星が、夜空に映えていた。
ミリルがレイと同じように星空を眺めていると、
「あ! 流れ星!!」
「ミリルにも見えましたか?」
「うん! そっか。もうそんな時期なんだね!」
「街から離れてますから、ここはよく見えるかもしれませんね」
「タイミングよかったね!」
わかりあうレイとミリルだが、ティオはぴんときていなかった。
「流星……?」
「そ。この時期はね、よく流星が見られる日があるの。
調べてこなかったから言い切れないけど、もしかしたら今日が一番の日かも」
「へぇ……あっ」
ティオも夜空を見上げると、まさにそのとき空に光の線が走った。
一瞬だった。
「……私も、見えたわ」
「ティオさんも? へへっ、私もー! 綺麗だよね!」
「そうね。とても綺麗……」
ティオは途中で言葉を失う。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
数える間にもいくつもの光の線が走る。音でも聞こえてきそうだ。
「ふわぁ……すご…………」
ミリルが、ぽかんと口を開けて目を見開く。
「…………」
レイとティオは、息をのんだ。
星はやむことを知らずに、何度も、いくつも、空を駈けた。
3人は言葉もなく、夜空を眺め続けるのだった。




